第54話 帯同拒否
ペイジに到着した翌朝。
銀鍵同盟の五人は、西門近くにいた。
今日からは、ゼフィード家との境界付近に作られた前線基地へ移動する。
そこが、第三次ルカリス防衛戦争における勇者連合の集結地点だった。
「食料、水、予備の包帯、携帯薬……うん、問題ないと思う」
レスターが荷物を確認しながら言った。
その横で、ヴァニラは杖を抱えて小さく息を吐く。
「ついに前線基地かぁ……昨日の温泉がもう恋しいよ」
「……そうね」
カレンが共感するように言った。
「エリシアはどうだ?」
ゼストが訊く。
「問題ありませんわ」
エリシアは金色の錫杖を手に、胸を張った。
「頼もしいな」
「もっと褒めてくださっても構いませんわ」
ゼストは肩をすくめ、それから全員を見回した。
「みんな、準備はいいな」
四人がしっかりと頷く。
全員の同意を確認したゼストは、西門の方へ向き直る。
「よし。なら、出発――」
「――待て」
低く、よく通る声がそれを遮った。
ゼストたちが振り返る。
そこに立っていたのは、全身を銀の鎧に包んだフルフェイスの男だった。
無駄のない立ち姿と、背に負った槍。
Aランク2位パーティ、王の槍のリーダー。
そして今回の勇者連合指揮官――ドミニク・ブールだった。
「ドミニクさん!?」
レスターが驚いた声を上げる。
カレンも目を細める。
「どうして王の槍のリーダーがここに?」
その問いに、ドミニクはすぐには答えなかった。
気づけば、五人の周りには数名の辺境軍兵士が立っていた。
完全に包囲というほどではないが、西門へ向かう道を自然に塞ぐような立ち位置。
――ただの挨拶ではない。
その異変に、ヴァニラが小さく呟く。
「なんか、私たち……やっちゃったのかな」
ドミニクは短く告げる。
「銀鍵同盟へのエリシア・ネルヴァの帯同は許可できない」
空気が止まった。
「っ……!」
エリシアの顔が強張る。
ゼストの目つきが変わった。
「……どういうことですか」
「命令系統上、詳細は開示できない」
ドミニクは淡々と言った。
「悪いが、従ってもらうぞ」
「それでこっちが納得できるとでも?」
カレンの声に、明らかな苛立ちが滲んだ。
彼女は一歩前に出る。
「エリシアは銀鍵同盟の正式なメンバーよ。加入登録も済ませてるし、戦争への参加登録も通してる。今さら帯同不可なんて、筋が通らないわ」
「それでもだ」
「理由も話さずに?」
「そうだ」
そんなやりとりに、エリシアは唇を噛みしめていた。
そして、ゆっくりと言った。
「……お父様ですね」
ゼストたちは一斉に彼女を見た。
「……エリシア?」
「このような命令が突然出る理由など、一つしかありませんわ」
エリシアの声は震えていた。
怒りか、悔しさか……おそらく、その両方だった。
「勇者協会会長である父が、わたくしの参戦を止めるよう圧力をかけたのでしょう」
実の娘が死ぬ危険のある戦場へ行く。
父親として、それを止めたい気持ち自体は分からなくもない。
しかし、エリシアはすでに銀鍵同盟の仲間であり、回復役だ。
彼女を失えば、銀鍵同盟は戦場で大きな不利を背負う。
ゼストたちにとって、それは死活問題だった。
「ドミニクさん」
ゼストは声を抑えて言った。
「回復役なくして、俺たちは思い切り戦うことはできません。交渉させてください」
「駄目だ」
ドミニクは即答した。
「交渉の余地はない。命令には従ってもらう」
「誰の命令ですか」
「答えられない」
「なら、従えません」
ゼストの声が冷える。
その場の空気が一段重くなった。
しかし、ドミニクも引かなかった。
「回復については、前線基地に配属された回復役に都度頼めばいい。腕もいいし、金も取られない」
「都度、ですか」
レスターが眉をひそめる。
「戦闘中に負傷した場合は?」
「基地へ戻れば治療を受けられる」
「戻れない状況なら?」
レスターの声にも、珍しく硬さがあった。
「その時のために、僕たちはエリシアを必要としているんです」
レスターの言い分に、ドミニクは露骨に返答に迷う様子を見せた。
彼自身も、銀鍵同盟の言っていることが間違いではないと分かっている。
しかし、指揮官という立場で、簡単には譲れないのも事実だった。
「もう一つ、指揮官として言っておく」
ドミニクは顔を上げた。
「実戦経験の足りない回復役をパーティに置けば、彼女を守ろうとして必ず動きが鈍る」
「……」
ドミニクの声は冷静で、説得を続ける。
「魔族軍との戦争だ。守るべき対象を一人増やすことが、どれだけ危険か分かっているはずだ」
