第66話 中衛崩壊
カレンが中衛にたどり着いた時、そこはすでに崩壊しかけていた。
土属性魔法で作られていた高台が、轟音とともに次々と砕けていく。
高所から弾幕を張っていた魔法使いたちが地面へ飛び降り、工兵たちが必死に足場を補修しようとしている。
だが、補修が追いつくよりも早く、敵の無属性魔弾が撃ち込まれていた。
「何……これ」
カレンは思わず息を呑んだ。
中衛の要である高台が壊され、弾幕の密度が落ち、敵がさらに近づいてくる。
「カレン!」
声がした方にカレンが振り向くと、崩れた高台の近くにゼストがいた。
ロッドを手に、敵の魔弾を撃ち落としながらこちらへ駆けてくる。
「ゼスト……いったいどうなってるの!?」
「ハイポリオン家の幹部が現れたみたいだ」
ゼストが指した敵陣の中心には、片翼の人型魔族がいた。
オールバックの髪に薄く笑う整った顔。
ロッドを手にし、周囲の堕天使族たちを従えている。
彼がロッドを振るたび、無属性の魔弾が生まれ、中衛の高台を破壊していた。
「あれが……」
「ハイポリオン家の幹部だろうな」
ゼストは短く言った。
そして、すぐにカレンへ視線を戻す。
「それより、レスターは?」
「エリシアが来てくれて、それで……」
カレンは早口で経緯を話した。
ゼストは黙って聞いてから、少しだけ息を吐く。
「そうか、エリシアが……」
その声には、わずかな安堵があった。
「なら、こっちは心置きなく戦えるってわけだ」
カレンは頷いた。
「ええ」
罪悪感はまだ胸に残っている。
レスターに怪我をさせたことは消えない。
だが、今は立ち止まっている場合ではない。
エリシアが戻り、レスターは治療された。
ヴァニラも付き添っている。
なら、自分はここでやるべきことをやるだけだ。
「――撃て!」
ミラの声が戦場に響いた。
雨ノ御矢のメンバーたちが、各属性を付与した矢を一斉に放った。
同時に、周囲の魔法使いたちも攻撃魔法を放つ。
狙いは、敵部隊の中心にいるオファル。
そして、その周囲で魔力干渉を展開している堕天使族たち。
だが、攻撃は通らない。
敵部隊の前面に広がる歪んだ魔力の膜が、飛来する魔法と矢を絡め取る。
「くっ……!」
ミラが舌打ちする。
雨ノ御矢の属性付与した矢でさえ、完全には抜けない。
その光景に、ゼストは目を細めた。
「あの幹部以外の堕天使族も、相当練度が高いな」
「ミラたちの矢も通らないの?」
「普通なら、あそこまで止められない」
ゼストは敵部隊を見る。
魔力干渉は、単純な防御魔法ではない。
魔力に干渉し、構造を崩し、出力を乱す術だ。
魔法で作られた攻撃には強いため、属性を付与した矢も、魔力の干渉を受ければ威力や軌道が乱れる。
単純な火力勝負では、こちらが押し負けるだろう。
ゼストは少しだけ考えてから、ミラの方へ歩く。
「ミラさん」
「何?」
ミラは弓を構えたまま、短く返した。
「一つ、試したいことがあります」
「今よりマシになるなら聞くわ」
ゼストはミラの耳元で、手短に作戦を伝えた。
ミラの眉が少し上がる。
「……悪くないわね」
ミラは頷き、すぐに周囲へ向けて拡声魔法を使った。
「全員、聞きなさい!」
中衛の魔法使い、弓兵、工兵。
さらに周辺で待機していた前衛系の勇者たちが、一斉にミラを見る。
その内容に周囲が一瞬ざわめくが、ミラは構わず続けた。
ゼストもフォローを加えると、魔法使いたちの中に、理解した者が出始めた。
明らかに魔法とは縁のなさそうな前衛たちが、闘気を纏い、石を手に構えていた。
その頃、敵陣ではオファルが退屈そうにロッドを揺らしていた。
「なんつーか、一本調子だな」
人間側は魔法を撃つ。
自分たちは魔力干渉で消す。
その隙に、自分が魔弾で高台を壊す。
同じことの繰り返しに、少しばかり飽きてきた。
「懲りずに今度は石弾かよ……」
人間側から無数の石弾が上がる。
