第4話 銀鍵同盟、始動
日が暮れる頃、四人は安宿の調理場を借りていた。
四人でたった銀貨一枚というだけあって、床は軋み、壁には年季が入っている。
レスターは慣れた手つきで鍋を扱い、野菜スープと黒パンを並べた。
「いつも通り味は薄めだけど、大目に見てね」
「もうおなかペコペコだよ〜。いただきます!」
ヴァニラが勢いよくスープを口に運ぶ。
ゼストも一口飲んだ。
味は薄い。黒パンも堅いしなんだか粉っぽい。王都本部の食事とは比べものにならない。
それでも、不思議とまずくはなかった。
限られた食材で、少しでも美味くしようとしているのが分かる。
「にしても驚いたわ」
カレンが黒パンをかじりながら言った。
「歴代最年少プロ勇者さんが訪ねてきたかと思えば、私がお父さんに渡した銀の鍵を持ってくるなんてね」
ゼストは首から下げていた紐を引っ張った。
服の内側から、小さな銀の鍵が現れる。
王都の酒場で受け取ったときと同じように、鍵は鈍く光っている。
「もっと驚いたのは、お前らが全員、銀の鍵を持ってるってことだがな」
ゼストが言うと、三人は顔を見合わせ、それぞれ自分の銀の鍵を取り出した。
ゼストは三つの銀の鍵に視線を移す。
銀の鍵は、ゴブリンのレアドロップ品である。
だが、それが四つ。
つまり、それだけこのパーティはゴブリン討伐を繰り返してきたということだ。
何度も同じような依頼をこなし、それでもFランクから抜け出せずにいる。
足踏みしている時間の長さを、四つの銀の鍵が示していた。
「それで、アンタ本気なの?」
カレンがまっすぐにゼストを見る。
「私たちを昇格させに来たって話」
「ああ。ハイネスさん……お前のお父さんとの約束だからな」
そう言いながら『ついでに、カガミとの約束でもあるか』と、ゼストは心の中でつけ加える。
「じゃあ、明日から正式にパーティに入ってくれるってこと?」
「ああ」
「やったー! ゼストくんがいたら百人力だよ!」
ヴァニラが両手を上げる。
レスターも安心したように笑い、カレンもわずかに期待を滲ませた。
カガミが言っていたパーティの戦い方。それを身につけるのがゼストの個人目標だ。
だからこそ、初めに言っておくべきことがある。
ゼストは食器を置いて三人に目を向ける。
「――悪いが、俺は当面の間、戦闘には参加しない」
「は?」
カレンの声が低くなる。他二人も困惑の表情を浮かべていた。
ゼストが戦えば、Fランクの依頼などすぐ終わる。SPも稼げるし、ランクも簡単に上がるだろう。
だが、それはこのパーティの実力ではない。
ゼストという異物が、数字だけを押し上げるだけだ。
「……当てにしていたわけじゃないけど」
カレンは不満げに腕を組む。
「アンタが戦闘に参加しないで今シーズンのEランク昇格が間に合うかどうか……」
今シーズンは残り半年。
Eランク昇格のボーダーを6,000SP前後と見積もっても、5,000SP以上の上乗せが必要になってくる。
これをゼスト抜きで行うことは相当な困難を極める……そんな三人の不安を感じ取り、ゼストは口角を上げた。
「……何を言い出すかと思えば、ずいぶんと弱気なんだな」
「んなっ!」
カレンが顔を赤くして立ち上がりかける。
だが、ゼストの方が先に立ち上がった。
「俺は戦闘には参加しない。ただし、それ以外のあらゆることをやる」
ゼストは三人を見回す。
「訓練、依頼選び、装備の見直し、食事管理、反省会、日銭稼ぎ、情報集め……思いつく限り、やり尽くす」
一同が息を呑む。
「とりあえずEランク……なんて小さい目標にまとまるな」
「小さいって……」
