13
私が次に目覚めたのは、見慣れないベットの上だった。
自分の部屋ではないことに、一瞬パニックになる。
またクズの所に戻ったんじゃないかと、焦って起き上がると、横から不満そうな声がした。
「こら。まだ起きるなよ」
パッとそちらを向くと、燈哉さんはじっと私を見返した。
「身体は?痛いとこある?」
ぺたりとおでこに手が当てられる。温度を測っている様子に、急に緊張してしまう。
身体の痛みは殆どなかった。
掌を見ると、火傷の跡も殆どわからない。
魔法の力だとわかる。
「あ、えっと…大丈夫…」
手を透かすように光に翳す。
赤く、つるんとした手があるだけだった。
「あの、これ、治癒魔法…?」
「そうだ。ここは騎士団の駐屯所、お前は治癒魔法で治療されて、丸一日起きなかった」
「えっ…なんで?」
「疲れてたんだろ」
素っ気ない態度と言い方に機嫌の悪さが滲み出ている。
いやまぁ、確かに心配かけちゃったから悪いとは思うけど。そんな素っ気ない態度、取らなくても…。
私、頑張ったんだけどなぁ…。
しょんぼりと肩を落として掛かっている布団を引き上げる。顔を隠すように俯くと、燈哉さんはそれも気に入らないのか、私の布団を剥ぎ取った。
機嫌悪い。怖いー…。
「…お布団…」
返して欲しくてしょんぼりと呟くと、燈哉さんは枕を指差した。
「寝ろ」
「あ、ハイ…」
掛布団無しで寝るの…?寒いんですが…?
でも怖いので、大人しくもう一度ベットに横になる。
燈哉さんはその上から剥ぎ取った布団をかけてくれた。
それから、はー…と長いため息を吐き出す。
本当は怒鳴り散らしたいのを、理性で押さえているとしか思えなかった。
「………あの、ごめんなさい」
ベットの中で恐る恐る言うと、燈哉さんはじっと私を見つめた。
「…謝ることがあるのか?」
「心配、かけちゃったから…お迎えも、せっかく来てくれたのに…」
思い返す程、自分の馬鹿さ加減に情けなくなる。
自分で説明できる、なんて豪語したくせに。
説明どころか、家に帰ることもできなくて、不甲斐ない自分がダメな人間に思えてくる。
また布団に潜りたくなって布団を引き上げる。
「顔隠すなよ」
それをピシャリと否定して、燈哉さんはベット脇の椅子に座り直した。
「……日乃」
視線を合わせて、諭すように、しっかりと覚え込ませるようにゆっくりと言う。
「よくやった。お前は頑張った」
ポン、と燈哉さんの手が頭を撫でる。
褒められて、燈哉さんの手の暖かさを直に感じて、私の行為が認められた気がした。
その安堵の気持ちは、涙腺を緩ませる。
身体が万全じゃないから、情緒も不安定らしい。
涙腺は呆気なく崩壊した。
「…っ、こ、怖かった…」
死への恐怖、自由への渇望、未来への不安。
先が見えなくて、どうしたらいいのか、何が正解か、全くわからなかった。その中で最善を尽くしたつもりだ。でももし少しでも違っていたら、私は生きていなかったかもしれない。
燈哉さんはゆっくりと私の頭を撫でる。
大きくて暖かいその手は、私に安心をくれる。
「し、死んじゃうかと思った…」
ボロボロとみっともなく泣きながら、口に出すと止まらなかった。
「あいつ、ホント、クズ。もう二度と会いたくない!あの部屋から出るのも、すっごい怖かった!あんなの、バンジージャンプと大差ないじゃん…!窓も開けるの痛かったし、火は熱いし、海は寒いし!溺れるとこだった!」
うわーっと子供みたいに泣きながら目を擦る。
燈哉さんはいつの間に持ってきたのか、ティッシュボックスごとベットに置いた。
そこから1枚出して、鼻を拭いてくれる。
まるで父親のようだ。
「あんまり泣くと目、腫れるぞ?」
