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目の前に乗り慣れた車が止まる。
学校までは行きは送ってもらい、帰りはその日その日でどうするか決めている。
毎朝車なのは、私は朝が弱く、時間ギリギリだからだ。
そして、月曜の今日。私はいつものように車に乗り込む。
違うところがあるならば、横に黒髪の美少女がいるところだろう。
燈哉さんの妹である高那さんは、居心地悪そうに身を縮ませて後部座席の隅にちんまりと座っている。
なんだか可哀想にも見える。
緊張して、不安げな様子で私に視線を向けると、急いで頭を下げた。
なんだか悪い事をしている気分だ。
そんな畏まらず、普通にしてほしいのに…。
「お、おはようございます」
「おはようございます。その…そんな怯えないでいただけると嬉しいのですが…」
車に乗り込み、横に座る。
高那さんはびくりと、肩を震わせた。
えぇぇー…嫌われてるのかな…。
でも確かに、一昨日、実の兄を買うなんて奇行をしでかした学校で見たことあるくらいの先輩と一緒に登校とか……普通に嫌なのでは…?
面食いの私は、高那さんをじっくり見れて嬉しいけれど、高那さんからしたら恐怖かもしれない。
……仲良くなりたいのに…。残念過ぎる…。
「……怖いですよね…?すみません。明日からは別々の登校の方がいいですか?」
どうせ同じ学校だし、一緒に登校したらいいと言ったのは両親だ。
私としても美少女と一緒に登校できるのは嬉しいし、脳内で喜びの舞を踊っていたのだけど。
私の欲望の為に誰かに無理をさせるのは、本意ではない。
ちらりと高那さんを見ると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「ちっ、違うんです!あの、あの………好きです!」
「………えっ?」
あれ?え、聞き間違い…?
そういう告白じゃないよね…?え、ファン的な……?
「えっと……ありがとう…?」
「…………兄様じゃなくて、私を買ってくれたら良かったのに…」
「えっ…」
「お慕いしています。好きです。兄様じゃなくて私にしませんか…?」
さっきまでの縮こまった様子はどこに行ったのか。高那さんはそっと私の手を握って潤んだ上目遣いで見上げてきた。
この破壊力…!
え、この兄妹、ヤバすぎないか…?
「あの…私、女なんだけど…」
「存じております」
あ、知っていらっしゃる…。
デスヨネー。同じ学校だもんね。制服スカートだしね。そりゃわかってるよね。
「でも、でも!好きなものは好きです!………兄様に嫌気が差したら私に乗り換えてくれますか…?」
えぇぇー!可愛い!健気!
「あっ、はい…。嫌気が差したら…」
あっ、頷いちゃった!つい!
でも高那さんは私の言葉に、顔をパッと明るくした。
「…はい!ぜひ!…あの…これから宜しくお願いします」
え、それは義妹として…?だよね…?
一抹の不安を抱えつつも、それはどういう意味なのかまで、怖くて聞けなかった。
いや…可愛いんだけど…。でも私、同性愛者じゃないんだけど…。
寡黙な運転手は何も言わず、そしていつの間にか学校についていた。
「行ってらっしゃいませ」
ドアを開け、運転手は恭しく頭を下げる。
でもその肩が震えていたのを、私は確かに見た。
高那さんはにこやかに手を振って教室へと向かって行った。
私もその後ろ姿を見送って歩きだす。
そして、数歩も歩かない所で後ろから飛び掛かられた。
私にこんな風に接してくるのは彩希しかいない。
案の定、彩希は、私の背中に飛び乗ってきた。
危ないからやめてほしい。
「見たぞ。なんだ、あれは?」
地を這うような低い声で彩希は耳元で唸るように言う。
まるで妖怪だ。
怨念が籠もっていそうで怖い。
「なんで高那・アスベストと一緒に来たんだ?どうなってる?」
でろでろ、どろどろ、という効果音がピッタリのオーラを出しながら彩希は聞いてくる。
っていうか、金曜日、喧嘩しなかった?
