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第7話 万和堂強襲

淵明ユェンミンは、自責の念を冷徹な業火へと変えた。

かつて戦地で数多の敵を退けた、軍功ある将軍としての胆力が呼び覚まされる。  


彼はもはや、単なる法官ではなかった。

シェ家の威光を己を守る「盾」としてではなく、保守派が築き上げた利権という名の堅城を突き崩すための「矛」として、容赦なく振るい始めたのだ。



「謝家の名に懸けて命ずる。大理寺の蔵役くらやくから、今朝出入りした雑役ざつえきに至るまで、その足取りを分単位で洗い直せ。拒む者は、この謝淵明が直々に背信の罪を問う」


冷徹な宣告とともに放たれた凄まじい威圧感に、配下の者たちは、言葉を失いその場に平伏せざるを得なかった。

それはもはや上官の指示ではなく、背けば命はないという「軍令」に等しい響きを帯びていた。



淵明の峻烈な命令が下るや否や、大理寺の空気は一変した。日和見を決め込んでいた官吏たちは、戦場さながらの形相で膨大な帳簿をめくり、埃の舞う蔵へと駆け出していく。


一方で、淵明は素素スースーを外部の目に触れぬよう薬房に留め、彼女が授ける知見を捜査の指針とした。

素素もまた、静かながらも熱い決意を瞳に宿し、毒草『碧落草へきらくそう』と『無影沈香むえんちんこう』の限られた流通経路を徹底的に追及した。


「この毒の原料は、南方の限られた山域にしか自生しません。都でこれを扱う権限を持つのは、特定の御用商人のみです」


彼女が指し示したその一点は、闇に隠れていた「毒手」の正体を、一点の曇りもなく照らし出していた。



夜の帳が降りた都の片隅、御用商人『万和堂ばんわどう』の巨大な蔵が、静寂の中にそびえ立っている。

しかし、その静寂は長くは続かない。

闇を切り裂く蹄の音が響き渡り、大理寺の精鋭たちが怒涛の勢いで蔵を完全包囲した。


淵明は、素素が特定した毒の源流を叩き潰すため、正規の手続きを待たず動いた。連れているのは法官ではなく、かつて戦場で生死を共にした、彼を「将」と仰ぐ武官たちだ。


「ここは御用達の蔵だぞ! 無礼であろう!」


色をなして立ち塞がる門番に対し、淵明は馬上で謝家の紋章が刻まれた腰牌ようはいを掲げた。


「この蔵には、朝廷の官を害した『大逆の証拠』がある。道を開けぬなら、この場にいる全員を暗殺の共犯とみなし、即刻鎮圧する。抵抗すれば、容赦はせぬ」


淵明の背後に控える精鋭たちが、一斉に抜刀した。銀色の切っ先が月光を跳ね返し、凍てつくような殺気を放つ。


「道を開けろ。それとも、主と共に刑場の露と消えるか?」 


その声音に宿る、敵軍を退けてきた本物の覇気に、門番たちは腰を抜かした。震える手で差し出された鍵が、重い鉄扉を開く。



蔵の最奥、厳重に隠された木箱の中から、それは姿を現した。

釉薬うわぐすりに練り込まれる前の、どろりとした毒素の原液。そして、大理寺の備品と寸分違わぬ姿で「獲物」を待っていた、予備の毒入りの茶杯。


さらに淵明の目にとまったのは、隠し扉にあった一通の極秘注文書だった。そこには、朝廷の保守派重鎮の私印が、逃れようのない罪の証として鮮明に押されていた。


「……捕らえたぞ、古狸め」 


淵明の瞳に、勝利の悦びはない。あるのは、ただ冷徹な正義の完遂だけだった。

彼は分かっていた。この夜の独断専行が、のちに「謝家の威光を笠に着た私兵の行使」として、朝廷で激しく糾弾されることを。

兄がどれほど奔走し、皇帝への拝謁で「これは毒物の拡散を防ぐための緊急措置であった」と命懸けの根回しを強いられることになるかも。


だが、自身の官位も、謝家での立場も、もはやどうでもよかった。

法を超えてでも、友を救い、闇を暴く。その代償としてこの身が朽ち果てるなら、それもまた本望であった。


夜明け前の冷気が、淵明の覚悟をより一層鋭く研ぎ澄ませていく。彼は手にした証拠を強く握りしめ、次なる戦地へと、再び馬を走らせた。



蔵の捜索の少し前。淵明の兄が差配する謝家の情報網は、朝廷の暗部に張り巡らされた「金の糸」を手繰り寄せていた。

表の役人が決して触れることのできない、謝家秘蔵の『裏の帳簿』が、闇に眠る汚職の全貌を次々と暴き出していく。


浮上したのは、吏部尚書りぶしょうしょをはじめとする保守派重鎮たちの名だった。

彼らは南方の広大な山林開発の利権を独占し、御用商人を通じて巨額の賄賂を還流させていたのだ。


だが、彼らが何より恐れたのは金の露呈ではない。その山林から不正に運び出されていた「謎の荷」――すなわち、禁忌の毒草『碧落草』の流通と、『無影沈香』の製造であった。


(……だからこそ、私は狙われたのだ)


淵明は、押収した記録の断片を繋ぎ合わせ、戦慄した。

彼は大理寺に寄せられた細かな物流の不審点から、偶然にもこの山林の不正記録に辿り着いていた。あと一歩で核心に触れる。その直前、口封じの刃が放たれたのだ。


本来、敵の狙いは捜査を指揮する淵明を排除すること。だが、淵明の偶然の「無頓着」が周誠ジョウ・チョンに毒を浴びせ、結果として、生き残った淵明という名の「復讐者」を解き放つことになった。


謝家の書庫で兄から届けられた報告書を握りしめ、淵明の瞳に冷徹な光が宿る。

汚職という私欲のために、無実の若き官吏の命を塵芥のように扱った重鎮たち。その罪状は、もはや法の一言で済まされるものではない。

素素が暴いた「毒の源流」と、謝家が突き止めた「金の流れ」。

逃れようのない二つの証拠が今、淵明の手の中で、巨大な悪を討つための「必殺の弾劾」へと姿を変えた。

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