17
洗面所から戻ってくると、人が増えていた。
え、マジック?
どういうこと?なんで?しかも2人も増えてる…。
増えた人物はマスターと、先程彩希と話していた男性だった。
いや、マスターは分かる。
家だしね。うん、帰るよね。
で、もう一人は何故…?そして、この人、一体誰…?
「なんでアンタまで来てんですか?」
まだ来てそう経っていないのか、燈哉さんが嫌そうに長髪の男性を見る。
知り合いなのはその様子で分かる。
「えー?なんとなく?」
「うぜぇ…」
「アハハハ。ほんっとーに可愛くないね、お前は」
つんつんと、燈哉さんの頬をつつく。
割と強めにつついているのか、ドスドスという効果音がピッタリそうだ。
「やめろ…」
嫌そうに燈哉さんは彼の指を振り払う。
その様子を冷めた目で見つめて、彩希は私に耳打ちした。
「あいつ、騎士団の副団長だよ」
「えっ!?」
上司では!?燈哉さん、上司にあんな態度とって怒られないのかな…。
「怜史・キングスレーって聞いたことねーの?」
知っている。
怜史・キングスレーって、騎士団でも最年少で副団長になったって有名な人じゃなかった?
顔は知らないけれど、名前だけは聞いたことがある。
いや、チャラくない!?
「…思ってたのと違う…」
騎士団の副団長って、もっとしっかりしてる人かと思ってた。
想像以上に、親しみやすくて、明るくて、そして
「…チャランポラン…」
思わず呟いてしまう。
その言葉が聞こえたのか、怜史さんは私と視線を合わせた。
「日乃ちゃん、結構言うねー」
「あっ、すみません」
「アハハー。いいよー。事実だから」
認めるんだ…。
怜史さんはいつの間にか燈哉さんにのしかかっていた。
燈哉さんは怜史さんが重いのか、じろりと睨む。
「アンタ、俺が同じ事言ったらアイアンクロー決めてきたじゃん…」
「そりゃそうでしょ。だって燈哉は部下。日乃ちゃんは可愛い女の子。同じ扱いなわけないじゃん」
「二重人格め」
「アハハ。生意気だなー」
じゃれ合いのような本気のような攻防を始める2人の後ろから、マスターが2人の頭を引っ叩く。
べちぃん、といい音がして、騎士団の二人が頭を押さえていた。
「アンタ達、早く入んなさいよ!もー!喧嘩するなら外でやってー」
グイグイと後ろから自分を部屋に押し込む。
バタンとドアを閉めた時には部屋の密度は驚く程高くなっていた。
「あー、アイス食べたの!?やっだー、アタシの分、残ってるー!?」
マスターはごみ袋の中のアイスの袋を目ざとく見つけて、彩希を見る。
彩希は頷いた。
「ある。食う?」
「食べるー!ほら、そこの小僧共も、アイス食べな!」
彩希はアイスを3本取ってマスターに向かって放り投げる。
3本ともその広い肩と腕で、上手に受け取って、マスターは燈哉さんと怜史さんの口にアイスを突っ込んだ。
「うふ。口封じ」
可愛らしく小首を傾げているけれど、ガチムチのオネエ様が言うと、何とも言えない圧があった。
アイスをあっと言う間に食べ終えて、マスターは私達をリビングに押し込んだ。
1人用であろうリビングのテーブルを囲んで、騎士団の2人と、私と彩希が座る。
マスターは狭いし、お腹が空いたから、とキッチンで何か作っている。
賑やかでカオスな状況に、家出という私の深刻さは最早ない。
彩希と燈哉さんは相変わらずバチバチしているし、彩希と怜史さんもバチバチ、燈哉さんと怜史さんもバチバチだ。
理由も本当に下らない。
『肩が当たった』とか、『幅取りすぎ』とか『手が邪魔』とか…
理由はまるで子供の喧嘩なのに、それが、彩希と怜史さんと燈哉さんというだけで、途端に大戦争の様相になってくる。
そのテーブルの上の大戦争を眺めていると何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
自由を勝ち取ろうと意気込んで家出したのに、私の周りの、自由人の多さといったら。
よく人の家でこれだけ自由に自分勝手に激しい自己主張ができるな、と感心よりも感慨深い。
でもそれを見ていたら、それでいいような気がしてきた。
私は両親に分かってほしいと思っていたけれど、それは本当は要らないんじゃないかと思えてきた。
学校に行きたいなら行けばいい。
両親が退学の手続きをしたのなら、またもう一度入り直せばいい。
費用を出さないなら、自分で稼げばいいし、それはホワイト商会で働かなくてもいい。
そう思ったら、家出自体が馬鹿馬鹿しく思える。
そう、両親からの許可なんて要らない。
私はこの身一つあれば、どこにだって行けるし、どこでも生きていける。
「………帰る」
ぽつりと呟くと、3人の目がこちらを向いた。
「帰んの?」
彩希がちょいちょいと袖を引く。
それに私は迷いなく頷いた。
「うん。…色々ありがとう」
「いーよ。お礼は今度、倍返しで」
「わかった」
彩希はどことなく拗ねた様子で、頬杖をつく。
勝手に来て振り回して悪かったと思うけれど、彩希は特にそれ以上引き止めて来なかった。
「燈哉さん、帰りましょう」
「……は?いや、帰るならそれでいいけど」
「…家出ごっこは満足したの?」
面白がるように怜史さんは私を見る。
それに私はにっこりと頷いた。
「はい。でも結局、騎士団には連絡してないですよね?誰も来てないですし。そうなると、彩希とのデートの約束も無しですね?」
来たのは燈哉さんだけだ。
それは私の婚約者という名目がある。
だから、彩希の約束はそもそも守られていないと言える。
「おっと。…これは失敗したかな?」
「彩希が望まない事に、私は協力しません」
きっぱりと告げると、怜史さんは苦笑した。
「わかった。いやー…女子高生の友情って可愛いねぇ…」
「おっさん」
にこにこして私と彩希を見比べる怜史さんに向かって彩希はピシャリと言い返す。
「日乃、なんかあったら言え。こんな頼りにならん男共じゃなくて、あたしが連れ出してやるよ」
「イケメン……!」
頼もしい彩希の言葉に、感動したのに。
次の一言で台無しだった。
「ちげーよ、バカ。地獄の沙汰も金次第だよ」
なんて現金主義!
でもそれでこそ彩希!
彩希の発言に、怜史さんとマスターはお腹を抱えて笑っている。
燈哉さんは彩希を嫌そうに見つめている。
私はその背を押して、玄関へと戻った。
彩希と怜史さんはテーブルから手を振るだけで、玄関まで見送りはしなかった。
そのあっさりとした態度は、信頼の証。
彩希という、最強の親友が、私を信頼してくれている。
それだけで、今の私には充分だった。
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