第二話 突然の出会い
「……でか」
思わず漏れた声に、ジョージが小さく笑った。
「よく言われる」
怖そうな見た目なのに、笑い方は意外と柔らかい。
湊は少しだけ拍子抜けした。
父は淡々と説明を続ける。
「黒瀬には、しばらくお前の生活面を見てもらう。進学のことも含めてだ」
「いや、意味わかんないんだけど」
湊は笑ってしまった。
笑わないと、胸の奥のざらつきを誤魔化せなかった。
「俺、もう高校三年だよ」
「未成年だ」
父の声は変わらない。
「母親もいない。俺も今まで通りには動けない」
「だからって、知らない男を急に保護者にするとかある?」
視線だけでジョージを見る。
ジョージは気まずそうに眉を下げた。
「急なのは俺もわかってる」
「じゃあ断ればよかったじゃん」
少し刺々しい声になった。
でもジョージは怒らなかった。
ただ、まっすぐ湊を見る。
「断れなかった」
「なんで」
「放っておけなさそうだったから」
その一言に、湊はむっとした。
初対面で何がわかる。
自分のことなんて、誰もちゃんと見てこなかったくせに。
「……知ったようなこと言わないで」
するとジョージは、少しだけ困ったように笑った。
「うん。まだ知らない」
低く、静かな声。
「だから、これから知る」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
父が帰ったあとも、湊はしばらく眠れなかった。
離れの天井をぼんやり見上げる。
古い扇風機の音。
窓の外から聞こえる波音。
潮風で揺れるカーテン。
いつもの夏の夜。
なのに、今日は落ち着かなかった。
“保護者”。
意味がわからない。
しかも相手は、あんな目立つ男だ。
ジョージ・黒瀬。
名前を思い出しただけで、なぜか妙に耳へ残る。
怖そうなくせに、声は優しかった。
それが余計に調子を狂わせる。
「……なんなんだよ」
小さく呟いて寝返りを打つ。
すると、その時。
――コンコン。
窓が軽く叩かれた。
「!?」
湊は飛び起きた。
恐る恐るカーテンを開ける。
窓の外。
そこに立っていたのは、ジョージだった。
「……は?」
思わず変な声が出る。
ジョージは少し困ったように笑った。
「悪い、起きてた?」
「いや、なんでいるの!?」
「これ」
ジョージが片手を上げる。
コンビニ袋。
中にはラムネとアイスが入っていた。
「ばあちゃんから、“あの子絶対まだ起きてるから持ってけ”って」
湊は一瞬黙る。
……余計なことを。
でも、少しだけ胸の奥が緩んだ。
ジョージは窓越しに袋を差し出す。
「食う?」
「……太る」
「若いんだから気にすんな」
即答だった。
「ちゃんと飯食ってる?」
「食ってるし」
「嘘っぽい」
「なんでだよ」
やり取りしながら、湊は少し不思議な気分になる。
初対面のはずなのに。
ジョージは妙に自然に、この空間へ入ってくる。
まるで前から知っていたみたいに。
「……入る?」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
自分でも少し驚く。
ジョージも一瞬目を見開いた。
「いいのか」
「窓の外で立ってるほうが怖い」
言うと、ジョージが低く笑った。
その笑い声は、夜の海みたいに静かだった。
◇
「狭」
離れへ入ったジョージの第一声だった。
「悪かったな」
「いや、秘密基地っぽい」
そう言いながら、ジョージは天井へ頭をぶつけそうになっている。
本当にでかい。
湊は思わず吹き出した。
「……笑ったな」
「だって似合わなすぎる」
昼間の印象だと、もっと近寄りがたいタイプだと思っていた。
なのに今は。
コンビニ袋を抱えて、狭い離れに座っている。
そのギャップが妙におかしかった。
ジョージは床へ胡座をかきながら、ラムネ瓶を差し出してくる。
「ほら」
「ありがと」
瓶が触れる。
ひやりと冷たい。
窓の外からは海の音。
遠くには、ライトアップされた夜のプール。
しばらく二人で無言のままラムネを飲んだ。
嫌な沈黙じゃなかった。
むしろ、不思議と落ち着く。
するとジョージがぽつりと聞く。
「毎年ここ?」
「ん?」
「夏」
湊はラムネ瓶を揺らしながら頷く。
「小さい頃からずっと」
「一人で?」
「ばあちゃんはいるけど」
でも、本当の意味ではずっと一人だった。
そういう言葉は飲み込む。
するとジョージが静かに言った。
「……寂しそうだなって思った」
胸が止まる。
「昼間」
ジョージは湊を見ていた。
「周りに人いっぱいいるのに、ずっと一人でいる顔してた」
図星だった。
湊は視線を逸らす。
「……観察しすぎ」
「目立つから」
「それ褒めてないだろ」
「褒めてる」
さらっと返される。
その時。
潮風が強く吹いた。
カーテンがふわりと舞い上がる。
ジョージの髪が揺れる。
夜の光の中で見ると、その顔は昼間よりずっと綺麗だった。
思わず見とれてしまう。
すると。
「……なに」
視線がぶつかる。
ばれていた。
「別に」
慌てて逸らす。
でもジョージは小さく笑った。
「顔、赤い」
「暑いだけ!」
「へえ」
絶対信じてない。
湊はむっとしてラムネを飲み干した。
するとジョージが、ふっと目を細める。
「湊」
低い声。
「今年の夏、楽しくなるかもな」
その言葉に。
なぜか胸が、少しだけ熱くなった。




