表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/77

第74話 限界の先へ

 ヴァニラが面制圧で焼き払った、百を超えるオーガの屍。

 その黒焦げの山を背にして、レスターは二体のオーガ族長(ヘッド)と対峙していた。


 手にしているのは、倒したオーガ族長(ヘッド)から奪った大剣。

 鉄塊と言った方が近いほど無骨で、重く、刃こぼれだらけの武器だった。


 いつもの彼の戦い方ではない。

 今のレスターは、血に濡れた大剣を振り回し、荒々しく前へ出ている。


「はぁっ!」


 大剣が唸る。

 オーガ族長(ヘッド)の一体が、巨大な剣でそれを受けた。


 金属がぶつかる鈍い音が響き、レスターの腕に衝撃が走る。


 だが、押し負けない。

 全身に纏った剛闘気(ハイブレイブ)が、レスターの力を無理やり引き上げていた。


 パワーだけなら、どうにか五分。

 それに加えて、二体のオーガ族長(ヘッド)は連携らしい連携ができていなかった。


 互いに相手を押しのけるように前へ出る。

 片方が斬り込めば、もう片方の進路を塞ぐ。


 その粗さのおかげで、レスターは辛うじて戦えていた。


 だが、それだけだ。

 二体を同時に相手にするには、思考も体力も削られすぎる。


 右から来る大剣を避け、左から迫る拳を大剣の柄で受ける。

 その反動で後ろへ下がり、足元のぬかるみに踵が沈む。


 血、泥、焼けた肉。

 踏み荒らされた地面は、まともな足場ではなくなっていた。


 レスターの息は荒い。

 視界の端が暗くなり始めている。


 それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


 背後にはヴァニラ、さらに後ろにはエリシアと負傷者たちがいる。

 ここを抜かれれば、終わってしまう。


「まだ……!」


 レスターは大剣を振るう。

 一体のオーガ族長(ヘッド)の肩を浅く裂いた。


 だが、致命傷には遠い。


 反撃の横薙ぎを身を屈めて避ける。

 その瞬間、もう一体が上から剣を振り下ろしてきた。


「っ!」


 レスターは横へ跳ぶ。


 だが、着地した足がぬかるみに取られ、膝が落ちる。


 ほんの一瞬。

 それだけで十分だった。


 オーガ族長(ヘッド)の濁った目が、好機を捉える。

 巨大な剣が振り上げられた。


「レスターくん!」


 ヴァニラが叫ぶ。


 魔力はほとんど残っていない。

 さっきの面制圧で、彼女は限界まで火力を吐き出した。


 それでも杖を握り、絞り出す。


 ほんの一発。

 なけなしの火を。


「――火炎(フレイム)!」


 小さな火球が飛んだ。

 普段のヴァニラなら、比較にもならないほど弱い火炎。


 だが、それはオーガ族長(ヘッド)の顔面で弾けた。


『グォッ!?』


 巨体がわずかに怯む。

 その隙に、周囲の兵士や勇者たちが飛び込んだ。


「レスターを守れ!」

「割って入れ!」

「今だ、押し返せ!」


 盾を持った辺境軍の兵士が、レスターとオーガ族長(ヘッド)の間に滑り込む。

 別の勇者が折れた槍を構え、足元へ突き出す。

 何人もが、必死に壁を作った。


 その中に、見覚えのある男がいた。

 昨夜、酔ってヴァニラに絡んだ兵士。

 あの時、レスターに殴り飛ばされた男だった。


 彼は顔を青ざめさせながらも、盾を構えて前へ出ていた。


「っ、通すかよ……!」


 震える声。

 それでも、逃げてはいなかった。


 オーガ族長(ヘッド)の剣が盾列にぶつかる。

 兵士たちがまとめて押し込まれ、何人かが吹き飛ばされる。


 だが、その数秒が、レスターを立ち上がらせる時間になった。


 ヴァニラは荒い息をしながら、レスターへ駆け寄った。


「レスターくん!」

「ヴァニラ……ありがとう」


 レスターは膝をついたまま、かすかに笑った。


 顔は血と泥で汚れている。

 肩も腕も傷だらけ。

 剛闘気(ハイブレイブ)の光も、最初より明らかに薄い。


「もう……」


 ヴァニラの声が震えた。


「もういいよ……このままじゃ」


 ――死んでしまう。


 その言葉は、声にならなかった。言いたくなかった。


 レスターはゆっくりと首を横に振る。


「僕は逃げないよ」

「でもっ……!」

「自分の役割を果たすって決めたから」


 その声は弱い。

 けれど、折れてはいなかった。


 ヴァニラは唇を噛む。


 どうして。

 どうしてこの人は、こんな時まで優しく笑えるのだろう。

 どうして自分が壊れそうなのに、後ろの誰かを守ろうとするのだろう。


 レスターは、大剣を支えにして少しだけ身体を起こした。


「ヴァニラ」

「……なに?」

「一つ、お願いしてもいいかな……?」


