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燈哉さんとその妹の高那さんが我が家にやって来たのは翌日のことだった。
昨日は金曜日だったから土曜日。学校は休みで、燈哉さんの仕事も丁度休みだったらしい。
貴族の子供でありながら、二人が持ってきた荷物は旅行用鞄に入るだけの分しかなかった。
戸惑いつつ、他の荷物はどうしたのか聞いたら、『殆ど差押えられた』と反応に困る返答をされた。
下手に聞いて気まずくならないよう今後気をつけよう。
アスベスト兄妹に与えられた部屋は離れの全室だ。
私と燈哉さんは今、その中の応接室に座り、離れの家事を一身に背負う女中が煎れたお茶を飲んでいる。
彼女はふくふくとした気の良いおばさんで、柔らかそうな頬を引き上げて笑っている。
彼女は志麻さんといい、私に対して謙りすぎる事もなく、例えるなら親戚のおばさんといった態度で接してくれる。
志麻さんは私が婚約者を連れてきたことで、それはそれは嬉しそうにコロコロと笑っている。
「お嬢様にも良い人がいたんですねぇ…。そんな素振り少しも見えなかったのに」
「志麻さん、茶化さないで」
「あら、茶化してなんかいませんよぉ。アタシも図々しくもお嬢様を娘のように思っているフシがあるでしょ?だからホントに嬉しくって」
ウフフと志麻さんは口元に手を当てる。
ふくよかな見た目と相まって可愛らしい。
志麻さんはニコニコしながら燈哉さんを見るとうんうん頷いていた。
「それにしてもイケメンですねぇ。お嬢様、面食い〜」
「もう!志麻さん!」
否定できない所がまた悔しい。
そう、私は面食いだ。
イケメン万歳!
「あらあら。照れちゃって」
「志麻さん!」
志麻さんは始終機嫌よく笑ってから、時計を見ると、エプロンを脱いだ。パートの終わりの時間だった。
「あら残念。お時間ですね。明日から宜しくお願いします」
深々と燈哉さんに頭を下げる。
燈哉さんは礼儀正しく一度座面から立ち上がり、同じように頭を下げた。
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします。なるべくご迷惑はおかけしないようにしますので」
「あら。あらあら。…お貴族様だってお伺いしていたから、もっと傲慢かと思っていました。ご丁寧にありがとうございます。でもアタシのお仕事を取り上げないでくださいね」
志麻さんはウフフと笑う。
志麻さんはこの離れの家事全てを取り仕切っている。掃除洗濯、そして料理。
彼女が仕事を取り上げるなというのならば、生活全般のお世話はするつもりだろう。
志麻さんは気に食わないお客には、必要最低限の仕事と会話しかしない。
でも今、燈哉さんに微笑んだ様子からは第一印象的には合格といったところだろう。
「それじゃ、明日また来ますから」
志麻さんはそう言ってにこやかに手を振り去っていった。
応接間に残されたのは、私と燈哉さんの2人だった。
「…アスベスト家のことですが、借金は一旦父が払いました。契約は1年と少しですし、家は残しておきますよね?」
全く色気のない会話だ。
好きな人と二人きりなのに、この会話。
マジでビジネスライク…。自分で言ってて悲しくなってきた…。
燈哉さんはじっと私を見つめて、頷いた。
あー…イケメン。
見つめられるのドキドキしちゃーう!
「そうしてくれると助かる。…借金はなるべく早く、できれば1年以内には返したいが…無理だろうな」
「いいですよ。卒業と同時に婚約破棄しても、ちゃんと返してくれれば文句は言わせませんから」
父は多分言わないだろうし。
出ていったお金には執着しないからこそ、ホワイト商会はここまで大きくなった気がする。
「…悪い」
燈哉さんは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
きっと不甲斐ない自分を責めているのだと思う。
でもこれは契約だ。燈哉さんが自分を責める必要なんて少しもない。
「…そういう約束です。悪いことなんてないですよ」
父に話した時にそう言ってあるし、父も了解済だ。
でも燈哉さんは弾かれたように私を見つめた。
驚いた表情はどこかあどけなくてかわいい。
「…そうか。…ありがとう」
ふ、と小さく燈哉さんは笑う。
え、その笑顔ヤバい…!破壊力…!
私に向かってそんな笑顔くれるとか…え、好き。いくらでも貢げそう…。
「…で、俺はどうしたらいい?」
え、生きててくれればいいですが?
