第41話:徴税を、請け負うという商売
祭りのあとの広場には、独特の静けさが残る。
公開の検め直しから、二日。特別賦課の撤回は正式の記録となり、オイゲンは王都へ発った。領民たちは、まだ勝利の余韻の中にいる。晩秋の広場では、刈り入れの終わった畑を背に、子供たちが、検め直しごっこをして遊んでいた。
「異議あり! その数字、写しと違うぞ!」
(……遊びの型まで、うちの領は帳簿なのね)
広場の隅では、マルタが、村の女たちと冬支度の相談をしていた。わたしに気づいて、片手を上げる。
「財務官様! この冬は、久しぶりに、隠し俵なしで越せそうだよ」
「あら。隠し俵のことは、帳簿には内緒にしておいてあげたのに」
「はは! あんたに隠しても、無駄だからね」
取り立てに怯えて、俵を床下に隠す冬は、もう来ない。横槍の賦課を、正規の手続きで撤回させて、この領は、自分の実りを守り切ったのだ。
最後まで、寸分の狂いもない礼を崩さなかった人。規則の駒は、規則のとおりに、去っていった。あの人が次に、どんな数字を運ばされるのか。それを決めるのは、盤の向こうの、あの人の主人だ。
けれど、わたしの帳面には、まだ回収されていない一行が、残っている。
――絵図を引いたのは、私ではありません。ロートヴァイン侯爵です。
去り際に、オイゲンが置いていった名前。駒が、退場の間際に、盤を明かしていった。
その名の意味を教えてくれたのは、同じく王都へ発つ支度をしていた、検分使ハーゲン殿だった。
「発つ前に、一つ、置き土産をしていこう」
執務室で、ハーゲン殿は、ヴォルフ様とわたしの前に、腰を下ろした。
「ロートヴァイン侯爵。あの名を聞いて、財務官殿なら、まず何を調べる」
「侯爵家の、収入の出所を」
「正解だ。だが、帳簿を探しても無駄だぞ。あれの収入は、帳簿に載らない形をしている。――請負徴税、という言葉を知っているか」
「……いいえ」
「知らんだろうな。知られないように、できている仕組みだ」
ハーゲン殿は、卓の上に、銅貨を三枚、並べた。
「王国は広い。国が隅々まで取り立ての役人を置くのは、手間がかかる。そこで、こうする。――大貴族が、地方の徴税権を、まとめて『請け負う』のだ。国庫へ納める額を、先に約束してな」
銅貨が一枚、ハーゲン殿の手元へ、すっと引かれた。
「約束の額さえ納めれば、あとの取り立ては、請負人の裁量だ。いくら取るかも、どう取るかも。そして――取り立てた額と、納めた額の、差額は」
「……請負人の、懐に」
「そういう商売だ」
わたしは、しばらく、その銅貨を見ていた。
「納める額は、誰が決めるのですか」
「請負人が、国と交渉して決める。安く約束できれば、儲けが太る。だから連中は、国庫には『あそこは取れない土地だ』と泣いてみせ、領には『国の定めだ』と取り立てる。二つの顔の間に、差額が生まれる」
泣き言と、取り立ての間に。わたしの頭の中で、そろばんが、嫌な音を立てた。
国に決まった額さえ納めれば、あとは、取りたいだけ取っていい。取った分は、ぜんぶ自分のもの。つまり――取り立てそのものが、商売として、売り買いされているのだ。
「それは……合法、なのですか」
「合法だ。古い勅許に基づく、由緒正しい制度だよ。だからこそ、性質が悪い」
わたしは、立ち上がって、書棚から王国の地図を出した。机に、広げる。
インク壺に、ペンを浸す。
マルタの村から、代官の詰所へ。細い線。バルトロトが吸っていた、中抜きの流れ。詰所から、中央財務伯の元へ。ローデリヒが課していた、過大な賦課の流れ。そして、その上。徴税権を束で請け負う、大貴族たちの元へ――。
線は、一点に、集まっていった。