「EもDも通過点――俺たちの目標はCランク昇格、これ一択だ」
カレンが言葉を失った。
「Cランク……ということは!」
「プロライセンスの条件、達成できるね!」
レスターとヴァニラが声を上げる。
それに呼応するようにゼストは頷いた。
「シーズン終了までの半年間で、お前らをプロの領域に連れていってやる……そんでもって、俺も最速でプロ復帰だ!」
三人の目の奥に、微かな熱が灯った。
「明日、十二時に第77支部集合な」
「十二時? 朝じゃないの?」
「俺に朝やることがあるからだ」
ゼストは三人を順番に指さした。
「あと、バックパックを回収する。中身は空にしておいてくれ」
「……変なことする気じゃないでしょうね?」
「あのなぁ……まあいい、明日分かる」
ゼストはそう言って、冷めかけたスープを飲み干した。
☆ ☆ ☆
翌日。
勇者協会第77支部。
「パーティメンバーの追加を受理します」
受付窓口で、メイが書類に判を押した。
ゼスト・マクシム。
元Sランクパーティ所属。現在はプロライセンス剥奪中。
扱いとしてはかなり特殊だが、協会本部からの更迭命令により、第77支部での職務従事は認められている。
「ありがとうございます」
レスターが丁寧に頭を下げる。
「では、本日の討伐依頼ですが――」
「――ちょっと待った」
ゼストは一枚の紙を窓口に差し出す。
「パーティ名も変更したいんです」
メイは紙を受け取り、片眉をわずかに上げた。
「何それ。聞いてないんだけど」
「チーム・レスターじゃ味気ないだろ?」
ゼストは肩をすくめる。
「……それで、どのような名前に?」
メイの問いに、ゼストは迷いなく答えた。
「『銀鍵同盟』でお願いします」
カレンは少し驚いたようにゼストを見た。
「意外と大事なんだよ、こういうの」
名前は飾りではない。
自分たちが何者で、何を背負い、どこへ向かうのかを示す旗になる。
四人全員が銀の鍵を持っている。
足踏みしてきた時間も、悔しさも、誰かへの想いも、その鍵に刻まれている。
ならば、それを旗印にすればいい。
「あと……はい、これ」
ゼストは荷物袋から、昨日回収した三つのバックパックを取り出した。
ただし、昨日のそれとは少し違う。
それぞれの正面に、新しいエンブレムのデザインがされたワッペンが縫いつけられていた。
背景にはオレンジ色の太陽と、それに対を為す闇。
中心には、銀の鍵。
小さいながらも、力強い意匠だった。
「わあ、かっこいい!」
ヴァニラが目を輝かせる。
レスターも驚いたようにバックパックを受け取った。
「これ、いつの間に……」
「朝一で意匠屋に行ってきた。ワッペンの刺繍も間に合って良かったぜ……ルカリスには腕利きの職人が揃ってんな」
「アンタ、朝からそんなことしてたの?」
カレンは呆れたように言ったが、その実、ワッペンから目が離せない様子。
無意識にエンブレムを指でなぞる彼女の姿を見て、ゼストは満足げに笑った。
メイは四人を見渡す。
「それで……みなさんはご納得で?」
「はい!」
「もちろん!」
「異論なし」
三人の返事を聞き、メイはわずかに微笑んだ。
「承知しました。チーム・レスター改め、銀鍵同盟へのパーティ名登録変更、およびエンブレム登録を受理します」
ただの手続きに過ぎないはずの窓口が、妙に特別な場所に思えた。
ゼストは三人を見回す。
レスターは少し照れ、ヴァニラは何度もワッペンを見ている。カレンは澄ました顔をしているが、口元がほんの少し緩んでいた。
「――んじゃ、行くか!」
元Sランク勇者と、Fランクアマチュア勇者パーティ。
銀鍵同盟のはじめの一歩が、ここから始まった。




