第7話:帳簿は、二冊ありました
過剰徴税を止めて半月。荒れ地と忘れられた交易権という「眠った富」の在処も見えてきた。けれど、わたしの心に刺さったままの棘が、一本ある。
中抜き。
代官バルトロトが、領民から取れるだけ取り、その一部を懐に入れている。それは状況証拠で見えていた。けれど、状況証拠は法廷で笑い飛ばされる。必要なのは、現物だ。
「ギード様。代官殿が、徴税の控えを置いている場所をご存じですか」
「詰所の奥に、鍵のかかった文箱があるとは聞くがな」とギードは渋い顔をした。「あれは代官の私物だと、誰も手を出せん」
「私物の文箱に、領の公金の記録が入っている。――それ自体が、もう答えのようなものですけれど」
結局、糸口をくれたのは、村長のマルタだった。逃散しかけた村をまとめてきた、肝の据わった女性だ。
「税のことなら、村の婆さまが控えを取ってるよ」とマルタは言った。「お上は信用ならねえからね。いつ、なんぼ納めたか、藁紐の結び目で数えてある。何十年分もね」
藁紐の結び目。庶民の、けれど嘘のない記録。わたしは、それを一つひとつ、銅貨に直して帳面に書き写した。
そして、代官の出した「表向きの徴税台帳」と、並べた。
(……やっぱり、合わない)
村が実際に納めた額。台帳に記された徴収額。領庫に入った上納額。三つの数字は、どこを取っても一致しなかった。村が納めた量は、台帳より多い。なのに領庫に入った額は、台帳よりさらに少ない。
つまり――取った分を、二度抜いている。村から取るときに上乗せして抜き、上へ納めるときに減らして抜く。両端から、削っている。
母の算盤を引き寄せ、わたしは差額を弾いた。ぱちん、ぱちん、と玉が並ぶ。三年分で、しめて二百グルデン余り。この貧しい領で、領民の年収の何十人分。
「二百……」横で覗き込んだギードが、絶句した。
けれど、わたしの指は、そこで止まらなかった。
抜いた金が、消えた先。台帳の隅に、見慣れない一行があった。「賦課・追加分」。中央への上納とは別に、もう一段、上へ吸い上げられている金がある。その受領の控えに、署名があった。
――ファルケ。
「ギード様。ファルケというお名前に、心当たりは」
ギードの顔が、こわばった。
「……ローデリヒ・フォン・ファルケ。中央の、財務伯だ。辺境の徴税を監督する立場の、お方だよ」
中央の、財務伯。バルトロトが両端から削った金の、その上澄みを、さらにすくっている人がいる。中抜きは、代官ひとりの欲ではなかった。もっと上まで、川は流れている。
(……これは、思っていたより、深いわ)
そのときだった。詰所の扉が、乱暴に開いた。
「令嬢様が、人の文箱を漁っているとはな」
バルトロトだった。後ろに、徴収人を四人ばかり従えている。棒を持った、目つきの悪い男たち。
「はっ。帳簿ごっこも度が過ぎる。中央から来た監督官の名を、勝手に口にするのは、感心しませんなあ」
聞いていたのか。わたしは、表向き、淑女の顔のまま答えた。
「漁ってなどおりません。村の方が大切に取っておかれた控えを、お借りして写しただけです。――公金の記録を写すのに、許可がいるとは、初耳ですが」
「言葉が達者だ。だが、ここは王都の夜会じゃない」バルトロトは、わたしの机に近づいた。「辺境では、口の達者な小娘が、夜道で事故に遭うことも、ある」
徴収人たちが、じり、と距離を詰める。
(脅し、ね)
わたしは、こめかみのあたりが、すうっと冷えていくのを感じた。怖くなかった、と言えば嘘になる。けれど、それ以上に、はっきりと分かったことがある。
脅すということは、見られて困るものが、ある。やましくない人間は、わざわざ夜道の話をしない。
「ご忠告、痛み入ります」わたしは母の算盤を、そっと懐にしまった。「ですが、代官殿。一つだけ。――数字は、脅しでは動きません。わたしを夜道で転ばせても、村の婆さまの藁紐は、結び目を一つも減らしてはくれませんよ」
バルトロトの眉が、ぴくりと動いた。
「……生意気な」
「ええ。華のない、数字をこねるしか能のない女ですので」
彼は舌打ちをして、徴収人を連れて去っていった。捨て台詞も忘れて。
扉が閉まると、ギードが太い息を吐いた。
「……令嬢様。あんた、怖くないのか」
「怖いですよ。とても」わたしは写し終えた帳面を、両手で抱えた。「だから、急ぎます。あの方が次に消すのは、わたしではなく、この記録のほうかもしれませんから」
二冊の帳簿を、並べる。表向きの嘘と、藁紐の真実。
(証拠を、固めましょう。一の位まで、逃げ場がなくなるまで)
母のそろばんが、懐で、こつ、と硬い音を立てた。
お読みいただきありがとうございます! ついに「二冊目の帳簿」が姿を現しました。そして、代官バルトロトの背後にちらつく、中央の財務伯・ローデリヒ・フォン・ファルケの名――。中抜きの川は、思ったよりずっと上まで流れているようです。
脅されても、エルナは退きません。だって、脅すということは、隠したいものがあるということ。次回はいよいよ、領民の証言を束ね、ヴォルフが正式に後ろ盾につきます。決着の舞台「公開査定」へ――。
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