私、怒ったよね?なんでそんな申し訳なさゼロなの…?
「説明しろ」
暴君。さすがクイーン。
「………わかった。わかったから。降りて…」
彩希はふん、と鼻を鳴らすと仕方ないと言わんばかりに背中から降りた。
私は少しも悪くないと思う。
彩希は授業が始まるというのに、私の手を引いて校舎裏へと向かう。
サボる気満々だ。
しかも校舎裏って…。ヤキ入れでもするつもりだろうか…。
ばん、と校舎裏の壁で、壁ドンされて、ドン引き通り越して最早諦めの境地だ。
因みに、彩希は私より背が低いから、圧迫感はない。
でもオーラがどす黒過ぎて、逃げたら大変な事になりそうなのでやめておいた。
「説明」
ギロリと彩希は私を睨む。
高那さんが清楚な黒髪美少女なら、彩希は派手めの金髪美少女だ。
「落ち着いて。実は一昨日、あの後、燈哉さんを買ったんだ」
「…………はぁ!?」
うんうん、わかる。自分で言ってなんだけど、人を買うってヤバい奴だもんね。
彩希は私を驚愕の顔で見つめる。
大きな目が更に大きくなって、普段余り驚いたりしない彩希のびっくりした顔が珍しく、私もついじっくりと見つめてしまう。
彩希は華やかな美少女と言える。
大きな目、艷やかな金髪、赤い唇。
パッと目を引く美少女は、すぐに驚いた顔から目を吊り上げて心底嫌そうな顔をした。
「…お前……マジで?」
彩希はその見た目から人攫いに合ったこともあるらしい。
それと同じ人種を見る目を私に向けてくる。
「オタクもここまでいくと犯罪だな」
発言も容赦無い。
でも私にも言い分はある。
「…まぁ、確かに私は強火オタクだと思うけど……これはちゃんとした契約だよ」
「契約だぁ?」
「そう。どっかの誰かさんがハロンド伯爵家のご子息と引き合わせるから。私はまだ結婚したくないからね。そこに丁度、売られる推しが居たら、仮の婚約者っていう契約も結んでしまうものだと思わない?」
ハロンド伯爵家の名前を出すと流石に彩希も言葉に詰まっていた。
一応悪いとは思っていたらしい。
「一年と少し。卒業までの間、婚約者でいてもらう為に、燈哉さんを買ったんだ」
「……………お嬢様も大変なんだな…」
彩希はドン引きしてはいるものの、さっきまでの怒りは静まったらしい。
情状酌量の余地はあったらしい。
「それで、高那・アスベストとも一緒の登校ってわけか」
「そう」
「……ふぅん…。………なぁ、なんかエロ展開あった?」
「彩希」
出歯亀だし、からかうような言い方に、たしなめるように名前を呼ぶと彩希はからからと笑った。
機嫌はすっかり治ったらしい。良かった。
その日の帰り、私と彩希は歩いて帰る予定だった。
校門まで連れ立って歩いていると、校門付近がざわめいていた。
何事かと視線を向けて、私は思わず彩希と顔を見合わせた。
校門の入口には燈哉さんが立っていた。
「………うわ…」
彩希は心底嫌そうな顔をする。
「独占欲ヤバ」
「そういうことじゃないと思うけど」
色恋で婚約者になったわけじゃない。
これは多分パフォーマンスの一種だと思う。
でも彩希は私を呆れた顔で見返した。
「日乃はもうちょっと危機感持った方がいいぞ?……お前、割と鈍いもんな」
突然のディスり。やめてほしい。
そんな会話をしながら校門に着くと燈哉さんは私に軽く手をあげた。
「おかえり」
これ、いつも思うけど、なんて返せばいいんだろう。『ただいま』なの?まだ帰ってないけど?
ちょっと反応に困った私を燈哉さんは不思議そうに首を傾げた。
あざとい!可愛い!好きー!!!