「エリシアちゃんは守られるだけの人間じゃありません」
ヴァニラが言った。
「この間だって、隊商の護衛の人を回復魔法で助けました。ちゃんと私たちの仲間です」
「彼女の回復能力を疑っているわけではない」
「なら!」
「実戦経験が足りないと言っている」
ドミニクの言葉は正論だったが、それが余計に腹立たしかった。
「それでも、私は行きますわ」
エリシアが前へ出る。
「わたくしは、自分の意思で銀鍵同盟に入りました。父に命じられて戻るつもりはありません」
ドミニクは彼女を見る。
「君の意思は尊重したい。だが、今回は認められない」
「わたくしの意思など最初から尊重していませんわ」
エリシアの声が鋭くなる。
「わたくしは父の所有物ではありません」
勇者協会会長の娘。
ネルヴァ家の令嬢。
政治的な縁談の道具。
彼女はそこから抜け出すために、ここまで来た。
それなのに、戦場を前にして、また父の手が伸びてきた。
「行こ、エリシア」
カレンが低く言った。
彼女はエリシアの手を掴む。
「こんなの、話にならないわ」
「カレンさん……」
カレンはエリシアの手を引き、西門へ向かって歩き出した。
当然、周囲の辺境軍兵士たちが道を塞ぐが、彼女は止まらなかった。
椿色のサイドテールが揺れた次の瞬間、彼女の身体に淡いオーラが宿った。
「邪魔」
闘気が、カレンの脚と腕に流れる。
彼女は兵士たちを正面から押しのけた。
「うわっ!?」
「くっ……!」
兵士たちがたたらを踏む。
「カレン!」
レスターが驚きながらも後に続く。
ヴァニラも杖を構え、周囲へ睨みを利かせた。
ゼストはドミニクから目を離さずに歩く。
「悪いが、俺たちは納得していません」
「だろうな」
ドミニクは静かに答えた。
その声には、わずかな苦みがあったが、次の瞬間。
「手荒な真似はしたくなかったんだが……」
ドミニクはそう呟き、片手を上げた。
パンッ。
乾いた拍手を一回だけ鳴らし、どこかに合図を送った。
西門の裏側、門柱の影。
そこに潜んでいた人物――王の槍の魔法使いが、杖を掲げた。
白い魔力が、薄霧のように広がる。
「――っ?」
門へ向かおうとしていたエリシアの身体が、突然ぐらりと揺れた。
「エリシア?」
カレンが手を握り直す。
だが、エリシアの瞳から焦点が抜けていく。
「うそ……い、や……」
小さな声を残し、エリシアはその場に崩れ落ちた。
カレンが慌てて抱きとめる。
「エリシア!」
「なっ!」
ゼストが一気に踏み込もうとする。
ヴァニラが悲鳴に近い声を上げた。
「エリシアちゃん!?」
レスターも大盾へ手を伸ばす。
「エリシアに何を!?」
周囲の空気が、一瞬で戦闘寸前まで張り詰める。
ドミニクは、そんな四人を真正面から受け止めた。
「眠らせただけだ」
低い声だった。
「じきに目覚める」
「信じろと?」
ゼストの声は氷のように冷たかった。
「信じなくてもいい。だが、事実だ」
ドミニクはゆっくりと言う。
「とにかく、彼女の参戦は認められない。ペイジ内のマクスウェル辺境伯家の別荘に軟禁させてもらう」
「軟禁って……!」
ヴァニラが言葉を失う。
「戦争が終わったら迎えに来るんだな」
ドミニクの言葉に、ゼストの拳が固く握られた。
今ここで暴れれば、銀鍵同盟は前線へ行く前に反逆者扱いされかねない。
それに、眠らされたエリシアを抱えたまま戦うのは危険すぎる。
分かっているからこそ、ゼストは動けなかった。
兵士たちが慎重に近づき、カレンの腕からエリシアを預かろうとする。
カレンはしばらく離さなかった。
だが、レスターが小さく言う。
「カレン……今は」
「……っ」
カレンは唇を噛み、震える手でエリシアを渡した。
エリシアは悔しそうな表情も、怒った顔もしていない。
ただ、静かに眠らされている。
それが余計に、ゼストたちの胸を締めつけた。
ドミニクは最後にもう一度、ゼストを見る。
「前線基地へ向かえ。君たちには戦力として期待している」
「……」
「これは、指揮官としての命令だ」
ゼストはしばらく返事をしなかった。
喉の奥に、怒りと困惑が詰まっている。
何一つ納得できないまま、現実だけが前へ進んでいく。
ゼストは、エリシアが運ばれていく方向を見た。
「……どうなってんだよ」
吐き捨てるような声だった。
その場にいた銀鍵同盟全員の胸に、同じ思いが重く沈んだ。
五人で来たはずの前線都市ペイジ。
だが、戦場へ向かう直前。
銀鍵同盟は、全員が生きて帰るために最も必要としていた五人目を奪われた。




