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ポツポツとカフェから家への道を辿る。
明るい午後の日差しが眩しく、道路には街路樹が作る影が所々にできていた。
通りを走る車から顔を背け、私は反対側にある大きな屋敷を見上げた。
ここは、彼の家だ。
二年前までここから我が校まで通っていた彼は今、帝国騎士団に勤めている。
そして、このアスベスト伯爵家の長子でもある燈哉・アスベストは私の想い人でもある。
私が燈哉さんと出会ったのは二年前、15歳の時だった。
二年前のその日、私は玄関で呆然と立ち尽くしていた。
「…傘がない…」
朝から降ったり止んだりのはっきりしない天気で、当然ながら、私は傘を持って登校した。
にもかかわらず。
今朝持ってきた筈の傘は、その姿を何処かに隠してしまった。
私は深いため息と共に、眉間を押さえたことを覚えている。
この頃はちょうど、嫌がらせのピークで、いい加減うんざりしていた。
この傘を隠すなどという嫌がらせもその一つで、下らないこと極まりない。
が、地味に困るのも事実だった。
濡れて帰るか、止むまで待つか。
雨は直ぐには止みそうにもない。
ううん、と唸った私の耳に嫌そうな声が聞こえたのはその時だった。
「…傘、ないのか?」
最初、私はそれが自分に向けられたものだとは思わなかった。
だから、特に反応をせずにいたのだが、目の前で手を振られて、私はとても驚いた。
「傘、ないのかって聞いてんだけど?」
「………すみません。私に言っているとは思わなかったので」
私に話しかけた人物、つまり燈哉さんは呆れた視線をこちらに向けた。
今思うと、初対面でそんな面倒臭そうな顔をしなくてもいいのでは?
多少、オブラートに包んだ視線を向けてもいいと思う…。
「…まぁいいや。…ほら」
燈哉さんは私の目の前に一本の傘を差し出した。
燈哉さんの傘だった。
「………ええと…?」
「やるよ」
彼は私に傘を押し付けた。
私はこの時、本当に意味がわからなかった。
戸惑いまくる私に傘を押し付けた燈哉さんは、雨の中に走り出た。
「えっ?あの、傘は!?」
「だから、やるって。女の子なんだから、ちゃんと差して帰れよ」
「えっ!?」
私はこの時の燈哉さんをずっと忘れないだろう。
燈哉さんは笑って雨の中を去って行った。
思えばこの瞬間が、私が燈哉さんを意識しだした最初だろう。
そして、この後、私は再び彼に助けられることになる。
が、そんなことはこの時の私は露にも思わなかった。
歩きながら、懐かしく思い出していた私は、アスベスト家の前で何事か騒いでいる声を聞いた。
大きな正門の前ではなく、横の使用人用と思われる小さな出入口の前だ。
そこには禿げた中年の男性と、女性が二人。一人は使用人と思われる服装だ。
そして、もう一人の彼女。
私は彼女を知っている。
彼女は私の二つ下の学年で、名前を高那・アスベストという。
そう、燈哉さんの妹で、この家のご令嬢である。
ただし、知っていると言っても一方的にだ。
私と彼女は親しい間柄でもないし、会釈をし合うような知り合いの関係でもない。
だから、素通りする筈だった。
でも、前を通る私の耳に驚きの言葉が飛び込んできた。
「…だから、お嬢さんはもう売られる身なんだよ!大人しくついてきて貰わなきゃ困るよ!」
……売られる身?
想像もしていなかった言葉に、私はつい三人の騒ぎを見てしまう。
話の感じから、中年男性は、女衒であると思われた。
アスベスト家が財政難だという噂はここ1、2年でそこはかとなく流れてきている。
公ではないし、その噂で持ちきり、ということもないから、皆、本当かどうか判断がつかないところだった。
そんな状態だから、噂は立ち消えたり、また登ってきたりを繰り返していた。
のだが、これはどうやら事実らしい。
財政難の貴族や商家の娘が、売られることは、ままある。
暗黙の了解として、それは私も理解している。
けれど、まさかこんな身近で起こるとは思ってもいなかった。
三人の騒ぎは収まらず、道行く人は立ち止まり、いつからか通りに人が集まってきていた。
貴族の娘の身売り問題に皆、興味津々だ。
かくいう私もその一人ではあるのだけれど。
「…お止め下さい!兄様が帰って来てからでないと、わたくし、一緒には参りません!」
高那さんは精一杯声を張り上げる。
腕を捕まれて、青い顔をした美少女は、それでも気丈に女衒を睨んだ。
「いやいや、そう言われてもね。もうお嬢さんの叔母さんと話はついているし。お兄さんが来た所で、身売りの金額が払える訳じゃないんでしょ?」
私は女衒という仕事には嫌悪感がある。
でも、仕事である以上、彼にも責任があるのだろうし、言っている内容は間違ってはいない。
契約上、それに乗っ取って彼は仕事をしているだけだろう。
「…それはっ…そうかもしれませんけど…」
高那さんは悔しそうに唇を噛む。
俯いてしまった彼女を守るように恐らく侍女であろう女性が女衒の手を離そうとする。
「お嬢様は逃げも隠れも致しません!ですから、燈哉様が来るまでお待ち下さい!」
きりり、と侍女は女衒を睨む。
ただ、この場合は逃げも隠れもした方がいいのでは…?と思いつつ、私は一歩前へと進み出ていた。
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