第59話 大火力の撃ち合い
伝令の声が前線基地に響き渡ってから、空気は一気に変わった。
それまで各所に散っていた勇者や兵士たちが、次々と定められた配置へ動き出す。
辺境軍の歩兵は隊列を組み、前衛へ。
荷馬車は補給路の後方へ下げられ、一部の回復役たちは治療用の大天幕へ集められる。
そして、魔法使いや弓兵たちは中衛へ。
銀鍵同盟も、前線基地を出て最前線へ向かう隊列の中にいた。
「私は、ここで別れるんだよね」
ヴァニラが杖を胸元に抱えながら言った。
彼女は中衛に残り、ゼストたちは前衛へ進む。
「第一波が終われば集合できるから、それまでの辛抱だ。定期的に俺が火炎を撃ち上げるから、それを目印に合流してくれ」
「うん。分かった」
ゼストの提案に、ヴァニラは小さく頷いた。
彼女の顔には緊張があるが、逃げ腰ではない。
自分が何をすべきか理解しているようだった。
「中衛とはいえ、敵も来るかもしれないから、無理はしちゃダメだよ?」
「う、うん……ありがとう!」
レスターの気遣いに、ヴァニラの頬がわずかに赤くなる。
昨夜のことを思い出したのかもしれない。
レスターは気づいていないようだが、カレンはちらりとその様子を見て、何か言いたげに目を細めた。
「じゃ、頑張ってくるね」
ヴァニラはそう言って、魔法使い部隊の集まる方へ駆けていった。
小さな背中が、人の波の中に混じっていく。
ゼストは前を向く。
「俺たちも行くぞ」
前衛へ向かう隊列は、すでに動き始めていた。
辺境軍の兵士たちが槍や盾を構え、Dランク勇者たちがその隙間を埋めるように進む。
そのさらに前後を、Cランク以上のプロ勇者が遊撃として動いていた。
ゼスト、カレン、レスターも、その流れに乗って前へ進む。
やがて、視界の先に敵影が見えた。
灰色の大地を埋めるような巨体の群れ――オーガだ。
その背後には、片翼を持つ人型の魔族――堕天使族。
魔族軍は、一定の速度を保ちながらこちらへ進軍していた。
「……多いわね」
カレンが低く呟く。
「地平線が動いてるみたいだ」
レスターも大盾を構え直した。
ゼストは目を細める。
その直後――人間側の後方から、無数の光が空へ上がった。
火球、氷槍、雷撃、風刃、石弾。そして矢。
規模も威力もさまざまな遠距離攻撃が、前衛の頭上を越えて飛んでいく。
辺境軍と職業勇者の魔法使いたちや、弓兵たち。
彼らが共同で張った弾幕だった。
空を埋めるように放たれた攻撃が、敵軍へ降り注ぐ。
だが、魔族側も黙ってはいなかった。
堕天使族たちが同じように魔法を放つ。
それらが人間側の魔法と空中でぶつかり合ったことで、爆発が起きた。
戦場の上空は、巨大な魔法の撃ち合いの場になっていた。
しかし、すべてを相殺できるわけではない。
空中の撃ち合いから漏れた属性魔法や矢が、前衛の上にも降ってくる。
「僕の影に!」
レスターが大盾を掲げた。
ゼストとカレンは即座にその後ろへ入る。
大盾に火の破片がぶつかり、火花が散った。
別の場所では、辺境軍の兵士たちが盾を並べて防御している。
勇者たちはそれぞれ避けたり、武器で弾いたりしていた。
「しばらくこれが続くってわけね」
カレンが大盾越しに空を見上げる。
『足を止めるな!』
戦場全体へ、ハイパーの拡声された声が届く。
『撃ち合いが終われば、すぐに白兵戦だ!』
頭上では大火力がぶつかり合い、足元では地鳴りのように軍勢が前進している。
ゼストはロッドを握り、レスターの背中越しに敵軍を見た。
「ヴァニラ……任せたぞ……」
☆ ☆ ☆
中衛の魔法使い部隊は、前衛より少し後方に展開していた。
魔法使いたちは陣形を組み、指揮官の合図に合わせて魔法を放つ。
弓兵たちは高所や後列から矢をつがえ、魔力を付与した矢を敵陣へ撃ち込んでいる。
ヴァニラもその中で、杖を握りしめていた。
前方の空で、魔法同士がぶつかり合う。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
敵陣から放たれた巨大な赤黒い火球が、相殺をすり抜けて中衛へ向かって落ちてきた。
周囲の魔法使いたちが、一瞬ざわめく。
着弾すれば、この一帯の魔法使い部隊がまとめて吹き飛ぶ。
ヴァニラは反射的に杖を構えた。
「――陣灼火炎!」
白みを帯びた巨大な炎の壁が、空中へ広がる。
迫る赤黒い火球と、ヴァニラの炎が正面からぶつかった。
熱風とともに、火の粉が雨のように降る。
だが、敵の大火力魔法を空中で打ち消すことには成功した。
「助かった!」
「今の誰だ!?」
「銀鍵同盟のヴァニラだ!」
周囲から歓声が上がる。
ヴァニラは一瞬だけ目を丸くした。
