表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/18

第15話:監査する側を、監査します

公開監査は、館の大広間で行われた。


辺境伯の館にこんなに人が集まったのは、何年ぶりだろう。村長マルタをはじめ、領民が壁際にずらりと並んでいる。皆、不安そうな、けれど何かを期待するような顔で、上座を見ていた。


上座には、中央財務伯ローデリヒ・フォン・ファルケ。その傍らに、もう一人。王都の財務寮から遣わされた立会人――検分使ハーゲンという、白髪の堅物そうな老官が、無言で羽根ペンを構えている。この場のやり取りは、すべて記録され、中央へ上がる。


「では、始めましょうか」


ローデリヒは、ゆったりと微笑んだ。慇懃で、冷たい笑みだ。


「辺境財務官エルナ・フォン・ライゼンタール殿。あなたには、いくつもの不正の疑いがある。一つ、勝手な過剰徴税の停止により、中央への上納を著しく減らした罪。一つ、帳簿を独断で書き換えた、文書偽造の疑い。一つ――」


彼は、わたしを見下ろした。


「身の程をわきまえず、徴税の制度そのものに異を唱えた、僭越の罪」


広間が、ざわめいた。領民たちが、不安げにわたしを見る。ヴォルフ様が、壁際から一歩、前に出かけた。わたしは、目で「大丈夫です」と伝えた。


「ご説明、ありがとうございます」


わたしは、淑女の礼をした。


「では、一つずつ、お答えします。――数字で」


「数字で?」ローデリヒが、片眉を上げた。「ほう。私を、この私を、数字で裁こうとでも?」


「いいえ。裁くのではありません」


わたしは、用意してきた帳面と、束ねた証文を、卓に広げた。


「監査する側を、監査します。それだけです」


ローデリヒの笑みが、ほんの少し、固まった。


「まず、過剰徴税の停止について。わたしが上納を減らしたのではありません。この領は、もともと納められない額を、無理やり搾り取られていたんです。――その根拠が、この賦課査定書」


わたしは、一枚の紙を掲げた。


「年間賦課、八百グルデン。署名は、当時の徴税監督、ローデリヒ・フォン・ファルケ様。あなたです」


「私の署名がどうした。賦課は中央の権限だ。文句があるなら――」


「賦課は、その年に取れた額にかかるのではありません」わたしは、彼の言葉を引き取った。「『この土地なら、これだけ取れるはず』と見積もった額に、かかります。では、お尋ねします。この八百という見積もりは、何を根拠に決められたのですか」


ローデリヒは、答えなかった。


「お答えできないでしょう。なら、わたしが申し上げます。――罷免された代官バルトロトが、中央に申告した『この領の徴収力』。その水増しの数字が、そのまま、賦課の基準になっている」


わたしは、もう一枚を重ねた。バルトロトの申告控えの写しだ。隠滅をまぬがれた、たった一枚。


「ご覧ください。代官の申告した徴収量と、この賦課査定書の基準額。――一の位まで、ぴたりと同じです」


ハーゲン検分使の羽根ペンが、止まった。老官は、身を乗り出して、二枚の紙を見比べた。


「数字は、嘘をつきません」わたしは静かに続けた。「代官が領民から取れるだけ取って水増しした数字。それを、中央が承知の上で賦課の基準にした。代官は領民から中抜きし、中央はその水増しの上に、賦課でもう一段、上前をはねた。――二重の、収奪です」


「で、でたらめだ!」ローデリヒの声が、初めて荒れた。「代官の申告など、私は知らん! 一人の代官が勝手にやったことだ!」


「では、なぜ」


わたしは、村人たちの集めた証文の束を、どさりと卓に置いた。


「この村が、実際に納めた量は――申告された量の、半分にも満たない。残りの半分は、ありもしない穀物です。村のかまどの裏に、一軒残らず、納めた証文が残っていました。足し上げた数字が、これです」


わたしは、最後の一枚を、ローデリヒの前に滑らせた。


「申告は、嘘。徴収力は、嘘。その嘘の上に立った賦課も――嘘です。あなたは、嘘だと知りながら、五年間、この領から正規の倍を吸い上げ続けた。知らなかったとおっしゃるなら」


