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第六話 縮まる想い

 離れへ戻る頃には、日付が変わりかけていた。

 母屋の灯りは消えている。

 祖母はもう寝たらしい。


「怒られるかな」

湊が小声で言うと、ジョージが笑った。


「たぶんばれてる」


「終わった……」

 絶対明日ニヤニヤされる。

 そんなことを考えながら縁側へ上がると、ジョージが不意に立ち止まった。


「……湊」

 低く甘い声がする。


 振り返く。


 近い。

 さっきまで普通に歩いていたのに、急に距離が縮まっていた。

 心臓が跳ねる。

 ジョージは何か言いたげにこちらを見る。

 でも、少し迷っているみたいだった。


「……なに」

 湊が聞くと、ジョージは苦笑する。


「今、すげぇキスしたいって思った」


「っ!!?」

 声にならない声が出た。


 夜の静けさに、自分の心臓の音だけがやけに響く。

 ジョージは額へ手を当てる。

「やばいな……」

「我慢効かなくなってきた」


「ちょ、ちょっと待って!」

 湊は真っ赤になりながら後ずさる。


 するとジョージが小さく笑った。

「しないよ」


「……ほんと?」


「嫌がることはしない」


 その言葉に、少しだけ安心する。

 でも同時に。

 “嫌じゃなかったら?”

 そんな考えが頭をよぎって、自分で自分に驚く。


 ジョージはそんな湊を見ながら、静かに息を吐いた。

「……可愛すぎて困る」


「またそれ!」


「ほんとのこと」


 もう最近、そればっかりだ。

 でも。

 嫌じゃない。

 むしろ、言われるたび胸の奥が熱くなる。


 ジョージは縁側の柱へ軽く寄りかかりながら、少しだけ真面目な顔になる。

「湊」


「ん」


「ちゃんと考えて」

 低く絞り出すような声。

「俺のこと」


 夜風が吹く。


「年上だし」

「男だし」

「保護者とかいう意味わかんない立場だし」

 苦笑混じりの声。

「普通に考えたら、おかしいと思う」


 その言葉に、湊は少し黙る。

 確かにそうだ。


 男同士とか。

 年齢差とか。

 父の部下とか。


 普通じゃない。


 でも。

「……ジョージ」


「ん?」


 湊は少し迷ってから、小さく言った。

「普通とか、俺わかんないよ……」


 ジョージが目を細める。

「今まで、誰かとちゃんといたいって思ったことないから」

 本音だった。

 どうせ最後は離れていく。

 そう思っていたから。


 期待しないほうが楽だった。

 でも。

 ジョージといると、もっと一緒にいたいと思ってしまう。


 夜の散歩も。

 くだらない会話も。

 触れられることも。

 終わってほしくないと思ってしまう。

「だから」

 湊は少しだけ照れながら笑った。

「俺……今、たぶん初めて考えてる」


 その瞬間。

 ジョージが、息を止めたみたいに固まった。


 そして。

「……無理」

 低く掠れた声。

「今の、かなり効いた」


「えっ」


 ジョージは片手で顔を覆う。

「好きになりすぎる」


 その声が、本気すぎて。

 湊の胸はまた、苦しいくらい大きく鳴った。





「……重い」

 照れ隠しみたいに言うと、ジョージが小さく笑った。


「言っただろ。執着するタイプ」


「自己申告してくる人初めて見た」


「あとから怖がられるよりマシ」


 夜風が吹く。

 潮の匂い。

 遠くで波が砕ける音。

 二人の間に静かな沈黙が落ちる。

 でも、不思議と気まずくない。

 むしろ、心地いい。


 するとジョージがふと視線を落とした。

「……湊」


「ん?」


「手、貸して」


「え」

 意味がわからないまま差し出す。


 するとジョージが、そっとその手へ触れた。

 指先が絡む。


 恋人みたいに、手を繋がれた。


「っ……!」

 湊の肩が跳ねる。


 熱い。

 たったそれだけなのに、頭が真っ白になる。


 ジョージは繋いだ手を見つめながら、小さく息を吐いた。

「……やば」


「な、なにが」


「思ったより幸せ」


 胸がどくんと鳴る。


 ジョージは少し笑う。

 でも、その顔はどこか切なかった。

「お前といると、変になる」

 低い声が響く。

「ちゃんと理性あるつもりだったのに」


 湊は言葉に詰まる。

 自分だって同じだった。

 ジョージが近づくたび、落ち着かない。

 触れられると心臓がおかしくなる。

 なのに、もっと近くへ来てほしいと思ってしまう。

「……ジョージ」


「ん」


「俺、たぶん」

 喉が少し熱い。

「ジョージといるの、好きだよ」

 言った瞬間。


 ジョージの指が、ぴくりと震えた。

 そして。

「……その言い方ずるい」

 掠れた声。

「期待する」


 湊の顔が熱くなる。

 でももう、誤魔化したくなかった。

「期待、してるのは俺もだし」


 夜風が吹く。

 ジョージが、ゆっくりこちらを見る。

 真っ直ぐな目。

 その視線に捕まると、もう逃げられない。


 するとジョージが、そっと繋いだ手を引いた。

「……こっち」


「え?」


 気づけば、縁側の影へ引き寄せられていた。


 距離が近い。

 近すぎる。


 ジョージの体温・暖かな匂いがわかる。


「湊、俺……今、すげぇ我慢してる」

 心臓が跳ねる。


「だから、これ以上可愛いこと言うな」


「か、可愛いって言うなって……」

 言い返そうとした瞬間。


 ジョージの指が、そっと湊の唇へ触れた。

「……っ」


 優しい触れ方。

 でも、熱い。


 ジョージは苦しそうに息を吐いた。

「ほんと危ない」


 その声に。

 湊は、自分まで息が苦しくなるのを感じていた。

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