「どうした?」
「いえ……燈哉さんこそ、どうかしたんですか?」
「ん?早番だったから。婚約者のお迎えに」
燈哉さんはにっこりと爽やかに笑う。
はー!好き!お迎えだって!
仮の婚約者の私の為にわざわざ来てくれるとか!パフォーマンスでもいい!この彼氏感、ヤバい、ハマる。
脳内でお祭り騒ぎの私の背を彩希がバシンと叩いた。現実に引き戻された気がする。
「彩希、痛い」
「ぼーっとしてんなよ」
ジロリと私を睨んでから彩希は燈哉さんを上から下まで睨めつけた。
「………まぁ、虫除けにはなるか」
評価が酷い。
虫除けって…。私の推しなのに…。
燈哉さんは今初めて彩希に気づいたようにわざとらしく、にっこりと笑った。
あ、虫除け発言、イラッとしたんだ。
まぁわかる。初対面で虫除けはない。
「日乃、こちらは?」
「あ、友人の彩希・モーメントです」
「ふぅん…友人…」
「なんだよ?」
「いやー…友人ってより番犬みたいだなって」
「………あ?」
バチバチしてる…。
えー…出会って数分しか経ってないのに?
そんなことある?
「日乃、友人は選んでもいいんだぞ?」
ピク、と彩希の眉が上がる。
でもそれは私も一緒だ。
「選んでます。彩希はいい友人です」
私は燈哉さんが好きだけど、さっきの発言は違う。
私は私の意思で彩希と友人でいるし、それを誰かに否定される必要はない。
毅然とした態度で燈哉さんを見返すと、燈哉さんは数回目を瞬かせ、素直に謝った。
「…悪かった」
「彩希も。燈哉さんに謝って」
彩希は私に庇われて燈哉さんに意地悪く笑っていたけれど、私の態度に嫌そうに顔を顰めた。
「えぇ…なんでだよ?」
「燈哉さんは虫除けじゃない」
推しだから。私のガチオタが伝わったのか、彩希はぐっと言葉に詰まった。
「チっ………悪かったよ。…で?日乃どうすんの?」
「どうする、とは?」
「そいつと帰るの?」
彩希は不満そうに私を見上げてくる。
そんな不満そうな顔をされても…。帰る場所一緒だし。お迎え来てもらったし。
「………女の友情って儚いんだな」
しおらしく言ってはいるけれど、これはわざとだ。
彩希は自分の見た目を分かってる。
どうすれば自分が可哀想で庇護欲を唆らせられるのか、理解してやっている。
強かであざとい、女そのものだ。
「……彩希。そんな顔して…」
はぁー…とため息をつくと、彩希は私にぎゅっと抱きついてきた。
わかっててやってる。
私が面食いだって知ってるくせに。
「一緒にクレープでも食べて帰ろうぜ?な?」
縋るように上目遣いで見つめられると、無碍にできない。
うっ…と思わず頷きそうになる私の顎を燈哉さんが指で押さえた。
顎と頬を指先で押さえられて、必然的にタコのような口になる。
不細工になるからやめてほしい。
「だーめ」
ははは、と笑っているけれど、圧が凄い。
「…は…?」
一瞬気が緩んだのか、彩希の腕が緩くなる。
その瞬間を見逃さず、燈哉さんは私の腕を掴んで彩希から距離を取ると、後ろから抱き込んだ。
バックハグ!!!
え、いい匂いする!暖かい!
きゃあああああ!恥ずかしい!好き!
「クレープはまた今度。番犬のお友達には悪いけど、今日は俺と帰ろうな?」
後ろから覗き込むように燈哉さんは私と視線を合わせる。
え、このアングル、ヤバくない?
この角度で推しと見つめ合えるって奇跡…!
「じゃ、そういうことで」
「………はぁ!?」
私の返事は特に要らないらしい。
燈哉さんは私をバックハグしたまま、魔法を使った。
それは私には使えない風魔法だった。
ふわりと、足元に魔力が集まるのが分かるのと同時に私は宙に浮かび上がっていた。
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