第7話 持ってていいのか、本当に? 捨てちゃだめかな?
今上空に展開している巨大ロボット群は、やはり以前に見たのとは違う機体のようだった。
四本の腕、細身の体に装甲、額からは巨大な角が生え、顔には単眼が光っている。
大まかな部分では以前に見た機体と同じだが、背には巨大な翼状の機械を備えていて、大きく長い筒状の武器を四本の腕で保持していた。
「前見た奴に飛行ユニットを追加したみたいな感じか」
壮観だった。同じ武装をした機械群が、エルフの森上空を埋め尽くすように展開しているのだ。
当然目立つし、賢者の上空警戒網に引っかからないわけがないのだが、これだけの数を前にしては天使のような奴らものこのこと出てくるのは躊躇われるというものだろう。
「一応訊いておくけど、ロボットでも倒せるんだよね?」
「たぶん」
夜霧は自分の力が何にでも通用すると過信しているわけではない。
ただ、これまで通用しなかった相手がいなかったというだけのことであり、今後もそうだろうとなんとなく思っているだけだ。
「なあ。前に出会ったロボットは、俺を恐れて交戦しなかったんだけど、俺のことは聞いてないの?」
「もちろん聞いてますよ、だからなんだと言うのです?」
見下すように少女ロボットは顔を歪めた。
機械にしてはずいぶんと感情が豊かだ。わざわざ人を模した頭部を備えているだけのことはある。
「女神の欠片を巡っては神霊レベルでの争奪戦になることは織り込み済み。当然、対応できるだけの戦力を用意しているに決まっているでしょう!」
少女ロボットが片手を上げる。
すると、上空から光線が迸った。
それは夜霧たちを狙ったものではなく、あらぬ方向へと発射されたのだが、その威力は絶大だった。
光線が通り抜けた場所では、木々が蒸発し、土塊が上空へと巻き上がる。
それは森を一直線に切り裂き、何もない空間を生み出した。
「さて。今のは一体だけによる、しかも数百分の一に出力を抑えたものですが……どうです? 渡す気になりましたか?」
ずいぶんと外連味にあふれた行動をとるロボットだった。
「デモンストレーションが好きなんだな。何を見せられても渡す気にはならないけど」
夜霧は手にしている、生暖かい肉の塊を見た。
気持ち悪いので渡してしまっても構わない気もするが、賢者の石が行方不明なので手がかりになるかもしれないこれを渡すわけにはいかないだろう。
「そうですか。これが最終通告となりますが、渡す気はないのですね?」
「うん。ないね」
「全砲門開放! 最大出力でこの地を焼き払いなさい!」
空に浮かぶ巨大ロボット群が一斉に、手に持つ砲を夜霧へと向ける。
砲の先端に、光球が発生した。
全ての力を解放するには時間がかかるのか、光球はゆっくりと大きくなり、輝きを増していく。
「二ついい?」
「どうしました? 今さら止められはしませんけど?」
命乞いでもすると思ったのか、少女ロボットは憐れむように言う。
「いや。あんたも巻き込まれるんじゃないかなと」
数百分の一であの規模なら、全力の攻撃はエルフの森ぐらいは簡単に消し飛ばしそうだ。
そうなればこの森にいる者は全滅するし、当然ながら彼女もその中に含まれる。
「これは、ただのコミュニケーション端末です。一つや二つ失われようと問題ありません」
「それと、女神の欠片? これも焼き尽くされるんじゃないの?」
「この程度の攻撃で損なわれるようなものであれば、そもそも求める意味がありませんね」
どうやらこの肉の塊は、かなりの力を秘めたものらしい。
――なんでそんなもんが勝手にリュックに入ってたのかは知らないけど。
殺気がゆっくりと高まっていく。
それは逃れようもないほどの広さでこの一帯を覆っており、黒い靄のように夜霧には見えていた。
彼女は夜霧を舐めているかのように言うが、これほどの攻撃力を用意しているのだ。警戒はしているのだろう。
だが、夜霧の脅威度を彼女は見誤っているのだ。
「死ね」
一言発する。
すると、巨大ロボット群が消え去った。
「あれ? 落ちてこないのか?」
「そんな……別空間に配置してたのに……」
よくわからないが、別空間にいる本体か何かが死に、この空間への接続が断たれたのだろう。
