第40話:偽装は、突き合わせれば割れます
検分使ハーゲン殿が、開始を告げた。
「これより、グラウフェルト辺境伯領に課された特別賦課二百グルデンにつき、検め直しの審を執り行う。争うのは、算定に用いられた数字が事実か否か。ただ、一点である」
晩秋の広場は、人で埋まっていた。あの公開査定の日より、あの公開監査の日より、多い。領のすべての村から、人が来ていた。
長机の右に、オイゲン。押収した原本の木箱と、戸別査定の記録。
左に、わたし。弟子たちの写しと、村々の控えと、母のそろばん。
「では、財務院側。算定の根拠を」
「特別賦課は、当該領の繁栄の度合いに基づき算定されます。繁栄の度合いは、戸別査定の記録による、資産の総計を基準とします」
オイゲンの声は、いつもどおり、平らだった。
「査定は、規程に基づき、適正に実施されました」
「領側。異議は」
「あります」
わたしは、立ち上がった。
「査定の記録に用いられた数字が、事実と異なります。――突き合わせにて、立証します」
わたしは、査定記録の頁を、開いた。
「戸別査定の記録。マルタの村、七戸目、ヴェルナー戸。……麦、二十一俵」
それから、こちらの帳を、開く。
「同じ戸につき、領の徴税台帳の写し。麦、十二俵。村の受け払いの控え。麦、十二俵」
「数字が、食い違ったな」と、ハーゲン殿。「どちらが事実か、検める手立ては」
「現物が、ございます」
わたしは、広場の隅を、手で示した。
荷車から降ろされた麦俵が、積んである。ヴェルナーが、進み出た。
「うちの麦です。今朝、蔵から洗いざらい運びました。検分使様、どうぞ、お数えください」
「一同の目の前で、数える」
ハーゲン殿の指示で、兵が二人、俵を一つずつ、運び直した。広場中の目が、数えた。声に出して、数えた。
「――十二」
十二俵。蔵はそれで空だと、村の全員が証言した。
「査定記録、二十一俵。現物、十二俵」
ハーゲン殿は、淡々と、記録した。
「続けよ」
「同じ村、三戸目。査定記録、山羊六頭。――現物を」
マルタが、山羊を四頭、引いてきた。広場の真ん中で、めえ、と鳴いた。子供たちが、笑った。
「四頭です。春に生まれた仔も勘定に入れて、四頭。あと二頭がいるってんなら、あたしが会ってみたいよ」
どっと、笑いが起きた。オイゲンの表情は、動かなかった。
「東の村、五戸目。査定記録、機織りの機、三台。――証人」
「二台です。三台目を置く板の間が、うちのどこにあるってんですか」
「粉挽きの家。査定記録、粉の蓄え九袋。――控えと、証言」
「六袋でさあ」
一行、また一行。
読み上げる。突き合わせる。検める。
数字が、割れていく。査定記録の側だけが、いつも、少しずつ、豊かだった。
(嘘は、二冊の帳面の間に落ちる。……今日は、広場中が、その帳面を読んでいる)
「――以上、十七戸。いずれも、査定記録の数字が、現物および控えを上回ります。水増しの分を差し引けば、この領の繁栄の度合いは、まことの姿より、およそ二割、大きく算定されています」
わたしは、一度、言葉を切って、広場を見渡した。
「特別賦課二百グルデンは、この、二割膨らんだ数字の上に、立っています」
ハーゲン殿が、オイゲンを見た。
「財務院側。反論は」
「……査定の実施は、規程に基づいています。記録の作成も、規程に――」
「では、伺います」
わたしは、静かに、引き取った。
「査定の記録を作られたのは、オイゲン様、あなたです。そして、帳簿の原本がこの領を出てから今日まで、受け渡しの記録は、この受領目録に、すべて残っています。あなたの印で。……つまり、これらの数字に触れられた方は、あなたのほかに、どこにもいない」
わたしは、査定記録の、あの一行を、指で押さえた。
「ですから、これは、書き間違いか、そうでないかの、どちらかです。けれど、書き間違いというものは、多いほうにも少ないほうにも、公平に転ぶもの。――多いほうにばかり十七回続けて間違える筆を、わたしは、存じません」
