第48話 前線都市ペイジ
移動五日目。夕方頃。
銀鍵同盟の五人は、ついに前線都市ペイジへ到着した。
ルカリスを出発してから、馬を乗り継ぎ、平原を駆け、途中で何度も魔物と遭遇しながら進んできた距離は、およそ五百キロ。
地図の上では一本の線で済む道のりも、実際に馬で駆け抜けてみれば、気が遠くなるほど長かった。
ルカリスの巨大な城壁も、大河も、もうはるか東の彼方にある。
「門まで行きましょう」
ガイドが先行し、一行もそれについていく。
ペイジはルカリスほど巨大な都市ではないが、前線都市と呼ばれるだけあって、外周にはしっかりとした防壁が築かれていた。
城壁の上には見張りの兵が立ち、門の前では入城する人々の確認が行われている。
ルカリスの西門とはまた違う緊張感があった。
門の少し手前で、ガイドが馬を止めた。
「私はここまでです」
ガイドの男は馬から降り、銀鍵同盟の五人へ向き直った。
「皆さん、五日間お疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
レスターが丁寧に頭を下げる。
「おかげで予定通り辿り着くことができました」
「途中で色々ありましたが、無事に到着できて何よりです」
ガイドは苦笑した。
隊商の救援や雨中でのウェアウルフからの逃走など、ガイドからすれば普段より少しハードな五日間だっただろう。
「このあとはガイドさんも、少しは休めるんですか?」
「いえ。また仕事です」
ガイドはあっさり答えた。
「今度はルカリス側へ戻る方々を案内しなければなりません」
「ええっ、大変だなぁ……」
ヴァニラが素直に言った。
「この道をまた戻るんですよね?」
「はい。ですが、仕事なので」
ガイドは苦笑しながらも、その姿勢を崩さなかった。
その顔には疲労もあるが、それ以上に、自分の役目を果たす人間の落ち着きがあった。
平原を知り、馬を知り、危険を知る者として、人を運ぶ。
彼もまた、この辺境を支える一人のプロだった。
「本当に助かりました」
ゼストは右手を差し出す。
ガイドは少し驚いたように目を開いたあと、その手を握った。
「こちらこそ。皆さんの道中のご武運を祈っています」
カレン、ヴァニラ、レスターと握手を交わしたあと、最後にエリシアが優雅に一礼した。
「五日間、ありがとうございました。あなたの案内がなければ、わたくしたちはここまで辿り着けませんでしたわ」
「もったいないお言葉です」
ガイドは礼を返す。
こうして、銀鍵同盟は五日間世話になったガイドと別れた。
彼は馬を引き、すぐに別の仕事へ向かっていった。
ペイジの門をくぐると、街の空気が一気に変わった。
まず感じたのは、温かな湯気に混じる硫黄の匂いだった。
通りのあちこちに掲げられた温泉宿の看板も目に入る。
ペイジは前線都市であると同時に、温泉街としても知られていた。
街の中心部へ続く大通りには、旅人向けの宿や食事処が並んでいる。
蒸した芋、串焼き、温泉卵、薬湯用の香草などを売る露店もある。
呼び声が飛び交い、通りはかなり活気づいていた。
「思ってたより賑やかだね」
ヴァニラが目を丸くする。
「もっと、こう……前線っていうから、怖い雰囲気なのかと思ってた」
「怖さもあると思うけど、ここで暮らしてる人たちもいるからね」
レスターが静かに言った。
その言葉通り、ペイジはただの軍事拠点ではなかった。
湯治に来た旅人。
温泉宿で働く人々。
子どもの手を引く母親。
馬車から荷を下ろす商人。
他の都市と変わらない人々の暮らしがある。
しかし、そのすぐ隣には戦争の準備があった。
大通りの端には、補給物資を積んだ荷馬車が何台も並んでいる。
