Pray
少しだけ躊躇したのを誤魔化すつもりで星空を見上げてから、ヘリオは切り出しました「小さい頃さー、よく覚えてる思い出ってある?」仮面を外し「俺はね、」
「3歳くらいの頃、君によく似た子とキスしたのをずっと覚えてるって言ったら……笑う?」
畳み掛けるように言い、茶化す声色で続けます。
「しかもね、やっと再会出来たと思ったら事故とはいえ奪っちゃったし」
ムギーが「奪う?」と首を傾げると自身の唇を指差し「唇」と示しました。やっぱりあの時のって、と顔を赤らめたムギーに眉を下げて笑い掛け「どうやら俺まで迷子みたいなんだ」「ねぇ、君のお祖父さんのフルネームは?」と確認をします。
ムギーの仮面の装飾が一部、パキリと音を立てて割れ──「アイザック……?」「コトホギ、コトホギ・アイザック・ドルチェ……?!」と目を見開く彼女を見て、ヘリオは漸く秘密を共有できたと少し安堵しました。
ムギーも仮面を外し、割れた装飾を見遣り……ふと、紫色の花を思い出します。良い香りがして、ヘリオトロープという名前で。同じ名前だから貴方の名前は素敵だよと笑い掛けた相手がいたような……
「ヘリオトロープってお花、ご存知ですか?」
ヘリオは自分の本名が花と同じであった事を思い出します。本名をわけて偽名と認識させられていたのも判明し、ますますわからなくなったヘリオは「君だって……コムギじゃないか……!」と思わず彼女視点では自分が知り得ない名前も口走ってしまいました。
自分の名前ですら認識が崩れていて自分のコンプレックスが同じ名前についてだが、“長い”のを忘れていた。名前は自分という個を象徴する大事なものであり、この世界では本名は魔女に誘われる可能性のあるもの。
一方のムギーは彼に呼ばれて驚きますが、二重告白により思考がぐるぐると纏まりません。
ヘリオはもう、自信がなくなってきました。中庭にある井戸を見つめ……ふらつきながら近寄り今朝、ディフラに水を飲むのを止められた事を思い出します。
彼は井戸の水は飲めないと言い切った。つまり年下とばかり思い込んでいたが、自分基準では昔の人だった……?
いよいよ追い詰められ、ヘリオは縋るように「頼むよ……」と頭を抱え覗き込みます。水に映る自分の姿を確認しようとしただけでした。しかし、残念ながらその井戸は枯れており、勢い余ったヘリオは井戸の中へ落ちてしまいました。
それを見たムギーは、頭で考えるよりも先に後を追って飛び込みます。枯れ井戸だと知らず、水がたっぷり入った井戸だと思っていました。
落ちた、大変だ!……しかも相当思い詰めた顔してたな、ほっとけなーい!とヘリオが墓守な事などすっかり忘れて、寧ろ覚えていたとしても不老不死がなんだ、生きてんでしょ貴方!というノリでした。
2人は底の見えない枯れ井戸に落ちていきます。それを覗き込み、静かに見送る一対の目。暫くしてから、そっと瞼を閉じました。




