第6話 最強ルーキーの日雇い無双
昼過ぎ。
休憩の時間になり、四人は訓練場の端に腰を下ろした。
カレンは腕を押さえながら息を吐き、ヴァニラは魔力を使いすぎたのか少しふらふらしている。
「……にしても」
レスターが水筒を置きながら口を開く。
「二週間も訓練してたら、お金が足りなくなっちゃうよ」
その言葉に、空気が少し現実へ引き戻された。
Fランク勇者の懐事情は厳しい。
協会から支払われる報酬額は申し分ないが、勇者としての練度が低いが故に、任務達成の安定性が低いことが問題だ。
そのため、週五日は日雇いで安定して稼ぎ、残りの日に討伐依頼を受ける者も多いのが実情である。
「私たち、あんまり貯金ないもんね……」
ヴァニラはしょんぼりとしながら杖を抱きかかえる。
いきなり収入ゼロになれば、三日と持たずに最低限の生活すらままならなくなる。
三人が危惧するのは当たり前だった。
ゼストは三人を見る。
「大丈夫だって! 当面の生活費は俺が何とかするから」
「何とかするって……」
カレンが疑うように目を細めた。
「アンタ、そんな余裕あるの?」
「そりゃあるよ。Sランク時代の貯金がガッポリな」
――真っ赤な嘘である。
ルカリス更迭に掛かった費用は全て自己負担だったため、ゼストは黒之剣時代の蓄えをほとんど使い切ってしまっていた。
そのため、明日以降はヴァニラの面倒も魔影分体に任せて、街に働きに出るつもりである。
「それはアンタの稼ぎでしょ……本当は嫌なんじゃない?」
カレンが「いいの?」と首を傾げ、覗き込むようにゼストを見る。椿色のサイドテールが揺れた。
そんな彼女の仕草になぜかドキッとしたゼストだったが、今はそれよりも、三人に吹っ切れてもらうことの方が大事だった。
今の彼女たちに必要なのは、金策の不安を抱えながら中途半端に訓練することではない。
ゼストは三人を見渡した。
「……今のままゴブリンを十匹倒すより、基礎を固めた方が後で百匹分の差になる」
三人は黙って聞いていた。
「だから、この二週間は余計なことを考えず、それぞれの課題に集中してほしい。頼む」
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、レスターがゆっくり頷いた。
「分かった。ゼストを信じるよ」
「私も……頑張る」
ヴァニラが小さく拳を握る。
カレンは少し不満げに顔を逸らした。
「……どんだけ金なくても、絶対お風呂には入らせてもらうから」
「むしろ俺からお願いしたいくらいだ。仲間が臭いんじゃ銀鍵同盟の名誉が傷つくからな」
「ほんっと腹立つわねアンタ……まあ、私もちゃんと頑張るから」
まだ初日。まだ何も変わっていない。
それでも、弱点が見えているということは、直せる可能性があるということ。
できないことを誤魔化さず、ひとつずつ潰していけばいい。
「軽口はこれくらいにして、再開すっか」
ゼストの声に、三人は立ち上がった。
訓練場に、再び音が戻る。
☆ ☆ ☆
日銭稼ぎ一日目――荷運び。
市場、倉庫、商会を行き来し、木箱や麻袋を運び続けた。
「兄ちゃん、若いのに力あるな!」
「まあ、多少は……」
報酬、銅貨七十枚。
二日目――倉庫整理。
木箱、麻袋、樽をひたすら仕分け、積み直し、帳簿と照合した。
「おい、この樽は西倉庫だ!」
「了解です!」
「動きが速すぎて怖ぇな、あの兄ちゃん」
報酬、銅貨八十枚。
三日目――市場の設営。
朝日が昇る前から露店の骨組みを組み立て、荷下ろしを手伝い、店主たちにこき使われた。
「そこの台、もっと右!」
「はい!」
「違う違う、右って言ったら客から見て右!」
「どっち基準だよ……」
報酬、銅貨六十枚。
四日目――井戸水運び。
貴族街や宿屋へ水を運んだ。
木桶に満たした水は想像以上に重く、しかもこぼせば怒られる。
「勇者って、もっとこう、魔物と戦う仕事じゃなかったっけ……」
報酬、銅貨五十枚。
五日目――薪割り。
宿屋、鍛冶屋、共同浴場で使う薪を、朝から夕方まで割り続けた。
斧を振り下ろすたびに、丸太が綺麗に二つへ裂ける。
「おい、あの兄ちゃん、薪割りうますぎねえか?」
「剣より斧の方が向いてんじゃねえの?」
「……聞こえてるぞ」
報酬、銅貨七十枚。
六日目――道路清掃。
市街地の泥、落ち葉、壊れた木片、そして馬糞を取り除く仕事だった。
雨上がりの道はぬかるみ、馬車が通るたびに泥が跳ねる。
華やかな王都本部では絶対に味わえない類の労働である。
しかし、ゼストは黙々と手を動かした。
「兄ちゃん、若いのに根性あるな」
「根性だけで生きてます」
報酬、銀貨一枚。
そして現在、七日目――下水掃除。
「……」
ゼストは、暗い下水道の入口で立ち尽くしていた。
目の前には、鼻を突く臭気が漂っている。
「今日の仕事はここの詰まり取りだ」
親方らしき男が、年季の入った棒を肩に担いで言った。
「下水道の奥に泥とゴミが溜まって流れが悪くなってる。そいつを掻き出して、排水溝も洗う。まあ、慣れりゃ大したことねえ」
――やるしかない。
銀鍵同盟の訓練期間中、三人には任務を受けさせないとゼストは決めた。
その間の生活費、宿代、装備の修理費は自分が何とかすると言った。
言ったからには、何とかしなければならない。
ゼストは布で口元を覆い、棒を握りしめた。
「よし……やるか」
下水道に足を踏み入れた瞬間、ぐちゃり、と嫌な音がした。
ゼストの中で、何かが少し折れた。
「うっ……」
彼は天井を見上げる。
暗い。臭い。湿っている。
魔族の巣窟の方が、まだ精神的に楽だった。
「俺、ついこの間まで『最強ルーキー』とかって言われてたよなぁ……あれ、夢だったんかなぁ! ――なあ!?」
ゼストは震える声で呟き、棒を握る手に力を込める。
「うわあああああああああ!」
絶叫とともに、ゼストは下水道を駆けた。
「やべえ! ガキがおかしくなった!」
「親方ぁ! 大変ですぜえええ!」
近くで作業していたおっさん二人が慌てて入口へ向かった。
ゼストは棒で泥を掻き出す。詰まった排水溝をこじ開ける。こびりついた汚れを剥がす。
濁った水路の流れを読み、詰まりの原因を一瞬で見抜き、異常な速度で処理していく。
その動きは、もはや清掃ではなかった。
「そこだああああ!」
嘘のような速度で、下水道が綺麗になっていった。
戻ってきたおっさん二人は、ぽかんと口を開けていた。
「なんだ、あの動き……」
「人間業じゃねえぞ……」
親方も腕を組み、真剣な顔で頷く。
「逸材だ……下水掃除界に『最強ルーキー』が現れたぞ!」
「その称号だけはやめろおおおおぉぉぉ!」
ゼストの叫びが、下水道に虚しく響いた。