「そんなんじゃ駄目って聞いてなかったのか?」
「なんで!? 一方的に攻撃できるはずだったのに!」
「本体はよそにあって、一方的に攻撃だけしてくるってずるいよな」
「いや、どうなんだろ。高遠くんが言ってもあんまり説得力ないよ?」
「とにかく、これを渡すつもりはないから諦めて」
夜霧がそう言うと、少女ロボットが倒れた。
何をしようとしたのかはわからないが、夜霧の能力が自動的に発動したのだ。
なので、少女ロボットは夜霧にとって致命的な何かをしようとしたのだろう。
「けっきょく、何が何やらさっぱりだな」
「でも、それを侵略者の人たちが探してるってことだけは間違いないよね? ということは、また狙われるってこと?」
「もこもこさん。最初に会ったロボットに連絡取れる?」
「うむ。エネルギーと座標があれば帰り方を教えるという話だったしな……連絡はした。後は反応待ちだな」
もこもこは電波を発信できるので、それで連絡が取れるのだろう。
「フワットさんには申し訳ないことをしたね……」
夜霧たちに関わらなければ、こんなことにはならなかっただろう。
知千佳が沈痛な面持ちで言った。
「仕方あるまい。そんなことを言いだせば帰ろうとしなければよいということになるしな」
「俺たちがまったく悪くないとは言わないけど、殺したのはあいつだよ」
「まぁ……けっきょく、関わった誰かが死のうと、私たちは先に進むしかないんだよね……」
「亡骸は村に運んだほうがいいのかな?」
「それはそれで面倒なことになりそうだよね」
もともと人間を敵視している村だ。
どう説明しようと険悪な状況になるに違いない。
「その心配は無用だな。なにせエルフの村も壊滅しておるし」
「さっきの光線で?」
「うむ。デモンストレーションの光線が焼いた痕は、エルフの村方面へと一直線に続いておったからな」
もこもこは槐の身体から離れて上空へ飛び、被害状況を確認したとのことだった。
「えーと……そこら辺はもう見なかったってことで!」
「そうだ! 壇ノ浦としてはそれでよい!」
「ま、そうは言っても目の前に死体があるのもなんだから」
夜霧はリュックからシャベルを取り出した。
エルフの弔い方はわからないが、放っておけば獣の餌になるだけだろう。
とりあえずは埋めておこうと夜霧は考えた。
「こーゆーのは触丸があると楽だったよな。殺したのはまずかった?」
「いや。あの場を乗り切ったとしても今後に不安が残った。もう安心して使うことはできなかったのだから、気にせずともよい」
どうにか穴を掘り、フワットを埋葬した。
気分の問題でしかないが、夜霧と知千佳は手を合わせた。
*****
しばらくして、空から巨大ロボットが降りてきた。
「久しぶり」
『……予め言っておきますが、先ほどの件には私は一切関知していません』
「言い訳から入ったよ、このロボ!」
「襲ってきた奴は、俺のことを知ってるみたいだったけど?」
『共有データベースを参照したのでしょう。私と彼女らは同じ陣営に属していますが、派閥が違うのです』
「あんたは、俺と戦わないという選択をとった。こいつらは違った。なんでだ?」
そこがわかっていないと、また同じような奴らが襲ってくることになる。
『おそらく、勝てると思ったのでしょう。あの時点での私は斥候用の装備しか持ち合わせていませんでしたから』
「あんたが探してたのはこれなのか?」
夜霧は肉の塊を掲げた。
『そのとおりです。お譲りいただくわけにはいきませんか?』
「今のところは無理だな。状況がわかってからなら考えないでもない」
ひどく曖昧な物言いだが、今のところはそのようにしか言えなかった。
『わかりました』
ロボットは素直に引き下がった。
「ところでこれは何なの?」
『神の一部です。世界間のパワーバランスが崩れるほどの、とても強力なものです』
「手に入れてどうするの? 他の世界を支配するのか?」
『上層部の考えはわかりません。ですが、他の世界を脅かすつもりがなくとも、他の世界の手に委ねるわけにはいきません』
「なんかめんどくさいな……」
渡してしまってもいいのではとも思うが、手にした奴らがそれをどう利用するのかがわからない。それでどこかの世界が滅亡するようなことがあれば、とても寝覚めが悪くなることだろう。
