第58話 Cランクのやりとり
「行こう」
ドミニクのブリーフィングが終わると同時に、ゼストはレスターへ声をかけた。
まずはテントに戻り、カレンとヴァニラに情報共有する必要があった。
ゼストとレスターが司令部の天幕から出ようとした、そのとき。
「――銀鍵同盟さん!」
明るい声が背後から飛んできた。
振り返ると、金髪のボブに切りそろえた少女が小走りで近づいてきていた。
年はゼストたちとそう変わらないか、少し下くらいに見える。
大きな瞳に、愛嬌のある笑顔。
しかし、その装備はきちんと整えられており、腰には細身の剣、背には小型の盾を背負っている。
彼女の後ろには、三人の女性勇者が並んでいた。
華やかだが、どこか計算された統一感のある女性だけのパーティだった。
「初めまして!」
金髪の少女は勢いよく頭を下げた。
「Cランク90位、箱入乙女のリーダー、フェイ・アーレです!」
「ああ、よろしく」
ゼストは差し出された手を握った。
箱入乙女。名前は聞いたことがあった。
Cランク下位ではあるが、女性のみのパーティとして一部で人気があり、護衛任務や支援任務を中心に堅実にSPを稼いでいるパーティだったはずだ。
「私たち、銀鍵同盟のみなさんに憧れてて……!」
フェイは両手を胸の前で握る。
「Fランク下位から一気にCランクまで上がって、しかも人型魔族の討伐まで成し遂げたって聞いて、すごいなって思ってたんです!」
「そ、そう……会えて嬉しいよ」
ゼストは少しだけ反応に困った。
フェイのテンションが妙に高かったからだ。
これから死線に立つ人間の態度としては、明るすぎる。
軽い、と言ってもいい。
ゼストの方がどうにも温度差を感じてしまう。
レスターも隣で穏やかに笑ってはいるが、少し戸惑っているのが分かった。
「それでですね」
フェイはさらに一歩近づいた。
「よかったら、一緒に戦いませんか?」
「え?」
ゼストの眉が動く。
「今回の相手って、ハイポリオン家の幹部もいるかもしれないじゃないですかぁ」
フェイは少しだけ声を潜める。
「私たちだけだと、ちょっと心細いなって。銀鍵同盟さんと組んだら、すっごく心強いと思うんです」
「……」
ゼストは、ほんの少しだけ面倒くさそうな目をした。
そして、横のレスターを見る。
レスターは困ったように笑っている。
断るべきか、話だけ聞くべきか。
そう考えた瞬間、別方向から低い声が飛んできた。
「騙されんなよ、銀鍵同盟」
その声の主は、がっしりした体格の男だった。
短く刈った茶髪に、無精髭。
背には大型の戦槌を担いでいる。
顔つきは荒っぽいが、目は意外なほど冷静だった。
「Cランク51位、大地の根のリーダー、コルトだ」
男――コルトは、フェイたちを横目で睨む。
「そいつら、色んなパーティと組んではSPのおこぼれを拾えるだけ拾って、用済みになったら使い捨てにしてきたような連中だ」
「ちょっと、コルトさん!」
フェイが抗議するように頬を膨らませた。
コルトは構わず続ける。
「どうせ協力とは名ばかりで、寄生されるだけだぜ」
ゼストはフェイへ視線を戻す。
「……と言っているけど、事実?」
「そんなわけないじゃないですかぁ!」
フェイは両手を振った。
「コルトさん酷いっ! 私たちはただ、みんなで協力して戦場を乗り越えたいだけなのに!」
「言い方は可愛いが、中身は信用できねえな」
コルトが鼻で笑う。
「ひどーい」
フェイは口では悲しそうに言いながらも、その目はまったく泣いていなかった。
ゼストはその様子を見て、内心でため息をつく。
「――底辺のやり取りって感じだな」
冷たい声が落ちた。
今度は、天幕の出口付近に立っていた男が口を開いた。
色白の肌に、丁寧に整えられた銀灰色の髪。
纏っている鎧は実戦用でありながら、装飾にもかなり金がかかっている。
Cランク4位、殿上命令のリーダー、ソーラ。