わたしは、顔を上げた。


「中央財務伯ともあろうお方が、賦課の根拠を一度も検めなかった、という証明になります。どちらにしても――職務として、致命的ですね」


しん、と、広間が静まり返った。


ローデリヒの顔から、血の気が引いていく。慇懃な仮面が、剥がれていく。


「検分使殿」


わたしは、ハーゲンに向き直った。


「ここにあるのは、領民一人ひとりの、本物の数字です。館の控えは処分され、証人は黙らされました。それでも、消せなかった数字が、これだけ残っています。――どうぞ、お検めください。一の位まで、合わせてあります」


老検分使は、長い時間をかけて、証文の束と帳面を検めた。そして、ローデリヒを見た。その目は、もう、財務伯を上席として見てはいなかった。


「……ファルケ伯」ハーゲンは、低く言った。「これは、中央へそのまま上げるわけには参りません。賦課査定の不正、文書隠滅の指示――財務寮の検分使として、わたしはこの記録に、ありのままを記す。覚悟なさるがよろしい」


ローデリヒが、椅子を蹴って立ち上がった。


「貴様ら……辺境の分際で、この私を……!」


彼は、わたしを睨みつけた。憎しみと、それから、隠しきれない怯えで。


「いいだろう。だが、覚えておけ。賦課の仕組みを作ったのは、私ではない。――財務卿ヴァルデマール様が、黙っておられんぞ。お前のような小娘が、中央の構えに手を突っ込んで、無事で済むと思うな!」


(……ヴァルデマール)


その名を、わたしは胸に書きとめた。代官の上に財務伯。財務伯の上に、財務卿。――この収奪は、ローデリヒ一人の悪知恵じゃない。もっと上に、もっと大きな構えがある。


けれど、それは今日の勘定ではない。


「ご忠告、痛み入ります」わたしは、礼をした。「ですが、財務卿様がいらした暁には、その方の帳簿も、喜んで拝見します。――数えるのは、得意ですので」


ローデリヒは、何か言いかけ、けれど言葉にならず、供を連れて広間を出ていった。その背は、来たときよりも、一回り小さく見えた。


検分使ハーゲンが記した監査記録は、後日、中央へ上がった。ほどなく、ローデリヒ・フォン・ファルケは徴税監督の職を解かれ、賦課の査定は、すべて見直しにかかったと――風の便りに、聞いた。


監査が終わり、領民たちが帰ったあと。


広間に残ったわたしのところへ、ヴォルフ様が、のっそりと近づいてきた。


「……終わったのか」


「終わりました。賦課は、正されます。来季から、この領が中央へ納める額は、半分になります」


ヴォルフ様は、しばらく黙っていた。それから、荒れた手で、ごしごしと顔をこすった。


「礼が……うまく、言えん」


無骨な声だった。


「父は、これを赤字だと思い込んで、抗うこともできずに逝った。俺も、数字では中央に勝てんと、諦めていた。だが、お前は――数えるだけで、あの中央を、退けてみせた」


彼は、まっすぐにわたしを見た。


「お前がいて、よかった。この領に、来てくれて」


たった、それだけの言葉。


けれど、社交辞令ひとつ言えないこの人が、精一杯ひねり出した言葉だと、わかった。「華がない」と切り捨てた誰かとは、まるで違う。


(……ずるい人)


胸の奥が、ぱちん、と、そろばんの玉のような音を立てた気がした。


「いいえ。わたしこそ」


わたしは、母のそろばんを抱いて、微笑んだ。


「拾っていただいて、ありがとうございます。――まだ、黒字にはこれからですけれど」


第15話、お読みいただきありがとうございます! 大型イベント第二弾、中央財務伯ローデリヒとの監査対決、決着です。「監査する側を、監査します」――館の証拠は消されても、領民のかまどの裏に残った本物の数字が、中央の権威を裁きました。


そして、ローデリヒの捨て台詞に出てきた「財務卿ヴァルデマール」。この収奪は、彼一人の仕業ではなかった……? もっと上の、もっと大きな構えの影が、ちらりと顔を出します。


不器用なヴォルフの精一杯のお礼に、エルナの心も、少しだけ動いたようで。次回・第16話は、いよいよ財政に「黒字の芽」が。少し豊かになった食卓と、遠い王都から届く、不穏な噂のお話です。


ここまで応援くださって、本当にありがとうございます! ブックマーク・★評価、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