第71話 大斧のパーム
同じ頃、中衛では。
ゼストとカレンは、二人のハイポリオン家幹部を前にしていた。
オファル・ハイポリオン。
パーム・ハイポリオン。
中衛を破壊し尽くした無尽蔵の魔力を持つ男と、Cランク4位の殿上命令を壊滅させた大斧の少女。
どちらか一人でも厄介だというのに、その二人が同時にこちらへ向いている。
パームが大斧を肩に乗せたまま笑う。
その横で、オファルは折れたロッドを捨て、口元の血を拭った。
「ったく……久しぶりに焦ったぜ」
彼の背後に、黒い影が滲む。
影は人の形を取り、次々とオファルの姿へ変わっていった。
「――魔影分体」
ゼストの目が鋭くなる。
オファルの背後に生まれた分身は、数え切れないほどいた。
無尽蔵の魔力を源泉に、影の分身が次々と増えていく。
そのほとんどの分身は中衛へ向き直り、魔弾を生成し始める。
高台を失い、陣形を立て直そうとしていた魔法使い部隊へ、再び無属性の魔弾が降り注いだ。
「また来るぞ!」
「魔力干渉を張れ!」
辺境軍の魔法使いたちが必死に防御へ回る。
雨ノ御矢のミラも、弓を引きながら声を張った。
「散りなさい! 一か所に固まったらまとめて吹き飛ばされるわ!」
中衛はまたしても混乱に呑まれかけていた。
そして、オファルの分身のうち四体が、カレンへ向いた。
それぞれが魔法で鋼鉄の剣を生成し、その身体に闘気を纏った。
「来る……!」
カレンは紅椿を構える。
四体の分身が、同時に踏み込んだ。
カレンは一体目の斬撃を弾き、二体目の突きを半身でかわす。
三体目が横から斬り込んでくる。
紅椿を返して受け、足元を滑らせるように後退した。
オファル本人の剣技は高くない。
その影響なのか、分身たちの動きにも洗練された剣士の技はなかった。
だが、闘気によって力そのものが底上げされているため、雑に振るわれた剣でも受ければ重い。
四体で囲まれれば、単純な技量差だけでは押し切れない。
「邪魔よ!」
カレンは紅椿へ魔力を通す。
紅蓮の刀身が熱を帯びた。
「――爆火炎!」
斬撃と同時に爆炎が弾ける。
一体の分身が胴から吹き飛び、黒い影となって霧散した。
だが、すぐに別の分身が補充される。
オファル本体は、既にどこにいったのか分からない。
自らと瓜二つの分身に紛れてしまったため、潜伏しているのか、逃げたのかも見当がつかなかった。
「本当に、腹立つわね……!」
カレンは歯を食いしばる。
離れた場所では、ゼストがパームと対峙していた。
「あはっ!」
パームが大斧を振るう。
小柄な身体からは想像できないほどの膂力。
自分の体よりも大きな斧が、軽々と空気を裂いた。
ゼストは一歩引く。
大斧の刃が目の前を通過し、髪先がわずかに切れた。
「この勇者、結構やるじゃん!」
パームは楽しそうに笑う。
「さっきの雑魚たちより、ずっと速い!」
「そりゃどうも」
ゼストは濃紺の短剣を構えたまま、距離を保つ。
パームは力任せに大斧を振り回しているように見えるが、動きそのものは雑ではなかった。
踏み込みが鋭く、切り返しも早い。
大斧の重さに振り回されているのではなく、むしろ、大斧の重量を利用して攻撃の軌道を広げている。
ゼストの短剣では、まともに受ければ折れてしまう。
だから避けるしかないのだが、避け続けるだけでは勝てない。
パームとの速度はほぼ五分。
懐に入ろうとしても、大斧の間合いが広すぎる。
無理に踏み込めば、横薙ぎの一撃で胴を裂かれる。
そして、こちらは攻撃を受けて溜めを作ることもできない。
「レスターがいれば、もっと楽なんだけどな……」
思わず、心の声が漏れた。
パームは大斧を片手で回す。
その刃に、薄緑の魔力が宿った。
「そろそろ本気出しちゃおっかな!」
パームが笑う。
大斧に纏った風が、刃の周囲で唸り始めた。
次の瞬間、斧が振られると同時にゼストは横へ跳んだ。
だが、大斧そのものは届いていないはずの距離で、頬に鋭い痛みが走った。
薄く血が流れる。
風の刃――大斧の斬撃が、飛んできたのだ。
「おいおい……」
ゼストは舌打ちする。
パームは楽しそうにもう一度斧を振る。
今度は横薙ぎ。
大斧の軌道から、複数の風刃が飛んだ。
ゼストは身を低くして一つを避け、短剣に雷を纏わせて二つ目を弾く。
だが、三つ目が足元を削った。
土が弾け、体勢がわずかに崩れる。
「ほらほらほら!」
パームが連続で大斧を振り回すたびに風の刃が飛び、ゼストの逃げ道を削っていく。
ゼストが後ろへ跳んでかわすと同時に、背後で爆発音がした。
オファルの分身による魔弾が、中衛の一角をまた吹き飛ばしている。
視界の端で、魔法使いが倒れた。
辺境軍の工兵が仲間に引きずられて下がっていく。
ミラの矢が分身の一体を射抜いたが、すぐに別の影が補充された。
このままでは、首の皮一枚繋がっていた中衛が完全に崩壊する。
そして、ゼストはもう一つ気になるものを見た。
少し離れた地面にうずくまっている、殿上命令唯一の生き残り。
血と土にまみれたソーラは、剣を握ることもできず、虚ろな目をしていた。
戦意は、完全に折れている。
ソーラの様子を見る限り、彼が受け持っていた前線の一角は、すでに崩壊しきっているのだろう。
そのうち、そこを抜けたオーガの群れがさらに中衛へ流れ込んでくる。
時間をかければかけるほど、状況は悪くなる。
「あれれー?」
パームの声が近づく。
「よそ見してていいのかなぁ」
風刃が飛ぶ。
ゼストは即座に身をひねったが、完全には避けきれない。
肩口の布が裂け、血がにじむ。
続く二撃目を短剣で弾き、三撃目を地面に伏せるようにかわす。
顔のすぐ上を、風の刃が通過した。
背後の地面に深い切れ目が走る。
パームは無邪気に笑う。
その無邪気さが、ひどく不気味だった。
ゼストは呼吸を整えながら、短剣を握り直す。
――早めに決着をつけなければならない。
このまま距離を保って避け続けても、いずれ削られる。
かといって、普通に踏み込んでも大斧に潰される。
単純な近接戦闘では、短剣の間合いまで入る前に切り刻まれる。
なら、正攻法以外の道を探るしかない。
ゼストは周囲を見る。
崩れた高台の残骸。
地面に刺さった折れた槍。
魔弾で抉れた穴。
そして、カレンを囲む四体の分身。
その一瞬の観察で、いくつかの可能性が頭に浮かんだ。
ただし、どれも安全ではない。
失敗すれば、パームの大斧に胴を裂かれる。
それでも、賭けるしかなかった。
「賭けに出るしかないな」
ゼストは小さく息を吐いた。