これで、今回招集されたCランク四パーティが、この場に揃ったことになる。
同じCランクとはいえ、その順位にも、雰囲気にも、大きな差があった。
「言ってくれるじゃねえか……」
コルトが低く唸る。
フェイも頬を膨らませた。
「ソーラさんも酷いよぉ」
「気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ」
ソーラはフェイへ冷たい目を向ける。
フェイは「はぁい」と軽く返した。
どう見ても反省していない。
ソーラはそれ以上フェイに構わず、まっすぐゼストの前に立った。
距離が近い。
甘い香水の匂いが、ゼストの鼻をかすめる。
レスターが少しだけ眉をひそめた。
ソーラはゼストを上から下まで眺めるように見たあと、静かに言った。
「一番目障りなのは、お前らだよ。銀鍵同盟」
「へえ」
ゼストは軽く首を傾げる。
「まだアンタらとは順位にだいぶ差があるけど、もう脅威に感じてるんだ?」
実際、出発直前の銀鍵同盟の順位はCランク76位。
Cランク4位の殿上命令とは、かなりの開きがある。
普通に考えれば、ソーラがわざわざ敵視するほどの相手ではない。
だが、順位以上に目立つ存在になっていたことは、否定できなかった。
ソーラの目が細くなる。
「一時の過大評価でSランクにいたくらいで調子に乗るなよ、クソガキ」
その言葉に、空気が変わった。
レスターが横で息を呑む。
コルトも、フェイも、少しだけ口を閉じた。
ゼストの元Sランクという経歴を、ここまであからさまに刺してくる者は珍しい。
ソーラは続ける。
「実力では、俺の方が上だ」
「へぇ」
ゼストの声が低くなる。
「――だったら今から試してみるか?」
その瞬間、ソーラの口元がわずかに歪んだ。
互いの視線がぶつかる。
周囲の空気が、一気に張り詰めた。
――冗談では済まない。
そう感じたレスターが、慌てて二人の間に割って入った。
「ちょっと落ち着いて、二人とも!」
レスターは両手を広げる。
「今は戦争前だよ。味方同士で揉めてる場合じゃ――」
「お前もだよ、レスター・セニール」
「えぇっ!? 僕も!?」
突然矛先を向けられ、レスターは素で驚いた。
ソーラは苛立たしげに舌打ちする。
「俺の周りにいた女、かなりの数お前に取られてんだよ」
「と、取る?」
レスターは目を白黒させる。
「雑魚のくせに、ルカリスの顔を気取りやがって」
「そ、そんなつもりじゃ……」
レスターは慌てて首を振る。
「大体、僕から女性を誘ったことなんて一度もないし」
「そういうところも腹立つんだよ!」
ソーラの声が荒くなる。
「自覚なく人を苛立たせるな!」
「ご、ごめん?」
「謝るな、それも腹立つ!」
レスターが女性に人気なのは、今に始まったことではない。
酒場でも、公衆浴場でも、なぜか男女問わず妙に視線を集める。
本人には自覚が薄い。
それがまた、ソーラのような男にとっては癇に障るのだろう。
ソーラはレスターの前へ一歩踏み出した。
「この――」
拳に力が入った、その瞬間。
「――伝令!」
その声に、全員の動きが止まった。
司令部の天幕へ、一人の兵士が駆け込んできた。
息を切らし、顔色を変えている。
兵士はドミニクの前で膝をつき、報告する。
「敵魔族軍の進軍を確認しました!」
空気が凍る。
先ほどまでの言い合いが、一瞬で遠のいた。
ドミニクはフルフェイスの兜の奥から、静かに伝令を見下ろしていた。
数秒の沈黙。
そして、低く命じる。
「全員、配置についてくれ」
その一言で、プロ勇者たちの空気が切り替わった。
くだらない挑発も、順位の張り合いも、個人的な恨みも、すべて後回しになる。
「レスター、行くぞ」
「うん」
プロ勇者たちが一斉に天幕を出ていく。
前線基地全体に、伝令の声と鐘の音が広がり始めていた。