「以前におぬしは、座標とエネルギーがあれば帰れると言っていたな。座標は判明した。エネルギーはこの女神の欠片とやらで補えぬか?」
『確かに女神の欠片の持つエネルギーは膨大なものですが……今すぐにそれを利用する方法を私は知らないのです』
「そーいや、賢者の石もどうやって使えばいいのかわからなかったな」
「あの、今さらこんなこと言うのもなんだけど、よくそんな状況で石集めてたよね、私ら」
「賢者の石の使い方は、賢者に訊けばわかるかな、とか思ってたんだけどね。なあ。俺たちが元の世界に帰れるなら、この女神の欠片ってのは渡してもいい。俺たちが帰るだけのエネルギーを融通できないか?」
『……上層部とかけあってみます。ただ、少々お時間をいただくことになるかと思いますが』
しばらく考えた後、ロボットは答えた。
「それでいいよ」
今までどおり賢者の石は探す。だが、それと並行して別の帰還方法を検討できるならそれにこしたことはないだろう。
ロボットは飛び上がり、空中で消えた。来た時も同じように、瞬間移動してきたのだろう。
「で、女神の欠片か。別にこんなのいらないんだけど……賢者の石はどこいったんだよ」
夜霧は肉の塊をしげしげと見つめた。
生きているようなので、今さらリュックに収納するのも抵抗がある。
かといってずっと持っているのも気色が悪かった。
「ふむ。オッカムの剃刀という言葉があってだな。それはあることを説明するのに、余計な仮定をするべきではないという指針なのだが。要はシンプルに考えろということだ」
「で?」
「つまりだ。賢者の石がなくなって、その肉があったということはだな。賢者の石がそれに変化したのでは、ということなのだが」
「なんで!?」
「そうすれば謎の窃盗犯などを想定せずともよかろうが。それに我も一応は常に周囲を警戒していた。我に気付かれずに盗んでいくような者が相手だとするなら、もうそんなものはどうしようもないではないか」
「確かに。そんな超常的な奴が相手ならもうどうしようもないな」
盗まれたとして、誰が盗んだのか、今どこにあるのかなどわかりようがなかった。
「賢者の石って透明な丸い奴だったよね。時間が経つとこうなるってこと?」
「時間っていっても、あの石はずいぶんと前からあるもんだろうし……賢者の体内にある石は、賢者が死ぬと力を失うとか言ってたな。賢者の石の正体が女神の欠片だったとして、そんな程度のものなのか?」
「うーん……保留! 考えてもわかんないし!」
知千佳が投げ捨てるように言った。
確かに、現状でこれ以上はわからないので、考えるだけ無駄かもしれない。
考察するにはもっと情報が必要だろう。
「でもこれ、どうしたもんかな。壇ノ浦さん持っとく?」
「なんで!? こーゆーのは男の役目じゃないかな!」
「これ、男とか女とか関係あるの?」
多少理不尽な気がしないでもないが、知千佳に押しつけるのもどうかと思い夜霧が持っておくことにした。
「俺が持つのはいいんだけど、こうやって手に持ったままってのもなぁ……うわっ!」
どうしたものかと肉の塊をやるせない気分で見つめていると、肉の塊がびくりと動いたのだ。
「やだな、これ。ん?」
肉の塊が震えている。
何事かと見ていると、目が合った。
つまり、肉の塊に目が現れたのだ。
「壇ノ浦さん……こいつ、目が出てきたんだけど?」
目と言っても黒い点のようなものでしかないが、それが光の受容器官だとなんとなくわかった。
「うわ。ほんとだ……形もなんか変わってきてない?」
「そうだな……目のある部分が頭かな?」
目のあるほうが大きく、反対側が少し細くなってきているようだった。
「これ……持ってていいのか、本当に? 捨てちゃだめかな?」
「駄目でしょ! 私が持つのは嫌だけど!」
「ふむ……何やら、胎児の初期状態にも思えるような姿になってきたな。まあ、胎児が魚のごとき姿なのは、ごく小さなサイズの場合だけのはずだが」
「胎児なら、こんな空気中で雑に持ってていいもんでもなさそうだけど」
だが、他にどうしようもない。
夜霧はそれを両手で、壊れ物でも持つように保持し続けるしかなかった。




