第62話:教えるのは、教わるより難しい
翌朝、館の広間を、教室にした。
長机を三つ並べて、正面の壁に、大きな板を立てかける。書式の写しを人数分、ニコと弟子の子らに配らせた。板には、算定書の八つの欄を、そっくり同じ形で、大きく描いてある。
我ながら、上出来の支度だと思った。
「では、始めます」
わたしは、板の左上の欄を指した。
「まず、この欄。ここには、その年の実りの総量を書きます。麦なら俵の数、豆なら袋の数。次にこの欄が、去年との比べ。増えたなら増えた分、減ったなら減った分を、そのまま。三つ目のこの欄が、算定の式――」
そこで、顔を上げた。十四人が、板を見ていた。
誰も、筆を持っていなかった。
「……あの、書き取らなくて、よろしいのですか」
「はあ」と、家令の一人が言った。「その、財務官様。二つ目の欄で、もう、置いていかれておりまして」
*
半刻かけて、分かったことがある。わたしは、教え方を、まったく知らない。
「去年との比べ」の欄で躓いた人が、三人いた。去年の帳がない領があったからだ。代官が持ち逃げした、火事で焼けた、そもそもつけていなかった。理由はばらばらで、けれど結果は同じだった。比べる相手がいないのに、比べの欄がある。
「では、比べの欄は、初年は空でよいのです」と、わたしは言った。
「空でよろしいので? 欄が空いていると、無効になると、こちらに」
「ええ、ですから、その場合は『初年につき無し』と――」
「それは、空とは違うので?」
(……違う、けれど)
わたしは、その違いを、二十年ぶりに言葉にしようとして、詰まった。
空欄と、無しと書いた欄は、違う。空欄は「書かなかった」で、無しは「無いと確かめた」だ。わたしの中では、それは呼吸と同じくらい当たり前のことで、当たり前すぎて、説明の道筋を、一度も歩いたことがなかった。
もっと悪いことに、六番目の欄まで来た頃、いちばん後ろの席で、あの人が、筆を置いていた。
字の読めない村の代表の人だ。名を、ヨストさんという。
「……わし、やはり、帰ります」
「どうか、なさいましたか」
「いえ。あの、村の銭を無駄にはできんので。わしのような者が、ここにいると」
日に焼けた大きな手が、膝の上で、握りしめられていた。
村じゅうの銭を集めて送り出された人だ。旅の費えと、宿の費えと、その間ぶんの畑の手が減る分。この人がここに座っているのは、村にとって、決して安い買い物ではない。
その買い物を、半日で「無駄でした」と結論した。わたしが、そうさせた。わたしは、何と言えばいいのか、分からなかった。
数字なら、いくらでも言える。この賦課は不当です。この式には根拠がありません。この差額は、あなたのものです。――そう言える相手には、いくらでも言ってきた。
けれど、この人が今、いちばん聞きたい言葉は、たぶん、数字ではない。
*
昼を挟んで、午後の講義は、惨憺たるものだった。
書式の写しは、半分の人の手元で、白いままだった。わたしの声だけが、広間の高い天井に、よく響いた。
「お姉ちゃん」
日が傾いてきた頃、机のあいだを縫って、ニコがわたしの袖を引いた。
「なあに」
「あのさ。……お姉ちゃんのは、むずかしいよ」
わたしは、板を指したままの手を、下ろした。
「そう?」
「うん。だって、お姉ちゃん、さいしょに『欄』って言ったろ。おいら、あれ、ぜんぜん分かんなかったもん。半年くらい」
「……半年」
「うん。半年経って、あ、これ、四角のことか、って」
ニコは、板の前へ出ていって、わたしの手から炭を取った。そして、八つの欄の上に、無造作に、絵を描き始めた。
麦の穂。俵。矢印。俵が、去年より一つ多い絵。そのとなりに、去年より一つ少ない絵。
「あのね、おじさんたち。この四角はさ、麦を入れる箱だと思えばいいんだ。この箱には、今年とれた麦を入れる。この箱には、去年とれた麦を入れる。で、こっちの箱がでかけりゃ、今年は多い。こっちがでかけりゃ、少ない」
