第67話 怒りの弾幕
額から血を流し、頬にも石がかすめた裂傷を残した片翼の男、オファル・ハイポリオン。
彼がロッドを握る手に力を込めると、直後に無数の魔弾が生まれた。
「なっ……!」
魔法使いの一人が声を上げる。
辺境軍の魔力干渉が敷かれる前に、オファルは魔弾を放つ。
次の瞬間、魔弾が中衛の一帯に着弾した。
轟音が鳴り響き、土煙が巻き起こる。
地面が抉れ、高台の残骸が吹き飛んだ。
魔法使いたちが衝撃で転がり、辺境軍の工兵たちもまとめて押し倒された。
「ぐあっ!」
「伏せろ!」
「次が来るぞ!」
叫びが上がる間もなく、魔弾の雨が中衛を叩き続ける。
ゼストはロッドを構え、飛んでくる魔弾の一つを自らの魔弾で相殺した。
「こんな連射、ほぼ自爆みたいなもんだ!」
ゼストが叫ぶ。
「ええ……!」
ミラも弓を構えながら、顔を歪める。
「この調子じゃ、じきに魔力が尽きるわ!」
普通なら、そのはずだった。
これほどの数の魔弾を、この速度で、連続して撃ち続ける。
どれだけ高位の魔族であっても、魔力消費は無視できない。
怒りに任せた連射なら、すぐに限界が来る。
そう考えるのが自然だった。
しかし、魔弾の雨は止まらない。
中衛の地面が次々と抉れ、完全に原形を失っていく。
辺境軍と勇者たちの被害は増え続けるばかり。
「どういうこと!?」
カレンが叫ぶ。
「全然収まらないんだけど!」
オファルは荒れた息ひとつ見せず、ロッドを振るう。
「無尽蔵の魔力を持つ俺を怒らせたんだからな……」
オファルの背後に、また新たな魔弾が生まれる。
「しっかり報いは受けてもらうぜ」
魔弾が降り、中衛の一角が吹き飛んだ。
近くにいた魔法使いが腕を押さえて倒れ込む。
別の場所では、辺境軍の兵士が隣の仲間の身体を揺すって泣き叫んでいた。
「おい、起きろ! 起きろって!」
返事はない。
魔弾の直撃を受けた者は、ほとんど助からない。
直撃を避けても、爆風や破片で身体を裂かれる。
呻き声と悲鳴が、中衛のあちこちから上がった。
治療用天幕は後方にあるが、そこへ運ぶ余裕は一切ない。
中衛は、ほんの数分で凄惨な現場へ変わりつつあった。
ミラは歯を食いしばった。
オファル自身は、魔弾を放つためにほとんど防御へ魔力を割いていない。
周囲の魔力干渉も先ほどより弱っているため、攻撃すれば通る可能性はある。
だが、反撃する間がない。
弓を引く姿勢に入るだけで、死角から爆風に呑まれてしまう。
ゼストは周囲を見た。
このままでは、中衛が持たない。
魔法使い部隊が崩れれば、前衛への支援も消える。
敵の魔法も、オーガの後続も、止められなくなる。
そして何より、この弾幕の下にいる人間たちが死ぬ。
ゼストはロッドを背中のホルダーへ戻し、腰の濃紺の短剣を抜く。
それを見たカレンが、すぐに察した。
「……分かった」
彼女は紅椿の柄に手を添える。
ミラが鋭い目で二人を見る。
「ちょっと」
声が低くなる。
「このタイミングで中衛を離れる気? 冗談じゃないわ」
ゼストは短剣を握り直した。
「このままじゃ埒が明かない。俺とカレンで一気に距離を詰めて、あいつを倒します!」
ゼストの声が、魔弾の轟音の中でもはっきり響いた。
ミラの表情が険しくなる。
「いくらなんでも無茶よ!」
すぐ近くで魔弾が爆ぜ、土煙が三人を包む。
ミラは咳き込みながらも叫んだ。
「この弾幕の中、被弾したら死体すら残らないかもしれないわよ!」
「今やらないと中衛が全滅します!」
ゼストは退かなかった。
「とにかく、俺たちに任せてください!」
ミラは一瞬、ゼストとカレンを見比べた。
――ほかに手がないのは事実ね。
ミラは短く息を吐く。
「……分かったわ」
弓を握る手に力が入る。