「バルトロトも、ローデリヒも……この仕組みの、末端だったんですね」
ペンを置いて、わたしは言った。
「代官の中抜きは、川上の淀み。財務伯の賦課は、川中の堰。そのぜんぶの水が、最後に流れ込む先が――請負の、元締め」
「五年の過大な賦課も、こたびの特別賦課も、絵図は同じ場所で引かれていた。オイゲンの置き土産は、そういう意味だ。請負の貴族連合の筆頭が、ロートヴァイン侯爵だよ」
(……道理で。淀みを二つ掃除しても、水が澄まないはずだわ)
わたしは、地図の上の、線の集まる一点を見た。
(倒すべきは、人ではなく、仕組み。それは、そのとおり。でも――)
(仕組みは、独りでに悪くなったりしない。誰かが得をするように、誰かが設計した。仕組みには、必ず、受益者の顔がある)
黙って聞いていたヴォルフ様が、口を開いた。
「ハーゲン殿。その請負とやらを、断ることは」
「できん。徴税権は国のものだ。国がそれを誰に預けるかに、領の側が口を出す余地はない。……それと、もう一つ、悪い報せがある」
ハーゲン殿は、わたしとヴォルフ様を、順に見た。
「おぬしらの婚姻認可。あれが止まっているのもな、認可の裁可の筋を、同じ侯爵が握っているからだ」
ヴォルフ様の眉が、動いた。
領のお金の流れも。わたしたち二人の、これからも。同じ一点で、堰き止められている。
「……ハーゲン殿。以前、おっしゃいましたね。仕組みを変えたければ、王都だ、と」
「言った」
「行きます。王都へ」
わたしは、地図の上の王都に、指を置いた。
ヴォルフ様が、隣で、静かにうなずいた。
「俺も行く。……帳簿は読めんが、お前の帳簿を守ることは、できる」
「……心強いです。王都の社交界は、灰の境より、魔物が多いと聞きますから」
「なら、慣れた狩り場だな」
ヴォルフ様が、真顔で言うので、わたしは、少し笑ってしまった。この人の言葉は、飾りがない分、いつも、まっすぐに効く。
ハーゲン殿は、ふ、と短く笑って、立ち上がった。
「では、王都で会おう。――言っておくが、あちらは、帳簿の通じる土地ではないぞ。数字より、家格と、笑顔と、貸し借りがものを言う」
「かまいません」
わたしは、母のそろばんに、手を置いた。
「どんな土地の、どんな商売でも、お金が動けば、必ず跡が残ります。帳簿のない商売ほど、どこかに、無理を隠しているものですから」
ハーゲン殿と入れ違いに、ギードが、茶を運んできた。話の顛末を聞くと、老副官は、深いため息をついた。
「王都か。……先代が、行きたくても行けなんだ場所じゃ。抗議の一つも、届けられんまま」
「ギード。留守を、任せてもいいですか」
「わしの留守居は、先代の頃からの、お家芸じゃよ」
窓の外では、晩秋の風が、枯葉を転がしていた。
冬が来る前に、支度をしよう。旅程は八日。冬着が要る。護衛の手配も、留守中の帳の段取りも。……それから、もう一つ。
(実家からの、あの手紙。……王都へ行くのなら、返事を、先送りにはできないわね)
中央との戦いの帳の、二枚目の頁。書き込む相手の名前は、もう、分かっている。
第41話、お読みいただきありがとうございます!
今回は、第2部後半戦の種明かし――「請負徴税」。取り立てそのものが、商売として売り買いされている。バルトロトも、ローデリヒも、大きな川の淀みのひとつに過ぎませんでした。そして川の元締めの名は、ロートヴァイン侯爵。
エルナ、ついに王都行きを決断です。次回、出立の支度――の前に、書かなければならない手紙が一通。宛先は、あの実家です。
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