長机の、いちばん後ろで。ヨストさんが、身を乗り出していた。
「……なるほど。箱、か」
「そうそう、箱! おじさん、指で数えられるって言ってたろ。じゃあ玉っころ使えるよ。箱に玉っころを入れるだけだもん」
ニコが、自分のそろばんを、その人の前に置いた。大きな手が、おそるおそる、玉に触れた。
一つ弾いた。二つ弾いた。三つ目で、ぱちん、と、きれいな音が鳴った。
「……鳴った」
「鳴るよ。おいらのばあちゃんも鳴らせたもん。ばあちゃん、字ぜんぜん読めないよ」
広間が、笑い声で、ゆるんだ。わたしは、板の前に立ったまま、それを見ていた。
十四人のうち、九人が、いつのまにか長机の後ろに集まって、八つの子供の説明を聞いている。わたしが半日かけて一つも渡せなかったものが、四半刻で、渡っていく。
(……そう)
胸の奥が、ちくりとした。それが何の痛みなのか、正直に名前をつけるなら、たぶん、悔しさだった。
けれどその下に、もっと大きなものが、あった。
(教えるのは、わたしの仕事じゃないのかもしれないわ)
有能であることと、有能を渡せることは、別の技だ。
わたしは、十年、帳をつけてきた。けれど、帳を「つけられるようにする」ことは、この十年、ただの一度も、やったことがなかった。
*
夕餉のあと、厨房でマルタを捕まえて、聞いてみた。
「マルタ。あなたは、村の子に何かを教えるとき、どうしているの」
「はあ? そりゃあ、財務官様。やらせますよ」
前掛けで手を拭きながら、あっさりと言う。
「言って聞かせて分かるなら、しつけに苦労はありません。鍋を持たせて、熱いと言わせて、それで一度で覚えます。……ああ、火傷はさせませんよ。熱いところの手前まで」
(……熱いところの、手前まで)
わたしは、その言い方を、頭の中で二度繰り返した。
わたしが今日やったのは、鍋の絵を描いて、鍋の材質と厚みと熱の伝わり方を説明することだった。誰にも、鍋を持たせなかった。
「マルタ。明日、あなたも広間に来てもらえない?」
「あたしがですか。字は、名前しか書けませんよ」
「ちょうどいいの。字の書けない人が、どこで詰まるかを、わたしが知らないから」
マルタは目を丸くして、それから、大きな声で笑った。
「そりゃあ、あたしの得意分野だ」
*
その晩、わたしは新しい帳を一冊おろして、表紙に題を書いた。
『教え方の帳』。
一行目には、こう書いた。
――欄と言わない。箱と言う。
二行目。
――先に、やらせる。説明は、そのあと。
三行目を書こうとして、筆が止まった。
三行目に書くべきことを、わたしは、まだ何も知らない。この帳は、たぶん、当分のあいだ、ほとんど白いままだろう。
(十年つけた帳の一冊目より、この二行のほうが、ずっと難しいわ)
ふと、母のそろばんを引き寄せて、玉に触れた。母は、わたしに帳を教えるとき、何と言っただろう。
思い出せるのは、教わった中身ではなく、教わった場所だった。母の帳の、すぐ隣。母が書いて、わたしが真似る。間違えても、直されなかった。母は、ただ、自分の帳を、わたしに見える向きで書き続けていた。
(……四行目は、たぶん、これね)
――隣で、書く。
書式を教える回、のはずが、教える側が全部躓く回になりました。
エルナは有能ですが、有能を人に渡した経験がありません。「欄」という言葉ひとつが半年ぶんの壁になっていたことを、当のエルナは知らなかった、というのが今回の急所です。作者としては、ヨストさんが玉を三つ目で鳴らす音を、どうしても書いておきたい場面でした。
次回・第63話「無料の親切が、いちばん高くつきます」。書式を埋められない領は、では、どうやって埋めているのか。
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