第72話 一撃と一発
ゼストは濃紺の短剣を腰の鞘へ戻した。
その動きを見て、パームがきょとんと目を丸くする。
「へ~」
大斧を肩に乗せたまま、彼女は楽しそうに笑った。
「簡単に近距離捨てるんだぁ」
ゼストは答えず、背中のホルダーからロッドを引き抜く。
短剣では届かない。
短剣では受けられない。
なら、戦い方を変えるしかない。
パームは風の魔力が宿る大斧を振るった。
薄緑の風刃が、地面を裂きながら飛んでくる。
ゼストはロッドを構えた。
「――群火炎!」
複数の火球が展開され、迫る風刃へぶつかる。
火と風が衝突し、爆ぜるように散った。
熱風が吹き、土煙が舞う。
その隙に、ゼストはさらにロッドを地面へ向けた。
「――群地槍!」
パームの足元から、複数の土槍が突き上がる。
だが、パームは軽く跳んでそれをかわした。
空中で身体をひねり、大斧を振るう。
風刃がまた飛び、ゼストは後退しながら火炎で相殺した。
パームは楽しそうに笑う。
「近づけないつもり?」
「そのつもりだよ」
「でもさ」
パームの姿が、土煙の中から消える。
次の瞬間、彼女はゼストの正面へ一気に距離を詰めていた。
「ロッドに持ち替えたってことは、近づけば終わりってことでしょ?」
ゼストは即座に地面を蹴るが、パームの踏み込みの方が早かった。
大斧が大きく振りかぶられる。
「もらいッ!」
パームが笑う。
その瞬間、ゼストは一歩前へ出た。
「――剛闘気」
全身に、瞬間的に濃い闘気が走る。
パームの大斧が振り下ろされるより早く、ゼストはその懐へ滑り込む。
大斧の間合いの内側。
パームにとって、最も振りにくい距離。
「え――」
彼女の表情が変わる。
ゼストは両手でロッドを握り、腰を捻った。
そして、闘気を乗せたロッドを、パームの腹部へ思い切り叩き込んだ。
「おぇっ……!」
鈍い音がした。
小柄な身体が、くの字に折れる。
そのままパームは地面を転がり、数歩先でうずくまった。
大斧が手から離れ、土の上へ落ちる。
「っ……が……」
パームが腹を押さえ、血を吐いた。
内側を潰されたのだろう。
先ほどまでの無邪気な笑顔は消え、呼吸が荒く乱れている。
ゼストはロッドを握ったまま、ゆっくりと歩み寄った。
「やっぱりな」
パームは膂力も速度も高い。
大斧の扱いも上手い。
だが、自分が優勢だと思った瞬間、踏み込みが雑になる。
相手を仕留めることばかり考え、返しの一手への警戒が薄れる。
そこだけが、勝ち筋だった。
「う、そ……」
パームは顔を上げる。
腹部の痛みと、初めて本気で追い詰められた恐怖。
それが少女の顔に浮かんでいる。
ゼストは一瞬だけ眉を寄せた。
見た目だけなら、ただの子どもに見える。
けれど、その手はすでに多くの人間を殺していた。
ソーラの仲間たち。
前線の勇者たち。
辺境軍の兵士たち。
泣いたところで、それは消えない。
ゼストはうずくまるパームの前に立った。
「見た目が子どもだから少し心が痛むが……」
ロッドの先を、パームの口元へ向ける。
パームの表情が凍った。
「っ!」
「お前も、俺たちの仲間をいっぱい殺してるもんな」
パームは首を振ろうとした。
だが、腹部の痛みでまともに動けない。
ゼストはロッドの先を、彼女の口へ押し込んだ。
パームの目が恐怖に見開かれ、涙が浮かぶ。
その小さな手で必死にロッドを押し返そうとするも、力が入っていない。
ゼストの目は冷たかった。
「――灼火炎」
青い極限の業火が、ロッドの先から放たれた。
炎は外側からではなく、パームの内側から広がる。
「――っ、あああああああああああああッ!」
くぐもった悲鳴が、戦場に響いた。
パームの身体の内側で青い炎が爆ぜ、口元から、鼻から、傷口から炎が噴き出す。
片翼が大きく痙攣した。
小柄な身体が地面をのたうつ。
必死に逃げようとする。
だが、ゼストはロッドを離さなかった。
炎がさらに強くなる。
パームの悲鳴が途切れ、やがて身体の動きが止まった。
青い炎が収まる頃、そこに残っていたのは、黒く焼けた小さな骸だけだった。
ハイポリオン家継承順位第5位、パーム・ハイポリオンはそこで絶命した。
一瞬、戦場の一角が静まり返る。
そして、誰かが叫んだ。
「倒した……!」
「ハイポリオン家の幹部を倒したぞ!」
「銀鍵同盟がやった!」
中衛に、歓声が広がる。
崩れかけていた魔法使い部隊に、わずかながら力が戻った。
辺境軍の兵士たちも、武器を握り直す。
幹部を倒せる。
そう分かっただけで、戦場の空気が変わった。
ゼストはロッドを引き戻し、息を吐いた。
その横へ、カレンが駆けてくる。
周囲にいた剣使いのオファルの魔影分体は、すでに彼女の紅椿によって斬り伏せられていた。
「やったわね、ゼスト」
「ああ」
ゼストは短く頷く。
「オファルの方は?」
「本体は見失ったわ。たぶん逃げたわね」
カレンは周囲を見る。
オファルの分身はまだ中衛の各所に残っているが、もう増える気配はない。
「そうか……」
ゼストは少しだけ悔しそうに目を細めた。
オファルまで仕留められれば、ここで一気に流れを掴めた。
だが、パームを倒しただけでも、意味は大きい。
「ここから一転攻勢だな」
「そうね」
カレンも頷いた。
――その時だった。
後方から、息を切らした伝令兵が駆け込んできた。
「伝令! 後方基地に敵襲!」
ゼストとカレンの顔色が変わる。
「敵襲?」
「戦線を迂回したオーガ部隊です! オーガ将軍を含む大部隊が、前線基地を襲撃中!」
「……!」
カレンが息を呑む。
ゼストの脳裏に、すぐに三人の顔が浮かんだ。
後方基地には、銀鍵同盟の三人がいる。
「レスターたちが危ない……!」
ゼストは振り返る。
「ミラさん!」
近くで指揮を執っていたミラが、すでにこちらを見ていた。
彼女は弓を握ったまま、迷わず叫ぶ。
「早く助けに行きなさい!」
「でも、中衛は――」
「貴方たちはプロとして幹部討伐を果たした」
ミラの声が強くなる。
「後のことは、私たちに任せなさい」
「助かります……行くぞ、カレン」
「うん……!」
二人は同時に駆け出した。
崩れた高台の残骸を越え、負傷者を避け、後方基地へ向かって走る。
中衛の背後では、ミラの声が響いた。
「立て直すわよ! こっちも踏ん張りなさい!」
その声を背に、ゼストとカレンはさらに速度を上げる。
後方基地にいるレスターたちのもとへ。
もう誰も失わないために。