土属性魔法で生成された石弾。
だが、魔力で作られた攻撃である以上、結末は同じだ。
「消してくれ」
オファルが軽く命じる。
前面の堕天使族たちが一斉に魔力を展開した。
「――魔力干渉」
飛来する石弾が、次々と霧散していく。
魔力構造を崩され、形を保てなくなった石弾は、粉のように砕けて空中で消える。
――やはり通らない。
そう見えた。
だが、その中に、消えない石があった。
「……は?」
オファルの目がわずかに見開かれる。
魔力干渉の膜を抜けて、数個の石弾が突っ込んでくる。
それは魔法ではない。
ただの石。
高台の残骸を砕き、前衛たちが闘気で全力投球した実体の石だった。
「――やっば」
オファルは咄嗟に身体を逸らした。
頭部を狙って飛んできた石が、耳元をかすめる。
さらに別の投石が、額をかすめた。
しかし、避けられたのはオファルのみ。
前後左右の堕天使族たちに、超高速で投げ込まれた石弾が直撃する。
頭部が潰れたり、首が不自然な方向へ折れたり、さらに別の部下が胸を砕かれた。
このわずか数秒で、数名が即死する。
「なっ……!」
敵部隊に動揺が走る。
オファルの視線が、人間側へ向く。
そこにいたのは、魔法使いではない。
ロッドも持たず、詠唱もしていない。
闘気を纏った前衛たちが、石を拾い、構え、さらに投げようとしていた。
「本物の石弾を混ぜてきやがったか……!?」
オファルの声に、初めて苛立ちが混じった。
その瞬間、カレンが石を握り直す。
「今さら遅いわ……よっと!」
軽く言いながら、全身の剛闘気を腕に乗せる。
そして、石を投げた。
空気を裂き、一直線に敵部隊へ飛ぶ。
オファルはまたしても身を逸らすが、後方の部下が避けきれない。
石弾が肩から胸にかけて直撃し、身体ごと吹き飛ばした。
「続けろ!」
ゼストが叫ぶ。
魔法使いたちが再び石弾魔法を撃つ。
その中に、本物の石が混じる。
どれが魔法で、どれが実体か……見た目だけでは分からない。
堕天使族たちは魔力干渉を維持しながらも、実体弾への対応を迫られた。
その一瞬の迷いが、致命的だった。
数名の部下が倒れたことで、前面の魔力干渉が明らかに弱まる。
今までかき消されていた魔法が、その隙間を抜け始めた。
「通った!」
「今だ!」
「撃て撃て撃て!」
火球が敵部隊の足元で爆ぜる。
雷撃が一体の堕天使族の肩を貫く。
ミラの放った雷の矢が、防御の薄れた一点を正確に射抜いた。
敵部隊が初めて後退する。
「思ったより上手くハマったわね」
ミラが小さく言った。
ゼストはロッドを構えたまま、敵陣を見ている。
「あの幹部、意外と実戦経験が少ないんじゃないですかね」
「そう見える?」
「火力と技術は高い。でも、相手がセオリーにないことをしてきた時の対応が少し遅い」
ゼストは続ける。
「たぶん、今まで正面から火力で押せば勝てる戦場が多かったんでしょう」
「なるほどね」
ミラは矢をつがえ直した。
「なら、ここから徹底的に嫌がらせしてやりましょうか」
ここまで上手くハマるとは、ゼストも思っていなかった。
敵の魔力干渉を逆手に取る。
単純な策ではあるが、相手が自分の防御を過信していた分、効果は大きかった。
人間側の中衛に、わずかながら勢いが戻る。
崩れた高台の周囲で、魔法使いたちが再び陣形を立て直し始める。
工兵たちも、新しい足場を作り始めていた。
だが、喜ぶ暇はなかった。
敵陣の中心で、オファルがゆっくりと顔を上げる。
額から血が流れていた。
頬にも、石がかすめた傷がある。
先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは、もう消えていた。
代わりに、その表情にははっきりとした怒りが浮かんでいる。
「……舐めた真似を」
オファルがロッドを握り直す。
周囲の魔力が、急激に膨れ上がった。




