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教室に戻ってきた彩希は、私に向かってニンマリと笑った。
美少女と誉れ高い彩希の微笑みだが、そこに何かしらの悪い予感を感じ取って、私は眉間に皺を寄せた。
彩希はこの学校でクイーンと呼ばれている。
我が儘で高慢で気性の激しい、けれどもとても美しい女性。
その見た目と性格から、彩希はいつの間にか『白金のクイーン』と呼ばれていた。
そして、彩希とよく一緒にいる私にも『黒のナイト』という呼び名がついていた。
この白金、黒というのは恐らく髪色から取られたものだろう。
そして私がナイトなのは、見た目重視だからだろう。
私は身長が高く、男顔。
自慢でないが、女の子達からはよくモテる。その分、男子生徒からは目の敵にされるけれども。
「……さて、帰るか。今日はケーキが待ってるからな」
「…それだけ?何か企んでない?」
「なんでだよ。何も企んでないわ。…ほら、行くぞ」
彩希は机から鞄を引ったくると、私の腕を引いた。
忙しない行動を訝しく思いながらも、私は立ち上がる。
帰らなければならないのは確かなのだから、ここで追及するのは得策ではないような気がした。
そのまま学校を出て、近くのカフェに立ち寄ると、そこには何故か人だかりができていた。
何かあったんだろうか。そう思う私を余所に彩希はずんずんと人だかりに近付いていく。
「…?彩希?」
普段なら、彩希はこういう事には首を突っ込まないで素通りする。
それでも今日はまるで用事があるとでもいうように、迷いなく人を掻き分けて彩希は進む。
その堂々たる様子に、人だかりの間に道ができた。
そんなんだから、クイーンって呼ばれるんだよ。
「日乃。こっち。早く来いよ」
くるりと彩希は振り向いて私を手招きする。
この注目の中を歩かなくてはならないと思うとげんなりするが、彩希が呼ぶ以上行かざるを得ない。
何故なら彩希の要望を無視すると後が怖いからだ。
ため息をついて彩希の元に行くと、そこには我が校の生徒会長がいる。
いや、なんで?ちょっと意味がわからない…。
彩希は生徒会長の前の席に堂々と着座している。
「…こんにちは」
にこりと生徒会長、晴・ハロンドは笑った。
彼は私達の一つ上、つまりは六年生で、顔良し成績良し性格良しと評される人物である。
ついでに家柄も良かった。晴先輩は確か伯爵の息子だった筈だ。
学年を問わず女生徒に人気が高かったと思う。
そんな彼と放課後一緒にカフェでお茶をするとなったら、多くの女の子達はとても喜ぶだろう。
…でも彩希がそうとは思えない。
案の定、彩希は晴先輩には全く興味がないようで、既にメニューをガン見している。
何を奢ってもらうか、真剣に検討中だろう。
「……あの、これは一体…?」
「まずは掛けたらどうだろう。良ければここに」
晴先輩は自身と彩希の間の席を示す。
別に問題ないので、私は大人しく指示された場所に座った。
「あの、どういうことでしょうか?」
何故このメンツでカフェでお茶しなければならないんだ。
晴先輩は有名だから、勿論存在は知っているが、私も彩希も特に今まで関わりを持ったことはない。
いや、もしかしたら彩希は何か関わりがあるのかもしれないけれど。
でもそれは個人のやり取りであって、私と彩希が二人揃って彼と関係があるわけではない。
晴先輩は置いてあった冷水を一口飲むと、にっこりと笑って私を見つめた。
「単刀直入に言おう。日乃嬢、良ければ俺と婚約して貰えないだろうか?」
…え、なんて?
聞き間違いかな?いや、そう。そうに決まっている。
「日乃嬢のお父上にも正式に婚約について申込む予定だが、こういうのは、本人に直接言うのが筋だろう」
聞き間違いではなかったらしい。
いや……正直、お断りしたい。
けれども、そう簡単にはいかないだろう。
この公衆の面前でこんなことを言い出して、明らかに私のお断りという退路を絶つ気満々じゃないか。
基本的に身分社会のこの国は、平民より貴族の言葉の方が強い。
強制力があるとまではいかないが、優遇されるのだ。
そして、結婚、婚約などという事は特にその傾向が強い。
立場の上の人物から求婚されたとしたら、断るのには相応の理由がいる。
特に私達平民なんかでは、中々断ることはできないのだ。
その上に、この公衆の面前での発言。
下手に断れば、名誉毀損で訴えられる可能性もある。
…でも、結局のところ、父が了承すればこの話は纏まるだろう。
そして、父は恐らく二つ返事で頷くに違いない。
つまり、私に断ることはできない。
何が筋だ。腹黒め。
「……理由をお聞きしても?」
何故私の婚約者に名乗りを上げるんだ。
他にもっと良いご令嬢がいるだろう。
私の質問に、晴先輩は至極真面目に答えてくれた。
「馬鹿でお喋りな女は嫌いなんだ。…日乃嬢はその点、余計なことは言わないし、地頭もいいだろう。それに」
そこで晴先輩は少し言葉を切る。
「愛だの恋だの煩わしい。日乃嬢となら、良いビジネスパートナーになれると思っているよ」
多分、これが本音だ。
そして、もしかしたら未来の夫人になるかもしれない女性に対してこの発言。
それはつまり、『私のことは別に好きでもなんでもないけど、能力と財力的にベスト』と言っているのと変わらない。
あまりに失礼な発言に、私はじろりと彼を睨んだ。
「……そうですか。では、私に何か言うことはありません。父に話が通ればそれで充分です」
「やはり日乃嬢は賢いな。…では、後日改めて。…彩希嬢、お膳立てありがとう。お礼はここに」
晴先輩はそういうと、テーブルに白い封筒と、恐らくカフェ代であろう充分過ぎるお金を置いて席を立った。
「俺はこれで失礼するよ。後は二人で仲良くお茶して帰ってくれ」
言いたい事だけ言って、彼はスタスタと歩いていってしまう。
私はその背を憎々しげに見つめて、それから、メニューを見ている彩希の手からそのメニュー表を奪い取った。
「うわ…なんだよ?何するんだよ?」
彩希は不満そうな顔をする。
が、私はそんな彩希をねめつけた。
「知っていた?」
晴先輩の話がどういうものなのか。
知っていて、呼んだとしたら。
彩希は気まずそうに視線を反らした。
「……えーと…」
この反応は。
「知ってたね?」
沸々とした怒りがこみ上げる。
こんなに誰かに怒ったのは久しぶりだ。
それでも、彩希のこの仕打ちは許せない。
これは私を追い詰めると、賢い彩希ならわかる筈なのに。
「………ごめん。ちょっとした腹いせのつもりだったんだ」
腹いせとは、スターター先生の所へ行くように勧めたことに対してだろうか。
いや、それしか考えつかない。
「……ああ、そう。それはさぞ溜飲が下がったでしょうね」
「悪かった」
ペコリと彩希は頭を下げた。
クイーンと呼ばれる彩希が謝る等、この上ない珍事だろう。
普段なら、こうして頭を下げてくれたら、私も許せるのだけれど。
今は無理。
私は彩希を見て、それから立ち上がった。
「……今日は帰る。またね」
それだけを冷静に言うのがやっとだった。
私は彩希が何か言うより先にカフェを後にした。
結局、ケーキは食べられなかったのが、少しだけ残念だった。
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