Stranger
枯れ井戸の底に体を打ち付けられる──なんて事はなく、2人はいつの間にか小部屋の入り口に並んで立っていました。大きな天球儀や渾天儀があり、天井に届く程大きな本棚や惑星関連の模型が目立ちます。
枯れ井戸の下は墓地でした。誰が信じようか、そんな話。本当に誰かの見ている夢ならば、荒唐無稽でもおかしくないんですけれど。
部屋の主であろうお爺さん墓守は、突然の来訪者を大歓迎してくれます。深刻な顔をした迷える男性と、訳もわからず彼を心配する女性を「此方へおいで」と招き入れてくれました。
ヘリオの胸元で揺れるアストロラーべのペンダントを見て墓守仲間だと気付いたお爺さん。彼の様子から迷子を察し客人として2人をソファに座らせ、ココアを淹れてくれました。
2人は呆気に取られ、お辞儀をしながらお礼を言って受け取ります。
ヘリオはじんわりと温かく、星型のマシュマロが浮いたココアを受け取った直後はぼんやり見つめ、ふわりと優しく漂う匂いに(そういえば俺、甘いもの好きだったなぁ)と思い至り、恐る恐る口にします。
ムギーは(濃厚なくらい甘々だけど優しい気持ちになれるなぁ)ほわほわ、頬が緩んでいます。それを見たヘリオはやっと、少し口元を綻ばせます。1人で迷い込んだのではないのですから。
(またこの子は無茶をして、でもそのおかげで今こんなに頼もしいな)
ヘリオはムギーに気付かれないように様子を窺い、ココアに夢中な彼女が可愛らしいと微笑むも、お爺さんに一部始終を見られていたのでハッとして、照れてしまったり。
「ドルチェもあるでな……」
ニコニコなお爺さんの勧めにドルチェといえば、と自分の祖父を思い出したムギーは、あの墓地に帰って話を聞かなきゃ、と思いました。ヤンチャ坊主と笑っていたのに、自分で自分のお墓を案内したようなものですから。仮に本人ならムギーを知らないのは若いからか、それとも何かあるのかと。
お爺さんは立ちあがろうとしたムギーを穏やかに制し「まぁまぁ、慌てない、慌てない」と小さな冷蔵庫から紺藍が美しい星空のようなズコットケーキを切り分け「君らはこのくらいしかまだ理解しておらんだろう」とお皿に盛り、差し出します。
「え〜……何から話そうか。そうさなぁ、お2人さん。井戸水は飲めると思うかね?」
ムギーは迷わず「はい」と頷き、ヘリオは「飲めないと思ってましたけど、飲めた……筈でした」と項垂れます。
そんな2人に頷いたお爺さんは「結論から言うとな、この世界は魔女が見ている夢なんじゃよ」と言いきります。
「我々は魔女が覚えている人物の記憶が混ざってしまっている。君達の場合は、巻き込まれた形じゃな」
(私達は巻き込まれた形って、どういう……魔女の夢?!)脳内が大変な事になっているムギーに対して“記憶が混ざる”と聞いて反応するヘリオ。
お爺さんは彼に笑い掛け「君は縁の繋がりが深いのかな。大丈夫、落ち着いて自分の心と向き合いなさい」と宥めました。その優しい笑みにヘリオは肩の力を抜き「はい」と頷きます。
ムギーも全然わからないのはもう今更だと一先ず黙って話を聞く事にしました。
「おっと。儂としたことが、自己紹介を忘れていたよ。儂はスコップ。現世では神父をしていた事もありました」
姿勢を正し綺麗な挨拶をしてくれます。2人も名乗り、改めてココアとケーキのお礼を言って頭を下げました。
「さて……どこまで話したかな。そうじゃ、お前さん達のコアは何じゃ?」
ムギーが首を傾げるとすかさずヘリオが「墓守や見倣いになると鐘が鳴って手元に現れるやつだよ。ディフラのナイフとか」と説明してくれたので「成る程……」頷き、ポシェットに入れっぱなしだった万華鏡を取り出します。
ヘリオも胸ポケットから小さなコンパクトミラーを取り出し、スコップさんは2人のコアを見て頷きます。
「ありがとう。そうか、やはり君達がコック・ア・ドゥードゥル・ドゥーか」
2人は揃って((何を言ってるんだこの人は))と思わず半目になりかけ、いや何か続きがある筈だと思い直します。
「あー、すまない、つい癖で。ごほん。この世界は魔女の夢と言ったろう。つまりな、君達がもしかすると魔女の目を覚ます役割を持っているかもしれない、という事じゃよ」
意外にも此処にきて、ムギーが不安そうになりました。この世界が、魔女の夢。夢というからには覚めたら無くなってしまうのでは?ケーキを食べたらなくなってしまうように、今ある自分はどうなるのだろう、と。
ヘリオは手っ取り早く自分の記憶をハッキリさせられるかも、とやや軽く捉えました。
スコップさんは「勿論、強制ではない。本当かもわからない。可能性の話じゃよ、深刻になりすぎないようにな」「ケーキのおかわりは如何かな」と微笑んでくれましたが、情報量でそれどころではない2人はご馳走様でしたを告げます。
改めて空になったお皿を眺め、この世界が魔女の夢である事を考えるムギーは、今までの不思議な体験や自分自身が消えてしまうの?と不安がり、首元のテラコッタくんに触れようとして──彼がいない事に慌てふためきました。