推しは息してくれてるだけで尊いんですが?
「………どう、とは?」
「婚約者としてやる事はあるかってこと。……あ、なんだっけ?タリーズ伯爵の三男から求婚されてるんだったか?俺が出るか?」
「……………ハロンド伯爵家のことですか?」
1文字も合ってない。
タリーズ伯爵って誰?三男いる?
「あ、そう。それ。」
「1文字も合ってませんね」
「いやー…ははは。興味のないことは記憶から抹消するようにしてるから」
燈哉さんは全く悪びれない。
でもそのクールなとこもかっこいいーーー!
脳内では推し団扇を振り回している私だけれど、顔には出していないつもりだ。
私の表情筋は仕事放棄気味だし、多分大丈夫。顔、緩んでないはず。
「で、どうする?一応でも婚約者の俺が話した方がすんなりいくなら出るぞ?」
優しいー!仮の婚約者の私の為に出張ってくれるってこと?
それはあれだ。『私の為に争わないで♡』ってやつだ!
ここでそれを喜べる女だったら良かったのに。
でも残念ながら私はその状況に全く魅力を感じない。なんなら『人をモノ扱いするな』と思うタイプだ。
自分でも可愛げはないと思う。
「大丈夫です。一人で説明できますから」
きっぱりと言い切ると燈哉さんは面白そうに口笛を鳴らした。
ああ~…それだけでもかっこいい…!
「男前だな」
「お褒めに預かり光栄です」
「そんな褒めてないけどな。…まぁ、日乃がそう言うならそれでいい」
「……日乃」
ぽつりと呟くと、燈哉さんはしまったという顔をした。
「あー…悪い。さっきも含めて呼び捨ては良くないな。親密感が出るかと思ったんだが…」
「あ、いえ。その…そのままで、いいです」
なんだか、名前で呼んでもらうのをねだっているようで恥ずかしい。
思わず顔を背けて言うと、燈哉さんはくつくつと笑った。
「わ、笑うことないじゃないですか!」
「いや、つい。…可愛いな、と思って」
「……えっ!?」
可愛いって言った!
え、好き…!そのからかうような顔、めっちゃいい。ちょっとS気もあるとか…マジ神。かっこよ…!
「ははは。可愛い可愛い」
もはや、姪っ子を見る眼差しな気もする。
子供扱いされているようでムッとして燈哉さんを見ると、燈哉さんはニヤと悪い顔で笑った。
「この前の、もう一回練習しとく?」
「………この前の、とは?」
「『燈哉、好き。愛してる』ってやつ」
「はっ…?」
それはもう終わった話だと思ってたのに。
っていうか、私のあのポンコツ具合見たのに…。燈哉さんだって肩震わせてたくせに。
「…しません」
ジロリと燈哉さんを睨んだけれど、燈哉さんはどこ吹く風といった様子だ。
「残念。あのポンコツ具合、なかなか良かったのに」
「………馬鹿にしてますね?」
「まさか。鉄壁クールな学園のナイトと呼ばれる日乃サマが、ワタワタして焦る姿が可愛かったなぁ、とは思ってるけど」
鉄壁クールな学園のナイトって…。
どんな枕詞だよ。
そんなツッコミも頭を駆け巡るけれど、それよりも。燈哉さん、今日可愛い可愛い言い過ぎじゃない?
そんなキャラなの…?
チャラいの…?
でも悲しいかな、チャラくても良い。
はぁー…イケメンってズルい。
その顔面、写真にとって引き伸ばしたい。
「俺のことは?」
「はい?」
俺のことは?ってなにが?なんのこと?
意味がわからなくて燈哉さんを見ると、燈哉さんはからかいを含めたにっこりとした笑顔を見せた。
「燈哉って呼べば?」
え、ムリ。ムリムリムリ。
推しのSっ気がヤバい…!
っていうか、これはもうわざとだ。
絶対呼べないと思ってる。
くっ、と思わず悔しくて拳を握ってしまう。
言おう。うん、言う。
私だってできる。燈哉、燈哉、燈哉。
うん、イケる。
「と……と、燈…哉…………さん」
ポンコツーーーーーー!!!
再びのポンコツ!
え、待って待って待って。
なんで!?
私のポンコツ具合は、見事に燈哉さんのツボに入ったらしく、彼はお腹を曲げて肩を震わせて笑っていた。
推しが笑ってくれるのは嬉しい。
嬉しいけど、悔しくて、そして腹立たしかった。
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