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第14話:賦課という名の収奪

監査の前というのは、不思議なほど人の気配がない。


中央財務伯ローデリヒ・フォン・ファルケが館に滞在して、三日。あの慇懃な微笑みの主は、客間にこもって部下と何やら書類を繰っているらしく、めったに顔を見せなかった。


その日、わたしはギードに頼んで、一枚の書類を取り寄せていた。


賦課査定書。――中央が、この領にいくら上納させるかを定めた、おおもとの紙だ。


「これが、賦課のもとですか」


わたしは灯りを引き寄せ、古びた一枚に目を落とした。グラウフェルト辺境伯領、年間賦課――八百グルデン。署名は、当時の徴税監督、ローデリヒ・フォン・ファルケ。


(八百……)


わたしは母のそろばんに手をのせた。指が、勝手に玉を弾く。


この領が、領民を逃散させずに、無理なく納められる額。両建ての帳でわたしが弾き出した適正額は――せいぜい、四百グルデン。


賦課は、その、ちょうど倍だった。


「ギード。一つ、教えてください」わたしは顔を上げた。「この賦課額は、どうやって決められたものなんですか」


「さあな」老副官は渋い顔をした。「中央が、勝手に決めて寄越す。『お前の領はこれだけ納める力がある』とな。文句を言える筋合いじゃない」


「納める力がある、と――誰が、申告したんでしょうね」


ギードの眉が、ぴくりと動いた。


賦課というのは、その年に取れた額にかかるのではない。「この土地なら、これだけ取れるはずだ」と中央が見積もった額に、かかる。


そして、一度高く見積もられてしまえば――土地が痩せても、領民が逃げても、その額は、決して下がらない。


(誰かが、この領の徴収力を、実際の倍に見せかけて、中央に申告した。だから賦課が倍になった)


わたしは、罷免された代官の名を思い出していた。


バルトロト。過剰徴税で領民から搾り取り、その一部を中抜きしていた男。彼が中央に報告していた「この領はこれだけ取れます」という水増しの数字――それが、そのまま、賦課の基準になっている。


つまり、こういうことだ。


バルトロトは領民から取れるだけ取り、水増しした徴収力を中央に申告する。中央のローデリヒは、その水増し額を基準に、過大な賦課を課す。領は、痩せた身体に倍の上納を背負わされ、足りない分を、また領民から搾る。


搾った分の上前は、バルトロトが懐に入れ――残りは、賦課という名で、中央へ吸い上げられていく。


「中抜きをしていたのは、代官だけじゃない」


わたしは、静かに言った。


「代官が領民から中抜きをして、その水増しの上に、中央がもう一段、賦課で上前をはねていた。――二重の、収奪です。バルトロトは、その下働きにすぎなかった」


ギードが、低く唸った。


「……それを、明日の監査で言うつもりか。中央の財務伯を、相手に」


「ええ。ですが、口で言うだけでは、いつものように『でたらめだ』で終わります」


わたしは、賦課査定書を指でなぞった。


「証拠が要ります。バルトロトが中央に申告した水増しの数字。それと、実際に領民が納めた量。この二つが食い違っていれば、賦課の基準が、最初から嘘の上に立っていたと――数字で、示せます」


その晩から、わたしたちは証拠を集めにかかった。


ところが。


翌朝、徴税の控えをしまった蔵へ行くと、ギードが苦い顔で立っていた。


「やられた。代官時代の徴収控えが、ごっそり消えている。――『古紙は処分せよ』と、客人の供回りが命じたそうだ」


書類の、隠滅。ローデリヒも、馬鹿ではない。自分の足元を支えている数字が、何より危ういと知っている。


「証人もだ」ギードが続けた。「水増し徴収を覚えている村の年寄りが、何人かいた。だが、夜のうちに使いが回ったらしい。『中央に逆らえば、村ごとどうなるかわからん』とな。皆、口をつぐんじまった」


