表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/77

第70話 砕ける盾

 レスターは、必死に耐えていた。

 目の前のオーガ族長(ヘッド)は、通常のオーガとはまるで違う。


 大剣が振るわれるたび、空気が唸る。

 受け止めるたびに、大盾越しに腕が痺れる。

 受け流すたびに、足元の土が削れる。


 レスターは意識のほとんどを防御に振っていた。


 オーガ族長(ヘッド)の猛攻を真正面から受け、逸らし、押し返し、ほんのわずかに隙を作る。

 そこへ、周囲の勇者や辺境軍の兵士たちが攻撃を差し込む。


「今だ!」

「足を狙え!」

「怯ませろ!」


 しかし、どれも致命傷には届かない。


 オーガ族長(ヘッド)は吠え、怒り、さらに力任せに剣を振るう。


「ぐっ……!」


 レスターは既に(ひしゃ)げている大盾で受けた。


 ――五分に見えているだけだ。


 レスター自身、それは分かっていた。


 自分一人では、このオーガ族長(ヘッド)には届かない。

 攻撃は周囲の勇者たちに任せて、全神経を防御に集中して……ようやく押し潰されずに済んでいるだけだ。


 実力差は、まだ大きい。

 けれど……それでも。


 レスターは大盾を握りしめた。


「来い……!」


 オーガ族長(ヘッド)が咆哮する。

 巨大な剣が、上段から振り下ろされた。


 レスターは受け流す。

 火花が散る。


 すぐに横薙ぎ。

 盾を斜めに立て、軌道を逸らす。

 衝撃で左足が滑りかけたが、踏み止まる。


 さらに、下からの切り上げ。


「っ――!」


 反応が、わずかに遅れた。

 これまで上段と横薙ぎを中心に受けていたレスターの盾の下へ、大剣が潜り込む。


 咄嗟に大盾を下げる。


 だが、角度が悪い。

 大剣が盾の縁を引っかけるように跳ね上げた。


「ぐあっ!」


 腕ごと持っていかれる形になり、レスターの手から大盾が離れた。


 象牙色の大盾が地面を転がる。

 銀鍵同盟のエンブレムが、泥と血の混じった地面に晒された。


「レスターくん!」


 ヴァニラの声が飛ぶ。


 レスターはすぐに腰へ手を伸ばした。

 防戦に集中するために抜いていなかった長剣を引き抜く。


 大盾を失った以上、背に腹は代えられない。

 長剣を構え、間合いを取る。


 だが、オーガ族長(ヘッド)は追撃しなかった。

 その濁った目が、地面に転がる大盾を見た。

 そして、ゆっくりと足を上げる。


「……やめろ」


 レスターの声が低くなる。


 オーガ族長(ヘッド)は、まるで意味を理解しているかのように口元を歪めた。


 次の瞬間――巨大な足が、大盾を踏みつけた。


 鈍い音がした。

 既に拉げていた象牙色の盾が、そこに刻まれた銀鍵同盟のエンブレムが。

 泥の中で潰され、さらに歪んでいく。


 オーガ族長(ヘッド)は、あえてもう一度力を込めた。


 盾が、完全に砕けた。


「……」


 レスターの中で、何かが静かに切れた。


 あれは、ただの盾ではない。

 銀鍵同盟の象徴が刻まれた、自分の役割そのものだった。


 それを踏み潰した。

 わざと、挑発するように。


「ふざけるな……」


 レスターの声が震えた。


「――ふざけるな!」


 その瞬間、レスターの全身を覆う闘気(ブレイブ)が、さらに濃くなった。

 淡い光が、強く、荒く、密度を増していく。


 呼吸が深くなり、視界が狭まる。

 耳に入る音が遠ざかる。


 自分の心臓の音だけが、はっきりと聞こえた。


 レスターは無意識のうちに、闘気(ブレイブ)を一段上へ引き上げていた。


 剛闘気(ハイブレイブ)

