191.激突(3)
私は両手をゆっくりと掲げた。意識を研ぎ澄まし、魔力の流れを整える。
さっきの再生。あれは確かに、ドラゴン自身から発せられた魔力だった。レイナの干渉じゃない。つまりこの再生能力は、この個体の内側に何かがある。
だったら、もう一度確かめる。
「クロネ、ランカ。さっきと同じ。膝を狙って」
二人が同時に頷いた。
「了解」
「任せろ!」
それを確認し、私は魔力を集中させる。空間がわずかに歪む。透明な魔力が渦を巻き、ゆっくりと液体へと変換されていく。
構造変換。腐食性強化。反応速度最大。空中に浮かぶのは、淡く揺らめく危険な液体。先ほどよりも、量を増やした。
「もう一回、いくよ!」
「グガァァァアアアア!!」
巨体がこちらへ踏み込んだ瞬間――私は魔法を発動した。転移。巨大な溶解液の塊が、ドラゴンの真上へと出現する。
次の瞬間、私は重力制御を解除した。どろり、と。粘りつくような液体が、ドラゴンの頭部から背中へと流れ落ちる。
そして――じゅああああああああああああ!!
腐食音が爆発した。白煙が噴き上がる。うろこが泡立つように崩れ、黒く変色していく。溶けた金属が赤く滴り落ち、床に触れてさらに煙を上げた。
「グガァァァアアアアアッ!!」
ドラゴンの絶叫が響き渡る。巨体が暴れ、剣を振り回す。だが、防御は確実に削れている。
「今!」
私が叫ぶと同時に――クロネの姿が消えた。次の瞬間、ドラゴンの膝の前に現れる。
「《迅雷双刃》!!」
雷鳴のような衝撃。双剣が閃き、溶けたうろこごと肉を斬り裂く。肉片が飛び、深い裂傷が刻まれる。
「ランカ!」
「うん!」
反対側から銀色の影が突っ込んだ。床を砕く勢いで跳躍し、巨大な爪を振り下ろす。
「ガロウクラッシュ!!」
轟音。交差する爪が膝を抉り、肉をえぐり取る。骨にまで届くほどの深い傷が刻まれた。ドラゴンの巨体が大きく揺れる。
「効いてる!」
クロネが叫ぶ。確かに、今度は違う。溶解液で弱ったところへ、二人の必殺技が直撃した。膝の肉は深く抉れ、赤黒い血が大量に溢れ出している。
ドラゴンは片膝をつき、苦悶の唸り声を漏らした。これは――かなりの大ダメージだ。
だが、その瞬間。ぞわり、と空気が震えた。
「……来る」
私は思わず呟いた。ドラゴンの体の奥から、膨大な魔力が湧き上がってくる。
膨張する。脈動する。まるで巨大な心臓が鼓動するみたいに。
「また……!」
クロネが顔を歪める。次の瞬間。じゅく……じゅくじゅく……。嫌な音が響き始めた。裂けた肉が、蠢く。抉れた膝が、盛り上がる。露出していた骨が、肉に覆われていく。
「どうして……」
ランカが呆然と呟く。傷口が閉じていく、さっきと同じだ。それどころか、今度はもっと速い。
溶けたはずのうろこが内側から押し出されるように再形成され、肉が瞬く間に繋がっていく。
ほんの数秒。それだけで、さっきまで致命傷だったはずの傷が――完全に、消えた。
ドラゴンがゆっくりと立ち上がる。赤い瞳が、再びこちらを睨みつけた。
「……マジか」
「これ、削りきれるの?」
クロネが低く呟き、ランカが歯を食いしばる。私は、黙ってドラゴンを見つめた。再生の瞬間、確かに見えた魔力の流れ。
それは、体全体から発生しているようで――ほんのわずかに、ある一点へ収束していた。そこは胸部。
確かに何かがある。それがきっと、再生の核。それを潰せば、このドラゴンは倒せる。
「二人とも、安心して。あのドラゴンは倒せる」
「本当か!?」
「どうすればいいの?」
「あのドラゴンの胸に異常な魔力の高鳴りを感じたの。だから、あの鎧を外して」
きっと、胸部に何か仕掛けがあると思う。そう言うと、二人は強く頷いた。
「分かった、任せろ」
「ユナを信じるよ」
二人はドラゴンに視線を向けると、駆け出していった。
「あははははっ! 無駄よ無駄! 何度攻撃しても、このドラゴンは絶対に倒れないわ!」
レイナの高笑いが、広い空間に反響する。
けれど、私は視線を逸らさなかった。見ているのは、ただ一つ――ドラゴンの胸。
あそこにある、再生の核が。
「グガァァァアアアッ!!」
怒り狂ったドラゴンが剣を振り回した。巨大な刃が風を裂き、床を叩き砕く。
だが――。
「甘い!」
クロネが床を蹴った。剣の軌道を読み、紙一重で回避。風圧で体が揺れるが、その勢いのまま前へ踏み込む。
「ランカ、今!」
「分かってる!」
ランカが横から飛び込んだ。二人は同時に地面を蹴り、跳躍する。
巨体の側面を駆け上がり――ドラゴンの肩へと飛び乗った。
「グガァッ!?」
ドラゴンが驚いたように咆哮する。巨体を揺らし、二人を振り落とそうとするが――。
「そうはいくか!」
クロネが鎧の隙間に剣を突き立て、体を固定した。
「ランカ!」
「うん!」
二人の視線が向いたのは、胸部の鎧。そこには、明らかに構造の違う金具――留め具があった。
「ここだ!」
クロネが双剣を振り上げる。
「《迅雷双刃》!」
雷鳴のような斬撃が走る。金具に直撃し、火花が弾けた。同時に――。
「ガロウクラッシュ!」
ランカの爪が叩き込まれる。轟音。金属が悲鳴を上げた。次の瞬間。
バキンッ!!
留め具が砕けた。
「外れた!」
鎧が傾く。そして――重たい音を立てて、床へと落下した。
巨大な鎧が石床に叩きつけられる。露わになったのは、ドラゴンの生身の胸部だった。
そこに――埋め込まれていた。拳よりもはるかに大きい、赤い魔石。血のように濁った輝きを放ち、脈打つように光っている。
「……やっぱり」
私は小さく呟いた。その瞬間。遠くで、レイナの声が変わった。
「――しまった! 魔石が……!」
さっきまでの余裕が消えている。
焦り。それを聞いた瞬間、確信した。やっぱり、あれだ。あの魔石が、この再生の源。なら、壊せばいい。
私は両手を前へ突き出し、魔力を一気に解放する。透明な魔力が空中に集まり、渦を巻く。形を変えて、長く、鋭く。魔力の槍は、青白い光を放ちながら空中に浮かんだ。
「終わりだよ」
私は静かに言った。狙いは――胸の魔石。
「貫け!」
手を振り下ろす。次の瞬間、魔力の槍が雷のような速度で射出された。
空気を裂く轟音。一直線に飛び――赤い魔石へと突き刺さる。
ズドォォォンッ!!
衝撃が爆ぜ、迷いなく魔石を貫いた。
ぱきん、と。小さく、乾いた音が響く。
次の瞬間。魔石が砕けた。赤い光が一瞬だけ膨れ上がり、そして消える。
同時にドラゴンの体を覆っていた膨大な魔力が霧のように、消滅した。
「グガッ、ガッ……」
ドラゴンは悲鳴を上げることなく、その体が黒い煤のようになって消えていった。




