第5話 ゼストズ・ブートキャンプ
「――まずは一か月でEランクに昇格する!」
第77支部の裏手にある訓練場で、ゼストは三人を前にしてそう言った。
「一か月……? えっと、今の私たちのSPが……」
「Eランク昇格までに必要なSPは約5,000。残り半年でCランクを目指すなら、Eランク昇格に何か月もかけている余裕はないんだ」
指を折りながら計算しようとしていたヴァニラに、ゼストが代わりに答えた。
「……で、何から始めるの?」
カレンがそっぽを向きながら訊く。
「最初の二週間は任務を一切受けず、基礎訓練だけに集中してもらいたい」
カレンは思わず一歩前に出た。
「ちょっと待ちなさいよ。一か月で5,000SP稼ぐって言った直後に、二週間任務しないってどういうこと?」
「今のお前らが任務を受けても、効率が悪いんだよ」
ゼストは容赦なく言った。
「だから、最初の二週間で最低限の個人技を叩き込む! いいな?」
ゼストは三人を順番に見た。
まずは椿色のサイドテールが跳ねる少女、カレンからだ。
「カレンはまず、止まった相手に剣を当てるところからだ」
ゼストはロッドを軽く振り、ゴブリン隊長クラスに力を落とした自身の魔影分体を生み出した。
「一歩も動くな。ただし、攻撃をいなしたりするのはアリだ。いいな?」
『リョウカイ』
そう命令したゼストは、カレンの方に向き直る。
「こいつに木剣を打ち込む。簡単だろ?」
「……本気で言ってるの?」
カレンの声に苛立ちが混じる。
「動いている相手と戦うんだから、止まっている標的を斬っても意味がないでしょ」
分かったようなことを言う口調だった。
ゼストは深々とため息をつく。
「その考え方がすでに弱ぇーな」
「なっ……」
ゼストは訓練場に放置してあった木剣を一本取り、魔影分体の前に立った。
「昨日のゴブリン戦もそうだが、狙いが雑だからどれも致命傷になっていなかった」
ゼストは木剣の先で、魔影分体の身体を軽く叩く。
「首、脇、心臓、膝裏、手首……剣を振るっているつもりでも、そこに届いていなければ意味がない」
ゼストはカレンに真正面から告げる。
「……お前、自分が思っているよりも情けない動きをしてんぞ?」
ゼストの煽りに、カレンの顔が真っ赤になった。
怒り。恥ずかしさ。悔しさ。
それらが一気にこみ上げてきたのだろう。
「……絶対後悔させてやる」
「そりゃあ楽しみだ」
カレンは投げ渡された木剣を乱暴に受け取ると、ゼストの魔影分体の前に立った。
『アカガミ、オンナ。ヨワソウダナ。ハハッ』
「はあ!? めっちゃムカつく仕様になってんだけど!?」
カレンは今にも斬りかかってきそうな顔で本体のゼストを睨む。
「だいぶ薄めの俺だからな……わりぃ」
カレンは苛立ちを木剣にのせて打ち込みを開始する。乾いた音が訓練場に響いた。
ゼストはそれを確認すると、次にレスターへ向き直る。
「レスターは通せんぼだ」
「通せんぼ?」
レスターは首を傾げた。
「タンクの役割は、敵の注意を奪って他のメンバーに数的優位の状況を作ることだ」
ゼストは地面に一本の線を引いた。
「この線を敵に越えさせない。まずはそれだけを考えてほしい」
ゼストはカレン用のものよりはずっと賢い魔影分体を生成する。
「俺の魔影分体が走って抜けようとするから、レスターは立ち位置を意識しつつ止めてくれ」
「分かった」
レスターは真剣な顔で頷いた。
「じゃあ……始め!」
『了解っ!』
やけに軽い返事をしたゼストの魔影分体が走り出す。
レスターは盾を構え、進路に入る。
だが、魔影分体が少し角度を変えただけで、レスターの身体が遅れた。
ゼストはあっさり線を越える。
「意外と難しいだろ?」
「……もう一回頼む」
レスターは盾を握り直す。
その目には、静かな闘志が宿っていた。
最後に、ゼストはヴァニラの方を向いた。
「よ、よろしくおねがいします!」
ヴァニラは背筋を伸ばす。
「ヴァニラは魔力制御の訓練だな」
「魔力制御……」
「俺が指示した段階の魔法を、三秒以内に撃てるようにするんだ」
ゼストはイメージしやすいように、地面に縦横二軸の図を描く。
「魔法ってのは基本、『強度』と『範囲』で決まる。これは知ってるよな?」
「うん。『威力は強度。サイズなら範囲』って教えてもらったよ」
ゼストは頷き、自身のロッドを振って火球を生み出す。
「例えば火炎。強度だけ意識すれば爆火炎、灼火炎と、サイズは変わらずに火力が高まる」
目の前で灼火炎という超高密度の火球が完成し、ヴァニラは唖然とする。
「近くにいるだけで溶けちゃいそうだよ……」
ゼストは「だよな」と共感し、即座に火炎へ戻す。
「で、範囲だけ意識すれば群火炎、陣火炎と、威力は変わらずに広がってく」
少し暖かいくらいの炎が広範囲にわたっていく。ざっと100人くらいは取り囲めそうだ。
「俺が思うに、ヴァニラは強度と範囲をまだ混同している」
「……いちおう、私も魔法使いだよ? それくらい分かってるつもりだけどな……」
ヴァニラは少し不服そうな表情を浮かべる。
「知識として分かっていても、考えなくてもできるレベル……つまり、直感レベルに落とし込めてないんだ」
「直感レベル……うぅ、それは確かに」
落ち込ませる意図はなかったが、ゼストは慌てて「まあ、とにかく!」と元気な声で切り替える。
「強度と範囲を意識して、量をこなそう! 意識づけするためにも魔法名は唱えてみてほしい……やれるよな?」
「……うん。分かった! が、頑張る!」
ヴァニラは気合を入れて杖を握り直した。
「始めるぞ……火炎!」
「え、えっと……火炎!」
ヴァニラの杖先に魔力が集まる。
十秒後、ぽん、と小さな火球が生まれ、的に当たらず地面で弾けた。
「スピード意識して! 次、爆火炎!」
「ば、爆火炎……わわっ!」
大きすぎる超火力の火球が生まれかけ、ゼストが即座に魔力干渉で霧散させる。
「それは陣灼火炎……超火力かつ特大だ」
「あはは、あは……」
訓練場に、三人それぞれの音が重なっていく。