自分の魔法が、誰かを守った。
それを実感して、胸の奥に小さな熱が灯る。
その時、上から鋭い声が降ってきた。
「――銀鍵同盟の魔法使い!」
「えっ、私ですか!?」
ヴァニラが顔を上げる。
少し離れた位置に、土属性魔法で隆起させた高台があった。
その上に立っていたのは、雨ノ御矢のリーダー、ミラだった。
長弓を背負い、戦場全体を見渡している。
「ちょっとこっちに来て!」
「は、はい!」
ヴァニラは促されるままに高台へ上がった。
足元は土属性魔法で固められており、見た目より安定している。
高台から見る戦場は、地上とはまるで違った。
味方の前衛と、敵のオーガ部隊。
その後方にいる堕天使族まで、すべてが一望できる。
ミラは戦場の右側を指した。
「右翼の弾幕が足りてないの」
見ると、確かに右側の攻撃密度が薄い。
敵のオーガ部隊の一部が、その隙間を突くように前進速度を上げている。
「あなた、結構やれそうだから、フォロー頼める?」
ヴァニラは一瞬、胸が跳ねた。
Bランク2位の実力者に認められた。
その事実が、素直に嬉しかった。
けれど、今は喜んでいる場合ではない。
「はい! 了解です!」
ヴァニラは高台を降りようとする。
しかし、ミラが止めた。
「下から行くと遅いわ」
ミラは近くにいた辺境軍の工兵へ視線を向ける。
「頼める?」
「了解しました!」
工兵が地に手をついて、すぐに土属性魔法を発動する。
「わっ!」
地面が唸り、ヴァニラのいる高台から右翼側へ、新たな土の高台が生成される。
さらに、その二つを結ぶように横軸の土梁が伸びていった。
細い橋のようだが、表面はしっかり固められている。
わずかな時間で、高所移動用の通路が作られた。
ヴァニラは思わず目を見開く。
派手な攻撃魔法ではないが、この練度の高い魔力操作は見事だった。
「すごい……」
「渡ってください!」
「あ、ありがとうございます!」
ヴァニラは土梁を渡り、数十メートル右翼側に新しく作られた高台へ、素早く移動した。
足元は少し高くて怖いが、やるしかない。
ヴァニラは杖を構え、右翼側から攻撃に参加する。
「――群爆火炎!」
複数の火球が敵の前列へ飛び、オーガたちの足元で爆ぜる。
巨体が揺らぎ、進軍速度が鈍る。
さらに、ヴァニラは火球を連続で放つ。
オーガの群れの進路を塞ぐように、爆炎を重ねていった。
その頃、元の高台ではミラが戦場全体を見下ろしていた。
「そろそろ私たちもいくわよ」
彼女は横にいた工兵へ声をかける。
「もう十メートルくらい上げられる?」
「はい!」
工兵が再び魔力を込める。
ミラたちのいる高台が、さらに上へ伸びた。
土の柱がせり上がり、雨ノ御矢のメンバーたちが戦場を見下ろす位置へ押し上げられる。
高台の上に並ぶ四人が、一斉に矢をつがえた。
火、風、雷、光。
それぞれの矢に、異なる属性魔力が宿っていく。
それに気づいた堕天使族たちが、ミラたちが立つ高台へ一斉に集中砲火する。
「雨ノ御矢を守れ!」
辺境軍の魔法使いたちが攻撃の手を止める。
そして、共同で魔法を展開した。
「――魔力干渉!」
複数人の魔力が重なり、敵の魔法へ干渉する。
飛来する魔法の軌道が揺らいだ。
火球は途中で歪み、黒い槍は形を崩し、雷は空中で散った。
完全に打ち消せないものもあるが、直撃は防いだ。
その隙に、ミラたちは矢を放つ。
四本の矢が、同時に空へ飛んだ。
それは通常の矢とは思えない速度で伸びていく。
戦場の上空を越え、遠く敵陣の中央付近まで飛翔した。
一拍の静寂。
次の瞬間、着弾。
火の矢が爆発し、風の矢が巨大な竜巻を生んだ。
雷の矢が落雷となって地面を裂けば、光の矢は白い閃光となり、範囲内の敵を消滅させた。
敵陣の一角が、まるごと削り取られる。
「す、すごい……」
右翼の高台から、ヴァニラは思わず呟いた。
Bランク2位。雨ノ御矢。
その名は伊達ではなかった。
それはまさしく、戦場を変える一撃だったが、それでも敵の進軍は止まらない。
焼かれた巨体を踏み越え、雷に裂かれた地面を越え、竜巻で散った土煙の中から、さらに次のオーガが現れる。
遠距離戦で相当な数を減らしているはずなのに、魔族軍全体の圧力はまだ衰えていなかった。
ヴァニラは息を整え、再び杖を構える。
「もう一回……!」
火球が飛び、雷が走り、矢が空を裂く。
魔法と魔法がぶつかり合う音が、戦場全体を揺らし続ける。
やがて、遠距離戦の密度が少しずつ落ち始めた。
互いに魔力を使い、弾幕を張り、相殺し合った結果、次の段階へ移る距離に入ったのだ。
前方で、地鳴りのような衝撃が起きた。
それは、人間側の最前線と、魔族軍の先頭がぶつかった音だった。




