表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/12

第九話 自分の意志

 ――だから。

 あの瞬間を、誰かに見られているなんて思わなかった。



 翌朝。

 店先の空気が、妙だった。

 朝から客は多い。

 なのに、どこか視線を感じる。


「……あれじゃない?」

「昨日の」

「やば、ほんとにいた」


 ひそひそ声。

 スマホを向けられている気配。

 嫌なざわつきが、肌へまとわりつく。


「……何」

 湊が眉を寄せた、その時だった。


「湊、ちょっと来な」

 祖母が、珍しく固い声で呼ぶ。


 胸がざわつく。

 店の裏へ入った瞬間。


 そこには、父が立っていた。

 スーツ姿。

 冷たい表情。


 そして、その隣には見知らぬ男が二人。

「……父さん?」


 空気が重い。

 すると机の上へ、スマホが置かれた。


 画面を見た瞬間。

 湊の血の気が引く。


 昨夜の写真だった。

 花火の光の下。

 浜辺でキスしている、自分とジョージ。


「っ……」

 写真はすでにSNSへ流れていた。


 軽薄なコメントが並んでいる。

 “リアルBL”

 “海の王子と美少年”

 “エモすぎ”


 吐き気がした。


「……保護責任者という立場で未成年と私的関係を持つのは問題です」

 父の隣の男が冷たく言う。


 ジョージの会社の人間らしかった。

「社としても看過できません」

 その時、背後で扉が開いた。


「……失礼します」

 低いジョージの声。


 振り返る。

 ジョージだった。

 でも昨日とはまるで違う顔をしていた。


 顔色が悪い。

 目の奥が冷えている。


 湊は思わず一歩近づく。

「ジョージ——」


 しかし。

 ジョージは、一瞬だけこちらを見て。

 すぐに視線を逸らした。

 胸がざわつく。


 父が静かに告げる。

「黒瀬はこの件から外す」


 世界が止まる。

「……え」


「今日限りで、お前の担当も終了だ」

 耳鳴りがした。


「待って」

 湊は思わず父を見る。


「そんなの……」


「当然だ」

 父の声は冷たかった。


「お前は高校生だぞ」

 鋭い視線が突き刺さる。


「こんな関係、お前のためにならない」

 胸が強く揺れる。

「今は浮かれているだけだ」

「年上の男に守られて、特別扱いされて、恋愛みたいに錯覚してるだけだ」


「違……」


「違わない」

 言葉を遮られる。


「お前はまだ子どもだ」

「今の感情だけで、自分の将来を壊すな」


 その言葉が、鋭く胸へ刺さる。


 未成年。

 保護者。

 普通じゃない。


 頭の奥で、自分でも見ないふりをしていた不安が、一気に膨らんでいく。

 昨日までの熱が、急に現実へ引き戻される。


 自分は高校生で。

 ジョージは大人で。


 この関係は、本当に“普通”じゃない。


 すると。

「……湊」

 ジョージが静かに名前を呼んだ。


 その目が、痛いくらい優しかった。


 そして。

「悪かった」


「……え」


「もう会わない」

 世界が、ぐらりと揺れた。

「忘れろ」




 


「忘れろ」


 その言葉だけが、頭の中へ何度も響く。

 湊は、ただジョージを見ていた。

 嘘だ。

 そう思った。


 だってジョージは今にも壊れそうな顔をしていた。

 なのに。

「……行きます」

 低い声を残して、ジョージは背を向ける。

「待っ——」

 反射的に腕を掴もうとした。


 でも。

 ジョージは振り返らなかった。

 そのまま、店の裏口から出ていく。


「ジョージ!!」

 叫んだ声だけが虚しく響く。


 父が静かに言った。

「これで終わりだ」


 その瞬間。

 湊の中で、何かがすっと冷えた。

 夢から覚めたみたいだった。


 花火。

 夜の海。

 キス。


 全部、“夏の熱”だったんじゃないか。

 そう思いかける。


 すると父が続けた。

「お前は流されやすい」

「だから俺が止めないといけない」


 その言葉に。

 湊はゆっくり顔を上げた。


「……なんで」

 掠れた声。


「なんで父さんが決めるの」


 父が眉を寄せる。

「湊」


「ジョージも」

「父さんも」

「みんな勝手に決めるじゃん……!」


 胸が熱い。

 悔しい。

 苦しい。

 でもそれ以上に。


 腹が立った。


「俺だって意思あるのに……!」

 初めてだった。

 こんなふうに、自分の感情を外へぶつけたのは。


 父は険しい顔のまま言う。

「お前はまだ、自分にとって何が正しいかわからない年齢だ」


「じゃあ父さんはわかってるの?」

 震える声。


「俺が何考えてるか」

「何が苦しかったか」

「何が欲しかったか」


 父が黙る。


 湊は唇を噛んだ。

 ずっとそうだった。

 父は“正しいこと”しか見ていない。


 でも。


 ジョージだけは違った。


 



 


 夜。

 離れの小屋。

 真っ暗な部屋の中で、湊は一人座っていた。

 窓の外では、まだ祭りの名残みたいに遠くの音が響いている。


 でも。

 自分だけ、世界から切り離されたみたいだった。

 机の上には、ジョージが置いていったラムネ瓶。

 脱ぎっぱなしの黒いTシャツ。

 どこを見ても、ジョージがいる。


 なのに。

 本人だけがいない。


「……っ」

 苦しい。

 息ができない。

 湊はジョージのTシャツで顔を覆った。


 まただ。

 また置いていかれる。


 母も。

 父も。

 結局みんな。


 最後には、自分を選ばない。

「……なんで」


 涙がぽたぽた落ちる。

 好きだって言ったくせに。

 絶対一人にしないって言ったくせに。

 なんで最後は離れていくんだよ。


 その時。

 視界の端に、小さなガラスが映った。

 青いシーグラス。


 あの日。

 夜の浜辺でジョージが拾ってくれたもの。

 ――“無理やり丸く削られた感じ。でも、そこも綺麗だ”

 思い出した瞬間。

 胸の奥で、何かが熱を持った。


 ジョージは。

 “高校生だから可愛い”なんて、一度も言わなかった。

 “守ってやりたい”だけでもなかった。

 一人で平気なふりをしていた自分を見抜いて。

 寂しい顔を見つけて。

 ちゃんと、怖がってくれた。

 僕が傷つくことを。

 泣くことを。

 未来を失うことを。


 誰より本気で心配していた。

 それなのに。


 父も。

 ジョージも。


 勝手に“湊のため”を決めて、離れていこうとしている。


 ふざけんな。

 胸の奥で、熱が燃え上がる。

 愛されるだけじゃ嫌だ。

 守られるだけじゃ嫌だ。

 自分だって、自分の意思で選びたい。

 欲しいなら、自分から掴みに行きたい。

 湊は涙を拭い、シーグラスを強く握り締めた。


「……勝手に終わらせんなよ」

 震える声。


 でもその目には、もう“諦め”だけじゃない熱が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