「できる限りの援護はさせてもらう」
「助かります!」
ゼストは前を向く。
「行くぞ、カレン!」
「了解!」
二人は同時に駆け出した。
地面が爆ぜ、土が舞い上がり、熱を帯びた衝撃波が身体を叩く。
ゼストは短剣を手に、魔弾の軌道を読みながら走る。
当たれば終わり。
かすめても致命傷になりかねない。
それでも、足は止めない。
カレンも並走し、着弾の寸前で身を滑らせる。
爆風で外套が裂けるが、止まることはない。
「左!」
ゼストの叫びに呼応し、カレンは即座に左へ跳ぶ。
直後、さっきまでいた場所に魔弾が落ちた。
「前、低く!」
「分かってる!」
二人は崩れた高台の残骸を蹴り、さらに前へ出る。
「なんだ……?」
オファルが、接近してくる二人に気づいた。
顔に苛立ちが浮かぶ。
「まだ来るのかよ」
彼はロッドを振り、二人へ魔弾を集中させる。
だが、ゼストはすでに間合いへ入っていた。
濃紺の短剣に、青白い雷が走る。
「――轟雷撃!」
短剣に上級雷撃を付与し、ゼストは一気に斬り込んだ。
雷を纏った刃が、オファルの首筋へ走る。
オファルは咄嗟にロッドを横に構えた。
刃とロッドが激突し、凄まじい雷鳴が轟く。
オファルのロッドが、中央から砕けた。
「ぐっ……!」
ロッドを破壊された衝撃で、オファルの体勢が崩れる。
ゼストの一撃は防がれた。
だが、それは本命ではない。
オファルの懐へ、カレンが飛び込んでいた。
「はあッ!」
紅椿の刀身に、爆ぜる炎が宿る。
「――爆火炎!」
カレンの斬り上げ。
紅蓮の刀身が目の前の胴を裂こうとする。
絶体絶命の状況に、オファルの顔が歪んだ。
「くっ!」
その瞬間――カレンの剣が、何かに阻まれた。
金属がぶつかるような、重い音。
爆炎が弾けたにもかかわらず、刃は届かない。
カレンは即座に身を引き、ゼストのいる側へ跳んだ。
「何……?」
二人の視線の先に、小柄な堕天使族が立っていた。
十代半ばほどの少女のような見た目。
背には片翼。
そして、自分の身体より大きな斧を軽々と握っている。
その大斧の刃が、カレンの紅椿を受け止めていた。
「おまたせ、ざこざこのオファル兄」
少女はにこにこと笑った。
オファルは砕けたロッドを手に、舌打ちする。
「生意気だが……今日は許す」
ハイポリオン家継承順位第5位、パーム・ハイポリオン。
ゼストは短剣を構えたまま、目を細める。
「待て……そいつは……」
パームが持っているのは、大斧だけではなかった。
もう一つ。
いや。
もう一人。
彼女は片手で、ぼろぼろになった人間を掴んでいた。
「ああ、これ?」
パームは軽い調子で、その人物を前へ放り投げた。
地面へ転がったのは、殿上命令のリーダーであるソーラだった。
甘い香水の匂いを纏っていた色白の男は、今や血と土にまみれ、鎧も砕け、見る影もなかった。
カレンが息を呑む。
ソーラは震える唇を動かした。
「奴に……殺られた……みんな……俺の仲間がぁ……」
その言葉に、ゼストとカレンは戦慄した。
Cランク4位のプロ勇者パーティ。
その仲間たちが、殺された。
この小柄な少女のような魔族に。
パームは大斧を肩に乗せ、楽しそうに首を傾げる。
「雑魚狩りも飽きたし……」
その目が、ゼストとカレンを見た。
「ようやくアタリが引けたって感じかな~」
無邪気な笑顔が、逆に恐ろしかった。
オファルは折れたロッドを捨て、口元の血を拭う。
中衛を荒らした魔弾の主。
そして、Cランク4位のパーティを壊滅させた大斧の少女。
二人のハイポリオン家幹部が、ゼストとカレンの前に並ぶ。
パームは大斧をくるりと回した。
「じゃ、始めよっか?」
その声と同時に、戦場の空気がさらに冷たく張り詰めた。




