第4話:取れるだけ取ると、来年は何も取れません
過剰徴税停止の触れを出した、翌朝のことだった。
館の門前が、騒がしい。窓から見下ろすと、徴収人らしき男たちが数人、ギードに食ってかかっていた。革の胴着を着て、腰に棒を下げている。取り立てを生業にする者の身なりだ。
「冗談じゃねえ! 今季の取り立てはもう半分終わってんだ。今さら『下げる』だと? 取った分はどうなる!」
「触れは辺境伯のお名で出ている」とギードが低く返す。「代官のバルトロト殿が何と言おうと、辺境伯領の徴税は、今季から正規の額に戻す」
「正規だぁ? そんなもん、誰が決めた。どこぞの令嬢様が帳面をいじっただけだろうが!」
わたしは、母の形見のそろばんを袖に滑り込ませ、階段を降りた。
「決めたのは、数字です」
男たちが、いっせいにこちらを向いた。
「グラウフェルトの領民は、王都近郊の二倍を納めてきました。痩せた土地で、二倍。――おかしいと思いませんか。あなたがたは、取り立てた額の、いくらを領庫に納めてきました?」
先頭の男の目が、わずかに泳いだ。
(図星ね)
「……うるせえ。俺たちはバルトロト様の指図で動くだけだ。文句があるなら、代官所に言いな!」
捨て台詞を残して、男たちは引き上げていった。ギードが、ふん、と鼻を鳴らす。
「噛みつきおったな。代官の懐が、痛むからだ」
「ええ。痛むでしょうね。――それより、ギード様。村へ行きたいのです。一番、人が逃げている村へ」
ギードの眉が、ぴくりと動いた。
「マルタの村か。……気の強い女がまとめておる。令嬢様を、歓迎はせんだろうがな」
それで結構です、とわたしは答えた。
馬に揺られて半刻。たどり着いた村は、半分が空き家だった。井戸端に集まった女たちが、わたしを見て、ぴたりと口を閉ざす。
その中から、日に焼けた、肝の据わった顔の女が進み出た。
「あんたが、税を下げるとか言ってる令嬢様かい」
「エルナ・フォン・ライゼンタールと申します。あなたが、村長のマルタさん?」
「……そうだよ」マルタの声は、刺を含んでいた。「だがね、悪いが信じちゃいないよ。中央のお偉いさんは、いつもそうさ。『下げてやる』と言っておいて、次の年にはきっちり倍にして取り返す。あんたも、どうせ同じだろう」
(なるほど。代官派が、そう触れ回ったわけね)
女たちが、固い目でこちらを見ている。希望を一度裏切られた者の目だ。
わたしは、袖からそろばんを取り出した。
「では、計算しましょう」
井戸端のへりに、わたしは腰を下ろした。
「マルタさん。去年、この村から逃げたお宅は、何軒です?」
「……六軒だね」
「その六軒が納めていたはずの税は、今、誰が納めていますか」
マルタが、口をつぐんだ。
「残った人たちが、肩代わりしているはずです。逃げた家の分まで、村全体で。だから一軒あたりの重さは、年々増えていく。そしてまた、耐えきれなくなった家が逃げる。逃げれば、残りはもっと重くなる」
ぱちん、とわたしは玉を一つ弾いた。
「取れるだけ取れば、今年の代官の懐は潤います。けれど、種籾まで取り上げられた畑は、来年なにも実らない。逃げた家の畑は、ただの荒れ地になる。――取れるだけ取ると、来年は、何も取れなくなるんです」
「種、籾……」
「税は、刈り取りではありません。種まきなんです。今、重さを正しい額に戻せば、逃げかけている家は留まる。畑は耕され続ける。来年、再来年と、納める家そのものが増えていく。――それが、本当の意味で『増える』ということです」
しん、と井戸端が静まった。
その時だった。
「ねえ、お姉ちゃん」
足元で、小さな声がした。麻の服を着た、八つばかりの男の子。土で汚れた手で、わたしのそろばんを指さしている。
「その玉っころ、なに? どうやって使うの? おいらにも、教えて!」
「これ、ニコ! お客人に……!」マルタが慌てて袖を引く。
けれど、男の子――ニコは、きらきらした目で、そろばんから離れない。
わたしは、少しだけ笑った。こんなふうに数字に手を伸ばす子を見るのは、いつぶりだろう。
「いいわよ。これはね、玉一つが一の位、隣が十の位。指で弾くと、頭の中より速く計算ができるの」
ぱちぱちと弾いてみせると、ニコは「うわあ」と歓声を上げた。村の女たちの固い顔が、その声に、ほんの少しだけ、ほどけた。
「……令嬢様」マルタが、ぽつりと言った。「あんた、本当に、この村の畑を勘定に入れてくれてるのかい」
「もちろんです。一軒残らず」
マルタは、長いあいだわたしを見て、それから、ふっと肩の力を抜いた。
「わかった。……少しだけ、信じてみるよ。少しだけ、だからね」
帰り道、わたしは村はずれの一帯に目を留めた。
なだらかな斜面が、一面、雑草に覆われている。けれど、土の色がいい。畝の跡も、かすかに残っている。かつては、麦が実っていた畑だ。
「ギード様。あの荒れ地は?」
「ああ、北の休耕地だ。逃散で人がいなくなって、もう何年も放ってある。死んだ土地さ」
死んだ土地。――わたしは、その言葉を信じなかった。
(畝の跡が残っている。水路もある。あれは、死んでいるんじゃない)
そろばんを、わたしは袖の中で握った。
(眠っているだけよ)
赤字の裏には、必ず――使われていない、何かがある。
お読みいただきありがとうございます! 「取れるだけ取ると、来年は何も取れない」――エルナの種まき思想が、ついに領民に届きはじめました。そして、村の子ニコが初登場! 「玉っころ教えて」とせがむ彼との出会いが、冷徹なエルナの、もう一つの顔を引き出していきます。
次回は、エルナが目をつけた「眠っている畑」と「忘れられた権利」のお話。そして、代官バルトロトが、いよいよ本人の姿で立ちはだかります。
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