ゴシゴシと擦る手を取り上げるように掴んで、燈哉さんは私の手をまじまじと見つめる。
掌の状態を見るように、そこに傷がないことを確認するように、何度か撫でる。
「…く、擽ったい…」
手を引こうとしたけれど、燈哉さんはそれを許すつもりはないらしい。
がっちり掴んで、離してくれなかった。
◇◇◇
小さい手だな、としみじみ思う。
まだ少女の域を出ない、柔らかく、ハリのある肌。
血の通った人間の暖かさが、日乃が生きていることを明確に伝えている。
あの海辺で会った時は、驚く程冷たかった。
全身が冷えて、本当に氷のようだった。
このまま死ぬんじゃないかと、一瞬本気で思った。
その瞬間、苛烈なまでの怒りが、どろどろとした執着に変わった気がした。
目の届く所に置いておきたいし、部屋に閉じ込めて一歩も出したくない。誰にも会わせないで、一生俺の側から離れなければいいのに。
でもそれを実行に移したら、あのクズと一緒だろう。
晴・ハロンドは、今、貴族牢にいる。
誘拐、拉致、監禁の3コンボ、加えて無許可の魔力封じの魔道具。
魔道具はその性質上、必ず許可がいる。
闇売買でも買えるが、違法だ。
ついでに今、ハロンド伯爵家の家宅捜索も行なっている。名目は勿論、バカ息子の余罪調査だが、ハロンド家はそもそも横領の疑いでマークされていた。上はこのチャンスを逃すまいと、それは嬉しそうに意気揚々と乗り込んでいった。
クズは幸いにも日乃自体には興味がないようで、特に日乃に執着もしていなかったし、暴行もしていなかった。
お互いに、不幸中の幸いだろう。
俺は日乃に何かされていたら、多分、あのクズを生かしてはおかなかったし、息の根を止めていたら俺もやりすぎで何らかの処分が下ったと思う。
今でさえ、やりすぎ、と注意されているのに。
日乃は部屋から物理で家を燃やそうとしたが、俺は外側から魔法で燃やした。
俺は風魔法も使えるが、火適正もある。というか、火魔法の方が性に合っている。
風魔法はちょっとしたオマケみたいなものだ。
あの別宅にいるのがわかったのが、夕方近く。着く頃には、日乃は既にいなかった。
本当に生きた心地がしなかった。
海から歩いて来ていると聞いた時には、本当に意味がわからなかった。
でも日乃は、本当に海を歩いていた。
ボロボロ泣きながら、それでも必死に足を進める。殆ど裸に近い状態で、満身創痍の様相で。
すぐに風魔法で包んで、焦る気持ちをなんとか押さえてゆっくりと運んだ。
痛くないように、これ以上傷付けることのないように。
漸く手元に戻ってきた瞬間の安堵といったら。初めて、信じてもいない神に感謝した。
初めて会った時、日乃は、理性的で公平な人物だと思った。
女銜から人を買うなんて、どんな傲慢な人間かと思ったのに。
人権なんてない扱いでも仕方ないのに、日乃はいつだって俺を一人の人間として尊重している。
女銜から買った理由を話し、協力してほしいと頼める、それが当然だと思っている。
契約を申し出て、いつだって公平だと伝えてくれた。
利用して、利用される、その環境が当たり前になりつつあった俺には、それはとても眩しかった。
まだ幼さの残る顔は、世間の世知辛さを知らない。
できるなら、このまま、知らないまま、生きていければ一番だろう。
でも学校を飛び出して、大人の世界に足を踏み入れたら、否が応でも知ることになる。
だから、その時、側で支えるのは、俺でいたい。
好きだけじゃ足りない。
これが愛なんだと、すとんと、腑に落ちた気がした。
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