兵士たちが木箱を運び、矢束や保存食、薬品を仕分けている。
広場の一角には、負傷者を受け入れるための大きな天幕が張られ始めていた。
別の道では、ルカリス方面――東へと向かう避難荷車も見える。
老人や子ども、荷物を積んだ家族が、不安そうな顔で門へ向かっていた。
温泉街としての賑わいと、前線都市としての緊張。
平和と戦争が、同じ通りに並んでいる光景を見て、ゼストは小さく息を吐いた。
「なるほどな……これがペイジか」
「賑やかなのに、落ち着かない街ね」
カレンも通りを見渡しながら言った。
エリシアは負傷者用の天幕へ視線を向けていた。
「戦いが始まれば、あの場所がいっぱいになるかもしれませんのね」
「そうならないのが一番だけどな」
そう言いつつ、ゼストは視線を切り替えた。
「さて――まずはペイジの勇者支部に行って、参加登録がちゃんと通ってるか確認しようか」
銀鍵同盟の五人は、大通りを抜けて勇者協会第103支部へ向かった。
前線に近い支部らしく、掲示板には戦闘系の依頼や護衛任務、偵察任務の依頼書が多く並んでいた。
中は各地から集まった勇者たちで混雑していた。
ゼストたちは受付窓口へ向かう。
「第77支部所属のCランクパーティ、銀鍵同盟です」
レスターが代表して告げる。
「第三次ルカリス防衛戦争への参加登録は、第77支部で済ませています。ペイジでの手続き確認をお願いします」
受付の女性職員は、すぐに書類を確認した。
「少々お待ちください」
彼女は登録簿を開き、支部間連絡用の書面と照らし合わせる。
数十秒後、顔を上げた。
「確認できました。銀鍵同盟様の参加登録は正常に共有されています」
「よかった」
ヴァニラがほっと息を吐く。
「こちらがペイジでの滞在許可証です」
受付職員は五人分の小さな札を差し出した。
「街の宿泊、指定区域内での武装移動、勇者協会施設の利用が可能になります。紛失しないようご注意ください」
「ありがとうございます」
レスターが受け取る。
これで、ペイジでの滞在は正式に認められた。
手続きを終えた銀鍵同盟は、まず宿を取ることにした。
勇者協会の紹介もあり、ゼストたちはどうにか五人で泊まれる部屋を確保した。
男女で二部屋とはならなかったが、戦争前で宿はどこも満室に近い。
今日と明日滞在すればすぐに戦場へ向かうことになるため、全員が腹を括った。
部屋に荷物を置いた瞬間、ヴァニラは寝台に倒れ込む。
「ついたぁ……」
「まだ寝るなよ。汗も泥もすごいぞ」
ゼストが言う。
「分かってるけど、ベッドが私を呼んでる……」
「誘惑に負けるな」
レスターは荷物を整理しながら苦笑する。
「先に温泉へ行った方がいいと思うよ。体も冷えてるし」
「温泉……!」
その言葉に、カレンが誰よりも早く反応した。
目が明らかに輝いている。
ゼストが頷く。
「ルカリスの公衆浴場も悪くないけど、ここは本場らしいな」
「行くわ」
カレンは即答した。
ヴァニラも寝台から起き上がる。
「私も行く……お湯で溶けたい……」
エリシアも楽しそうに微笑んだ。
「温泉は美容にも良いと聞きますわ。ぜひ行きましょう」
心身の疲労を抜くことも、戦場前の準備の一つ。
特にこの五日間は、移動だけでなく戦闘も挟んでいるため、休めるときに休むべきだ。
カレンはすでに外套を脱ぎ、必要な荷物をまとめ始めている。
「早く行きましょう」
「そんなに嬉しいか?」
「嬉しいに決まってるでしょ」
カレンは少しだけ表情を緩める。
「旅の疲れをやっと癒せるんだから」
その顔を見て、ゼストは少し笑った。
平和と戦争が同居する街、ペイジ。
銀鍵同盟は、まずほんのひととき、この街の温泉に浸かることにした。