 カレンが戦場で纏っていた、あの強いオーラ。


 それが今、レスターの身体にも宿っていた。


「……!」


 オーガ族長(ヘッド)が、初めてわずかに動揺した。

 レスターの動きが、先ほどまでとはまるで違う速さに変わったからだ。


 それまで大盾を構え、防御に徹していた男が、長剣を手に一気に踏み込んでくる。


 オーガ族長(ヘッド)は大剣を振るおうとした。


 だが、その前にレスターが懐へ入る。


「はああああっ!」


 長剣が、オーガ族長(ヘッド)の胸へ突き刺さった。

 硬い筋肉を裂き、肋骨の間を割るように押し込む。


『グォッ……!?』


 オーガ族長(ヘッド)が呻く。


 レスターは止まらなかった。

 剣を突き立てたまま、全体重を前へかける。


 周囲の勇者たちが息を呑んだ。

 あれほど押し込まれていたレスターが、オーガ族長(ヘッド)を押している。


「倒れろ……!」


 レスターはさらに踏み込む。

 長剣を胸に突き刺したまま、身体ごとぶつかった。


 オーガ族長(ヘッド)の足が滑り、巨体が後ろへ倒れる。


 レスターはその上に乗りかかるようにして、オーガ族長(ヘッド)の胸部から剣を引き抜く。


 オーガ族長(ヘッド)はまだ生きていた。

 腕を振り回し、レスターを払いのけようとする。


 巨大な拳が横から迫る。

 レスターは身を低くして避け、無言で胸や腹を幾度も刺し続ける。

 暴れる腕を避け、血を浴びながら、それでも止まらない。


 オーガ族長(ヘッド)の動きが少しずつ鈍る。

 最後に、喉へ深く剣を突き立てた。


 巨体が大きく痙攣する。

 そして、動かなくなった。


 戦場の一角に、短い沈黙が落ちた。


 レスターは肩で息をしていた。

 象牙色だった装備は、自分の血とオーガ族長(ヘッド)の血で赤黒く染まっている。

 握っていた長剣も、半ばからひびが入っていた。


 周囲から、遅れて歓声が上がる。


「倒した……!」

「オーガ族長(ヘッド)を倒したぞ!」

「レスターがやった!」


 確かに、今この瞬間だけは、味方の目に力が戻った。


 だが、レスターは周囲を見渡し、すぐに現実を理解した。


 劣勢は、まだ覆っていない。

 いや、むしろ悪化している。


 オーガ族長(ヘッド)を一体倒しても、周囲にはまだ通常オーガとオーガ戦士(ソルジャー)が溢れている。


 死傷者も多い。

 エリシアの回復で立ち上がった者たちも、連戦で限界に近い。


「レスターくん!」


 ヴァニラが駆け寄ってくる。


「まだ動ける!?」

「大丈夫……!」


 そう答えた直後、レスターの膝が少し揺れた。


 ヴァニラが慌てて手を伸ばす。


 自分よりも小さな手。

 その手を借りて、レスターは立ち上がった。


「ありがとう」

「無茶しすぎだよ……」

「ごめん」


 レスターは短く謝り、すぐに前を見る。


「……劣勢だけど、残りの通常オーガと戦士(ソルジャー)クラスを倒せば、なんとか――」


 言いかけた、その時だった。

 先ほどオーガたちが来た方向とは、別の方向から悲鳴が上がった。


「南側だ!」

「新手が来たぞ!」

「嘘だろ……」


 レスターとヴァニラが同時に振り向く。


 補給用の荷馬車が並ぶ方向から、新たなオーガの軍勢が現れていた。

 しかも、その先頭には二体のオーガ族長(ヘッド)


「やっと倒せたのに……」


 近くの勇者が、絶望したように呟く。


「また族長(ヘッド)クラスかよ!」

「無理だ……もう持たねえ……!」


 士気が一瞬で揺らぐ。


 ヴァニラは杖を握りしめた。


「レスターくんのフォローだけに集中すれば――」

「――それだと、みんなを守り切れない」


 レスターは静かに言った。


 ヴァニラが顔を上げる。


「レスターくん……?」

「ヴァニラは、新しい軍勢への攻撃だけに集中するんだ」

「でも……!」

「今まで、ヴァニラの面制圧が活かせていなかった」


 敵味方が入り混じる戦場では、下手に大規模魔法を撃てば味方を巻き込む。

 だから、ヴァニラはレスターの周囲を守るための局所的な魔法に徹していた。

 それは必要なことだったが、本来の彼女の強みではない。


「あの迫ってきている軍勢になら、思い切って魔法を放てる」


 まだ距離があり、味方と接触していない。

 今ならヴァニラの最大限の火力を以てして、軍勢の進路そのものを焼ける。


 ヴァニラはレスターを見つめた。


 レスターはこの混乱の中で、想像していたよりずっと冷静に戦場を見ている。

 自分の役割だけでなく、ヴァニラの力をどこで使うべきかまで考えている。

 

「分かったよ。レスターくん」

「頼んだよ、ヴァニラ」


 レスターは長剣のひびが入った刃を見る。


「……限界か」


 レスターは長剣を地面に捨てた。

 そして、倒したオーガ族長(ヘッド)の手元へ歩く。


 そこには、分厚い刃の巨大な剣が落ちていた。

 オーガのために作られた無骨な大剣。


 彼はその大剣を引きずるように持ち上げた。


 周囲の兵士たちが息を呑む。


「おい、あれを使うのか……?」

「オーガの大剣を……レスターが……」


 レスターは新たに現れた二体のオーガ族長(ヘッド)を見据えた。


 大盾は砕けた。

 守るだけの戦いは、もうできない。


 なら戦い方を……自分が前に立つ意味を、変えるしかない。


「二体のオーガ族長(ヘッド)は、僕が倒す」


 レスターは大剣を構えた。

 血に染まった象牙色の鎧。

 砕けた盾の代わりに握る、敵の大剣。


 その姿は、もはやただの守り手ではなかった。


 彼は血に濡れた大剣を握りしめ、迫る二体のオーガ族長(ヘッド)へ向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