館の中の数字は、消された。村の口は、ふさがれた。


普通なら、ここで詰む。


「……マルタの村へ行きます」


わたしは外套を取った。


その日の午後、わたしはマルタの村にいた。村長マルタは、肝の据わった目で、わたしの話を聞いた。


「中央に、楯突くのかい」


「楯突くのではありません。間違った数字を、正しい数字に直すだけです」


わたしは、村人たちを見回した。


「皆さんは、税を納めるたびに、何か受け取りませんでしたか。納めた量を書いた、半券のようなものを」


村の隅で、ニコが、ぴょこんと顔を出した。


「あ、それ、おいら知ってる! うちのかあちゃん、納めた証文、かまどの裏にしまってる! 『お上は信じられねえから、必ず取っとけ』って!」


マルタが、ふっと笑った。


「この村は、代々そうしてきた。代官に『もう納めただろう』と二重取りされないように、納めた証文は、家ごとに隠してある。――かまどの裏に、神棚の奥に、床下に」


館の控えは消せても。


領民一人ひとりの、かまどの裏までは、消せない。


「集めましょう」わたしは言った。「この村が、本当はいくら納めたのか。一軒残らず、足し上げます。それが、中央に申告された数字と食い違えば――賦課の根が、嘘だと証明できる」


村中の証文が、村長の家に集まってきた。煤けた紙、油の染みた紙、子供の手習いの裏に書かれた紙。


わたしは、ニコにそろばんを握らせた。


「ニコ。手伝ってくれる? この玉っころで、一軒ずつ、足していくの」


「やる! おいら、やる!」


ぱちぱちと、村の夜が更けていく。積み上がる証文の山は、館の埃まみれの帳簿とは違って、温かかった。誰かが、汗を流して納めた、本物の数字だ。


足し終えたとき、答えは、はっきりと出ていた。


この村が実際に納めた量は――バルトロトが中央に申告した量の、半分にも満たなかった。


(残りの半分は、空気を納めたことになっている。ありもしない穀物を、この村は納めたことにされて――その嘘の数字に、賦課がかかっていた)


わたしは、集まった証文を、丁寧に束ねた。


村を出るころには、すっかり夜になっていた。館への道で、馬上の人影が一つ、待っていた。ヴォルフ様だった。


「……遅いから、迎えに来た」ぶっきらぼうに、彼は言った。「中央の財務伯が滞在している。お前一人で、夜道を歩かせるわけにはいかん」


「ご心配なく。わたしの武器は、この束ですから」わたしは証文を抱えてみせた。「斬りかかってくる相手ではありませんし」


「相手が、刃物を使うとは限らん」


低い声に、本気の硬さがあった。書類を消し、証人を黙らせる。そういうやり方をする相手だと、この人もわかっている。


「数字で守れんところは、俺が守る。――それくらいは、させてくれ」


無骨な言葉だった。けれど、その不器用さが、妙に胸に残った。「華がない女に用はない」と言い放った誰かとは、まるで違う。


(……数字で守れないところを、守ってくれる人、ね)


わたしは、証文の束を抱え直した。馬を曳く彼の隣を、黙って歩いた。北風が冷たい夜だったのに、不思議と、寒くはなかった。


明日。公開監査の本番だ。


ローデリヒは、わたしの「不正」を並べ立て、辺境の小娘を中央の権威で叩き潰すつもりでいる。


(どうぞ、お好きなだけ。けれど――数えるのは、わたしの得意分野ですから)


館へ戻る道で、わたしは空を見上げた。北の果てに、灰の境の山並みが、夜より黒く沈んでいる。


部屋に戻り、わたしは母のそろばんを手に取った。すり減った玉を、そっと撫でる。


(母さん。明日、わたしは、中央を相手に帳を開きます)


何を持っていて、何を負っているのか。その両面を、同じ重さで見なさい。


(あの人たちが負っているのは――この領から奪った、ぜんぶの数字よ)


玉を一つ、弾いた。


ぱちん、と、夜に澄んだ音が落ちた。


第14話、お読みいただきありがとうございます! いよいよ、中央財務伯ローデリヒとの監査対決が目前です。賦課という名の、二重の収奪。館の証拠は消され、証人は黙らされ――それでも、領民のかまどの裏には、本物の数字が残っていました。


次回・第15話は、ついに公開監査の本番。「監査する側を、監査します」。エルナが、中央の権威を数字で裁きます。最大の見せ場、どうかお見逃しなく!


面白いと思っていただけたら、ブックマーク・★評価で応援していただけると、とても励みになります。明日、決着です。


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