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見知らぬ人々が行き交う通りで、私は今日ずっと好きだった人を、買った…。
「日乃ちゃん、母様ね、貴女にいいもの持ってきたの」
うふふ、と母は笑った。
柔らかな黒髪に大きな瞳。小柄で可愛らしい、年の割りに若く見える母。
その昔は大輪の花と呼ばれた、街でも評判の美人だった母は、その手に一冊の薄いアルバムを持っている。
その白い本は十中八九、見合い相手の写真だ。
こういうアルバムを既に17回見ている私にはわかる。
そして母よ。
今それ、いらない。
何故なら私は今、雪崩を起こした本棚を必死に押し留めているのだから。
正直、写真はいいから本を退けて…。
そう思う私に構わず母は話し出した。
「あのねぇ、今度はお医者様なのよぅ。ね、ね、見て。なかなか素敵じゃない?」
私を助けるでもなく、本をしまうでもなく、母は写真を目の前で広げる。
いや、その前に、本を…。片付けて…。
「ちょぉっと、歳はいってるんだけど。でも顔は悪くないと思うし、家柄もいいのよぉ」
いや、オッサン。
ちょっとの範囲どうなってんだ。
写真には白髪の老けた男性が写っている。
顔の感じからそろそろ50代に届きそうな雰囲気だ。
「ねぇ、どーぉ?」
うふふと母は写真を突き付けてくる。
なんとかギリギリで持ちこたえている本が重い。腕が痺れてきた。
私は両方が嫌すぎて口をへの字に曲げた。
「……母様。お断りします。それから、手伝ってほしいのだけど」
私の言葉に母はぷぅ、と頬を膨らませた。
今年40歳になろうとしている女性には似合わない筈の仕草でも、母にはよく似合う。それは普段から子供っぽいからなのか、童顔の成せる技なのか、よくわからないけれど。
「もう、ぜーんぶイヤイヤ言うんだから。それじゃ、お嫁に貰ってもらえないわよ?大体ねぇ、日乃ちゃんは昔っから、人に頼るってことを知らないのよねぇ。女の子なんだから、それじゃ可愛げがないって思われるわよぉ?それに…」
つらつらと、ここぞとばかりに言い始めた母に、私は思いっきり顔をしかめた。
「母様、そこ、危ないよ」
わざと母の側の手を放すと、予想通り本はバラバラと落下していく。
母は小さな悲鳴を上げて、その場を飛び退いた。
「もう!日乃ちゃんの馬鹿ぁ!」
子供か。
いい歳の大人には似合わない捨て台詞を吐いて、母は舌を出す。その子供っぽい仕草のまま、母は怒って部屋を出ていった。
可愛げがなくて、すみませんね。
私、日乃・ホワイトは今年17歳になる。
このアカデミア大帝国に住む、ちょっとお金持ちの家に生まれた一般市民だ。
私は今、帝都の国立魔法学校に通っている。この学校は文字通り魔法を学ぶ学校だが、帝国随一の難関校と云われ、同級生は貴族ばかりだ。
一般人に魔法を使える人間が少ないということもあるけれど、筆記試験もとても難しく、それに対応する勉強をできる環境が整っていないと合格は難しい。そうなると、必然、お金がかかる。
だからこそ、学校には貴族か、金持ちの一般人、つまり成金しか入れないのだ。
しかしながら、まぁ、何処にでも例外はある。
その例外である彼女、彩希・モーメントは読んでいた本から視線を上げた。
彩希は貴族でもなければ、成金でもない。
完全なる一般人。
にも関わらず、その魔法の才能とずば抜けた頭脳で、この国立魔法学校に奨学生として入学した。
当然主席、そしてこの学校始まって以来の完全なる奨学生。つまりは学費全額タダ、そして学校からお小遣いまで出る。
今まで一部奨学生、要するに学費一部免除の学生は数名いた。皆、今や名だたる魔法使いである。
そんな経緯がある中で、彩希の完全なる奨学生という立場は、それはもう期待度も凄い。
そう、教師からわざわざお呼びだしがかかる程に。
「…彩希。スターター先生が呼んでるよ。行ってきたら?」
恐らくこの呼び出しは録なことではないだろう。
私の予想では、彩希の授業態度に小言を呈する為だと思う。
「…知るか。用事があるなら、向こうから来ればいいだろ」
彩希は舌打ちと共に言った。
白に近い金の髪と深紅の瞳を持つ、この美しい友人はその実、とても激しい性格をしている。
同じ平民同士、貴族に馬鹿にされたことがある私達だが5年生になった今、既にそういうことは起こらない。
因みにこの学校は12歳で入学し、18歳で卒業する6年制の学校である。
貴族に馬鹿にされるのは3〜4年生までがピークで、その後は、段々と実力主義に変わってきた。
実力主義となれば、彩希に勝る人物はいないし、自分で言うのもなんだが、私もそこそこの学力と魔力がある。
その為、今や私と彩希は貴族から遠巻きにされる、近付きにくい存在のようだ。
「彩希、スターター先生は多分彩希の授業態度に苦言を呈すると思うけど、それは甘んじて受けるべきだと思う」
「……小言を貰いに行けと?」
「今後就職にしろ、進学にしろ、教師受けは大事だよ。どうせ小言を言われたところで気にもしないんだから、行くくらい、別に構わないよね?」
彩希は心底嫌そうに口をへの字に曲げた。
それから彩希は酷薄そうな笑みを浮かべた。
「どこの世界も媚びと贔屓で回るってわけだな?」
「…そこまで明け透けには言わないけど」
本来、国立魔法学校は公明正大であるべきとされている。
けれどそれは理想論だ。
多くの人と人が接する限り、そこには多かれ少なかれ、媚びと贔屓がある。
今、彩希を呼び出したスターター先生は教師陣の中でも比較的マトモ、公平な人物ではある。
貴族が多いこの学校ではあからさまな贔屓をする教師も少なからずいる為、平民である私と彩希は割りを食うことも多かった。
そんな境遇だから、彩希の先程の言葉は嫌味と皮肉の混じったものだった。
「それから、何処に人の目があるかわからないから、あんまりおおっぴらに言うもんじゃないよ」
ため息をつきつつ、友人を嗜めると、彼女は嫌そうに顔を歪めた。
「流石、我が校のナイト様は清廉潔白だこと」
「ちゃかさないで。…ほら、もう行っておいで」
頭を抱えた私を見つめ、彩希は一つため息をつく。
それから、本を閉じて立ち上がった。
「一つ貸しだからな。帰りにケーキでも奢れ」
私が呼び出したのではないし、なんなら頼まれただけなのだから、絶対に貸しではない。
ないけれど、漸く席を立った彩希に反論して、また座られても面倒なので、私は頷いた。
「わかったわかった。…全く、我が儘なクイーンだな」
私の言葉に彩希はニンマリと笑うと、軽やかに教室を出ていった。
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