第84話:地代を、算定書式で
領の定めを一つ作るのに、わたしは、七日かけた。七日のうち、五日は、書式の一枚に費やした。
条文からではなく、書式から。去年、新徴税法をそうやって作った。今度も、同じやり方をした。紙の題は、こうなった。
『地代算定書』。
欄は、六つ。
一つ。その土地の、去年の地代。二つ。今年の地代。三つ。上げる場合、その根拠。
四つ。上げた分を、何に使うか。五つ。借りている者への、告げ知らせの日取り。六つ。立ち会った村の肝煎りの、署名。
「――欄が一つでも空いていれば、その値上げは、この領では効きません」
わたしは、その紙を、大机に広げた。
囲んでいるのは、ヴォルフ様、ギード、マルタ、ゲオルク、ヤン、そしてヨストさん。去年、新徴税法の書式を作ったときと、顔ぶれが少し違う。
「――財務官様」
先に口を開いたのは、ゲオルクだった。
「二つ目と三つ目は、書けましょう。ですが、四つ目は」
「上げた分を、何に使うか」
「これは、商いの中身でございます。人様の商いの中身を、書けと」
「――ええ」
「書きませんぞ。少なくとも、わたくしが向こうの帳付けなら、書きません」
(――やはり、そう来るのね)
わたしは、うなずいた。
「では、こう書き換えます」
わたしは、四つ目の欄に、線を引いた。
「――上げた分のうち、この村に戻る分」
*
マルタが、身を乗り出した。
「戻る分? そんなもん、あるんですか」
「あります。井戸です」
わたしは、村の井戸の話をした。
村の割り勘で普請してきた井戸を、村の割り勘に入っていない人が使っている。地代は、村ではなく、よその旦那に行く。
「井戸も、道も、火の見も、みんな村の割り勘です。地代を受け取る人が村の外にいるなら、その割り勘は、誰が払うのですか」
「……あたしらが、払ってますよ」
「ええ。いまは」
わたしは、四つ目の欄を、指で叩いた。
「この欄は、こう聞いています。――あなたが上げた地代の中から、村の井戸に、いくら出しますか」
ヨストさんが、太い声を出した。
「そりゃあ、書きたかありませんな」
「書きたくないでしょうね」
「ゼロと書いても、いいので?」
「――ええ。書いていただければ」
わたしは、そう答えた。
「ゼロと書いた紙が、村の広場に、貼り出されます」
ヤンが、めずらしく、手を挙げた。
「あの。……六つ目の欄は、村の肝煎りの署名ですよね」
「ええ」
「肝煎りが、断ったら?」
「その値上げは、効きません」
「じゃあ、肝煎りは、ぜんぶ断ります」
その子は、静かに言った。
「断ったほうが、村は得なので」
(――ああ。そこを見るのね、この子は)
わたしは、うなずいた。
「そのとおりよ。だから、断れる期限を、決めます」
わたしは、六つ目の欄の下に、小さく一行、書き足した。
「――肝煎りは、根拠が示されている限り、署名を断れない」
マルタが、目を剥いた。
「なんですって? じゃあ、意味がないじゃありませんか」
「いいえ」
わたしは、四つ目の欄を、指した。
「断れないから、この欄が効くのです」
「……はあ?」
「断れる仕組みにすると、村と商人の、力比べになります。力比べは、たいてい、強いほうが勝ちます」
わたしは、そう言った。
「断れない代わりに、根拠と、村に戻る分を、全部、紙に書かせます。書いた紙は、広場に貼ります。……力比べではなく、読み比べにするのです」
ゲオルクが、ゆっくりと、白いものの混じった頭を掻いた。
「――財務官様。あなた様は、恐ろしい方でございますな」
「そうですか?」
「はい。……いちばん強い手を、いちばん穏やかな形で、お出しになる」
*
領の定めは、その七日後に、布告された。広場に貼り出し、月に一度、読み上げる。新法と、同じやり方だ。
反応は、思ったより、早かった。三日目に、ブラント商会の代人が、館へ来た。
若い、如才ない男だった。腰は低く、口調は丁寧で、そして――一歩も、引かなかった。
「――恐れ入りますが、財務官様。この定めは、税でございますか」
「いいえ」
「では、何でございましょう」
「領の定めです」
「領主様は、領内の商いに、書式を課すことがおできになると?」
(――そこを、突いてくるのね)
「地代は、この領の土地に関わることです。土地の定めは、領主の権のうちにあります」
「――それは、地代の額を定める権でございましょう。書式を課す権とは、別かと」
その男は、丁寧に、深く、頭を下げた。
「会頭より、言伝がございます。『面白い』と」
「……面白い」
「はい。『たいへん面白い。ただし、それは税ではない。奥方様に、その権がおありか』と」
*
ブラント本人が館に来たのは、その翌日だった。前と同じ椅子に、前と同じ姿勢で座った。
「――お怒りでしょうか」
わたしは、そう聞いた。
「まさか」
その人は、本当に、笑っていた。
「感心しております。法を作った方が、法の外へ出てこられた。……ふつう、逆でございます。法を作った方は、法の内側にお籠もりになる」
「――お答えを、伺えますか」
「二つ、申し上げます」
ブラントは、指を二本立てた。
「一つ。あの書式には、従います。うちは、法にも、領の定めにも、逆らいません。……ええ、四つ目の欄も、書きます」
わたしは、少し、身構えた。
「ゼロと、書きます」
「――」
「隠しません。堂々と、ゼロと書きます。そして、それを、広場に貼っていただいて結構でございます」
(――そう来るの)
「二つ目」
その人は、二本目の指を、折った。
「この冬より、うちの倉から、この領へ回す穀の買い付けを、止めます」
*
わたしは、その言葉の重さを、数えるのに、二つ数える時間が要った。
「……止める」
「はい」
「――理由を、伺っても?」
「商いの都合でございます」
ブラントは、まことに穏やかに答えた。
「南の四領のほうが、いま、値が良うございます。うちの倉の穀は、そちらへ回します。……法にも、定めにも、触れておりません」
「この領の冬に、穀が足りなくなります」
「足りなくなりましょうな」
「――村が、困ります」
「困りましょう」
その人は、初めて、少しだけ、目を細めた。
「財務官様。わたくしは、脅しておりません。脅しは、商人の仕事ではございません」
「……」
「ただ、申し上げております。――元手を入れる先は、わたくしが選びます。選ぶのは、法ではございません」
*
ブラント商会の荷馬車は、その日のうちに、南へ出ていった。九台のうち、七台が、空のままだった。
わたしは、門の前で、それを見送った。隣に、ヴォルフ様が立っていた。
「――斬るか」
「斬れません」
わたしは、答えた。
「あの方は、法を、一つも」
「――分かっている」
この人は、それだけ言って、しばらく、南の道を見ていた。
冬の風が、正面から吹いてくる。館の裏では、帳所の窓が、四つとも明るい。
(――穀が足りない冬に、なるわ)
わたしは、その明かりを、振り返って見た。一昨年、この領は、飢えかけていた。
飢えかけていたのに、逃げなかった人たちが、いまも、そこにいる。
「ヴォルフ様」
「うん」
「――蔵を、開けます」
法を破らせるのではなく、書かせる。そのために、税ではない紙を作りました。
ブラントの返しは、二つとも見事です。書式には従い、堂々とゼロと書き、そのうえで買い付けを止める。脅しではありません。「元手を入れる先は、わたくしが選びます」――これは、正しい商人の言い分です。正しいまま、この領の冬を、確実に痩せさせます。
次回・第85話「三百人の、飯の種」。谷の底で、動く人がいます。