 ヴァニラは涙を堪えながら頷く。


「この大剣に、火炎(フレイム)を付与してほしいんだ」

「そ、そんなの――」


 できない。

 そう言いかけて、ヴァニラは止まった。


 自分の杖から魔法を放つのとは違う。

 カレンのように、剣へ属性を纏わせる訓練を積んできたわけでもない。


 失敗するかもしれない。

 暴発するかもしれない。

 レスターを傷つけるかもしれない。


 けれど、やったことがないからできないとは、言えなかった。


 レスターが頼んでいる。

 今、自分にできることを、信じてくれている。


 ヴァニラは震える手で杖を握り直した。


「分かった」


 深く息を吸う。


「やってみる」


 レスターは頷き、大剣を地面へ突き立てるようにして差し出した。


 ヴァニラはその刃へ杖先を向ける。


 火を、放つのではない。

 刃に沿って纏わせる。


「――火炎(フレイム)


 小さな炎が灯った。

 それは一瞬だけ揺らぎ、すぐに大剣の刃へ絡みついた。


 赤い炎が、無骨な鉄の刃を包む。


 ――成功した。


 ヴァニラ自身が、驚いたように目を見開く。


「できた……」

「流石はヴァニラだ」


 レスターは少しだけ笑った。


「これで、少しはカレンにあやかれるかな」


 火炎(フレイム)を付与したからといって、劇的に強くなるわけではない。

 二体のオーガ族長(ヘッド)を相手にできる保証など、どこにもない。


 それでも、レスターにとっての勝利のイメージは、カレンだった。


 燃える刃で前へ出る。

 恐れず、迷わず、敵を斬る。


 その背中を、レスターは何度も見てきた。

 今だけは、そのイメージにすがりたい。


「うわあああ!」

「クソがッ!」


 目の前で、兵士や勇者たちが吹き飛ばされた。

 昨夜の兵士も腹から多量の血を流しながら地面を転がっている。


 もう自分が助からないことを悟りながら、それでも彼は叫ぶ。


「行け……! 勇者!」


 レスターは震える膝を押さえ、立ち上がった。

 燃える大剣を両手で握る。


 二体のオーガ族長(ヘッド)が、同時に咆哮した。


「「グオオオオオオオオオオオオオッ!」」


 レスターも、息を吸う。

 喉が焼けるように痛い。


 それでも、声を出した。


「はあああああああああああっ!」


 二体の巨体が迫る。

 片方は右から大剣を振るい、もう片方は左から拳を叩き込もうとする。


 レスターは前へ出た。


 ――逃げない。


 燃える大剣が、右から来る刃とぶつかる。

 火花と炎が散った。


 レスターは歯を食いしばり、剛闘気(ハイブレイブ)をさらに奥へ押し込む。


 足りない……まだ足りない。


 みんなを守るために。

 目の前の敵を倒すために。


 もう一段。

 もう一歩。

 限界の先へ。


「――覇闘気(オーバーブレイブ)ッ!」


 レスターの全身から、荒々しい光が噴き上がった。

 それは剛闘気(ハイブレイブ)よりもさらに濃く、激しい。


 一瞬だけ身体が軽くなり、世界が遅く見える。


 レスターは燃える大剣を横へ薙いだ。


 一体目のオーガ族長(ヘッド)の胴体が、真っ二つに裂けた。

 炎を纏った刃が肉と骨を断ち、巨体の上半身がずれ落ちる。


 周囲が息を呑む。


 ヴァニラも目を見開いた。


「レスターくん……!」


 レスターは止まらない。

 そのままの勢いで、二体目へ向かう。


 もう一撃。

 もう一体。


 レスターは大剣を振り上げた。


 その瞬間だった。


 二体目のオーガ族長(ヘッド)の刃が、先に届いた。


 レスターの右腕が、肩口から先で宙へ跳ね飛ばされた。


 血が舞い、握っていた燃える大剣も、腕とともに地面へ落ちる。


「……え」


 ヴァニラの声が漏れた。


 レスターは自分の右側を見ることすらできなかった。

 痛みより先に、身体が傾く。


 そして、二撃目。

 オーガ族長(ヘッド)の大剣が、レスターの腹を貫いた。

 背中へ抜けるほど深く。

 血が噴き出し、レスターの身体が刃に持ち上げられるように揺れた。


 時間が、止まったように見えた。


 ヴァニラの杖が、手から滑り落ちる。


 目の前で、レスターが貫かれている。

 右腕がない。

 腹から血が溢れている。


 その事実を、頭が拒絶する。


「いやああああああああああああ!」


 ヴァニラの絶叫が、一帯に響き渡った。


 淡い癒光が、エリシアの錫杖の先で揺れる。

 そして、彼女は振り返る。


 遠く、炎と土煙の向こう。

 ヴァニラの悲鳴がした方向へ。


 別の場所で、ゼストとカレンの耳にも、その悲痛な叫びは届いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