広場が、しんと、静まった。
「オイゲン様。最後に、一つだけ」
わたしは、彼の目を、まっすぐに見た。
「この二十一俵は――あなたが検めた数字ですか。それとも、運ぶように決められていた、数字ですか」
風が、広場を渡った。
オイゲンは、長い間、黙っていた。それから、いつもと同じ、平らな声で、言った。
「……私は、決められた数字を、運ぶだけです」
それが、彼にできる、精いっぱいの告白だった。
ハーゲン殿が、立ち上がった。
「検分使として、認定する。戸別査定の記録は、十七戸につき事実と相違し、証拠の信を失った。よって、当該記録に基づく特別賦課の算定は、根拠を失う。――特別賦課二百グルデン、撤回。王国検分使ハーゲンの名において、公式の記録に留める」
一拍、遅れて。
広場が、割れた。
歓声が、晩秋の空に突き抜けた。マルタが、隣のかみさんと抱き合って、泣き笑いしていた。ニコが、弟子仲間と跳ねまわっていた。ヴェルナーが、空になった荷車を、ばんばん叩いていた。
わたしは、二冊の帳を――オイゲンの査定記録と、子供たちの字で綴られた写しとを、両手に高く、掲げた。
「勝ったのは、わたしではありません! 毎日を正直につけ続けた、この領の――帳です!」
歓声の中、ヴォルフ様が、隣に立った。
「……見事だった」
「ありがとうございます。警固も、完璧でした」
「俺は、突っ立っていただけだ」
「ええ。あなたが突っ立っていてくださると、誰も悪さを思いつかないんです」
夕刻。オイゲンは、来たときと同じ、正確な旅支度で、玄関に立った。
「査察の任を、終了します。撤回の裁定は、そのまま財務院へ運びます」
「ええ。……道中、お気をつけて」
彼は、寸分の狂いもない礼をした。それから顔を上げ、初めて、書式にないことを言った。
「見事な、突き合わせでした」
「あなたの査察も、お見事でした。……細工の他は、ぜんぶ」
「一つ、申し上げておきます」
オイゲンは、温度のない目で、わたしを見た。
「絵図を引いたのは、私ではありません。――ロートヴァイン侯爵です」
(……!)
「お二人の縁組に停留がかかっていることも、存じています。あれも、同じ盤の上です。……敗れた駒は、盤を明かして下がる。それが、駒の作法ですので」
言うだけ言って、彼は、馬車へ向かった。
いえ。乗り込む前に、一度だけ、足を止めた。見送りに出ていた、ニコの前で。
「……玉のほうが、算木より速かった。財務院に、そう報告しておきます」
ニコが、目を丸くした。馬車の扉が、閉まった。
車輪の音が、遠ざかっていく。
ロートヴァイン侯爵。婚姻の連判の筆頭にして、特別賦課の絵図の主。別々の窓から飛んできた矢は、やはり、同じ手が放っていた。
わたしは、中央との戦いの帳を開いた。最初の戦いの行に、線を引く。『特別賦課、撤回』。
そして、次の行の頭には、あの名前が、もう書いてある。
(次のお相手は、書式の陰に隠れてくださらない分――ずっと、大物のようね)
晩秋の風が、頬に冷たかった。
冬が、近い。
第40話、お読みいただきありがとうございます! 第2部・第一幕、決着です。
偽装は、突き合わせれば割れる。向こうの記録、こちらの写し、現物と証人――三重の突き合わせで、広場中が帳面を読む回でした。そして最後の「私は、決められた数字を運ぶだけです」。あの口癖が、告白に変わる瞬間を書きたくて、ここまで来ました。駒は駒らしく、盤を明かして退場です。
次の相手は、社交界の重鎮・ロートヴァイン侯爵。帳簿が通じない場所での戦いが始まります。「徴税を、請け負うという商売」――どうぞお楽しみに。
ここまで追いかけてくださって、本当にありがとうございます。ブックマーク・★評価で応援していただけると、これからの大きな励みになります!




