第47話 馬上の勇者
移動四日目。
銀鍵同盟の五人は、雨を凌ぐために全員が外套を身にまとい、馬上で身を低くしながら平原を駆けていた。
雨粒が外套を叩き、視界の端を白く霞ませる。
その中を、駅伝馬は泥を跳ね上げながら全力で走っていた。
先頭はガイド。
その後ろに、ゼスト、カレン、エリシア。
さらに最後尾を、レスターとヴァニラを乗せた馬が走っている。
「こいつらタフだな……全然撒けねぇ」
ゼストの文句は雨音にかき消された。
彼らは、数分前からウェアウルフの群れに追われていた。
並みのウェアウルフなら、訓練された駅伝馬の全力疾走で振り切れるが、後ろの群れとの距離は離れない。
むしろ、一定の距離を保ちながら追い続けていた。
それだけで、このウェアウルフの群れの練度が分かる。
「このまま全力疾走を続けるのは厳しいです! どこかで休ませないと、脚をやられます!」
ガイドが後方のゼストたちに向けて叫ぶ。
――まずいな。
ゼストは外套のフードの下で舌打ちした。
馬が倒れれば、こちらは完全に足を失う。
だが、止まれば追いつかれる。
安全に馬から降りるために速度を落とせば、その瞬間にウェアウルフの群れが飛びかかってくる。
「どうする!?」
カレンが叫ぶ。
雨に濡れた外套の下で、彼女はすでに紅椿の柄に手をかけている。
「戦っていいの!?」
「それは難しいと思いますわ!」
エリシアが風に髪を煽られながら声を張る。
「この速度で降りるのは危険です! 怪我人を出す可能性がありますわ!」
「じゃあどうするのよ!」
ゼストは前方と後方を交互に見る。
――なんとか馬上で対処するしかないが……。
そう考えたとき、最後尾からヴァニラの声が飛んだ。
「わたし、乗りながら攻撃してみようか!?」
ゼストは一瞬だけ目を見開いた。
ヴァニラだけは馬の操作を気にせず魔法を当てることに集中できる。
名案だった。
揺れる馬に加えて、雨で悪い視界。
後方を振り返る姿勢と魔法の制御。
かなり難しいだろうが、やってみる以外に選択肢はなかった。
「ヴァニラ、蹴散らしてくれ! カレンは撃ち漏らしのカバーを頼む!」
「分かった!」
「了解!」
ヴァニラとカレンが即座に返す。
「レスター! ヴァニラが撃ちやすい位置まで少し落とせるか!?」
「やってみる!」
レスターは馬の速度を少し落とし、あえてウェアウルフの群れに近づく。
それに合わせて、カレンも自分の馬の速度を落とした。
レスターが背中越しに言う。
「落ちないように気をつけて!」
「うんっ!」
ヴァニラはレスターの腰に回していた片手をいったん離し、杖を握り直した。
――怖い。
馬は揺れるし、雨で手元も滑る。
それでも、自分で言ったのだ。
乗りながら攻撃する、と。
「……やる!」
ヴァニラは上体を捻り、後方を見た。
灰色の雨の向こう。
草を蹴り、泥を跳ね上げながら迫るウェアウルフたち。
数は七体ほど。
ヴァニラは杖先に魔力を込める。
この雨の中で雷を撃てば、味方や馬にまで流れる危険がある。
だから、ヴァニラは火属性を選んだ。
「――群爆火炎!」
ヴァニラの杖先から、複数の火球が生まれた。
それらは雨を裂き、後方のウェアウルフの群れへ飛ぶ。
一発目――先頭のウェアウルフの足元で爆ぜる。
『ギャンッ!?』
二発目――横へ避けようとした個体の肩に直撃する。
三、四発目――進路を塞ぐように着弾し、火と爆風が泥を巻き上げた。
ヴァニラは馬上で身体を揺らされながらも、さらに火球を重ねる。
「もう一回っ!」
連続で放たれた群爆火炎が、雨の平原に赤い光を散らした。
ウェアウルフたちが鳴き声を上げる。
爆炎に巻かれ、吹き飛ばされ、足を取られて転がる。
ほとんどが、その場で動けなくなった。
「やった!?」
「まだ!」
カレンが鋭く返した。
爆炎の間を、一つの影が抜けてくる。
焦げた毛皮から煙を上げながら、それでも速度を落とさない個体。
ウェアウルフ戦士。熟練の個体だった。
『ガァアアアッ!』
ウェアウルフ戦士は、最後尾を走るレスターとヴァニラの馬へ飛びかかった。
「レスターくん!」
「くっ!」
レスターは手綱を握ったまま身を固くする。
ウェアウルフの爪が、馬の後脚へ届きかける――その瞬間。
「――はあっ!」
横からカレンが飛び込んだ。
正確には、馬ごと並走しながら、上体を大きく倒した。
雨に濡れた外套がはためき、紅椿が鞘から抜かれる。
紅蓮の刀身が、雨の中に一筋の光を描いた。
「そこ!」
馬上での一撃。
不安定な姿勢でも、カレンの剣筋はぶれなかった。
紅椿の切っ先が、ウェアウルフ戦士の喉を正確に裂く。
『ガッ……!?』
勢いのまま飛びかかっていた獣の巨体は雨の平原へ叩きつけられ、泥を跳ね上げながら転がった。
カレンは紅椿を振り、雨と血を払った。
追ってくるウェアウルフは、もういない。
倒れた群れが、後方へ小さくなっていく。
少し速度を落としたガイドが振り返り、目を丸くしていた。
「す、すごい……馬上で解決してしまうなんて……!」
エリシアは濡れた前髪を指で払いつつ、明るい声を上げる。
「お二人とも、流石ですわね!」
「意外とやれたわね……」
カレンは少し息を弾ませながら言った。
その声には、隠しきれない高揚があった。
「自分で言ったけど、本当に出来るとは思ってなかったよ~」
ヴァニラもそう言いながら、どこか弾んだ声をしている。
雨のせいで、彼女らの表情はよく見えない。
それでも、二人が高揚感に満ちた顔をしていることは、声色だけでゼストにも分かった。
「やるじゃねえか、二人とも!」
ゼストが笑う。
レスターは背中のヴァニラへ声をかける。
「大丈夫? 落ちそうになってなかった?」
「うん、大丈夫。レスターくんが安定してたから撃てたよ」
ヴァニラは小さく笑った。
「それに、ちょっと楽しかったし」
「それは、よかった……のかな?」
「たぶん!」
雨はまだ降り続いている。
身体は濡れ、外套は重くなっている。
冷たいはずだった。
だが、今は不思議と寒さを強く感じない。
戦闘の高揚感が、身体の内側を熱くしていた。
ガイドが前方を指さす。
「この先に小さな岩場があります! そこで馬を休憩させましょう!」
「分かりました!」
ゼストが返す。
ウェアウルフの追跡は振り切ったが、馬たちは限界に近い。
無理をさせれば、この先の移動に響く。
銀鍵同盟はガイドに従い、雨の平原をさらに進む。
蹄が泥を蹴り、外套が雨を弾く。
冷たい風が吹きつける中でも、五人の胸には確かな熱が残っていた。
雨の中、馬上で放たれた魔法と剣撃。
想定外の状況でも、銀鍵同盟は動ける。
戦争が待つ西へ向かう道中で、彼らはまた一つ、自分たちの可能性を確かめていた。




