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第45話 傷跡は残らない

 移動二日目。

 銀鍵同盟の五人は、昨日に引き続き、駅伝馬でひたすら西へ進んでいた。


 先頭を走るガイドの馬に、ゼスト、カレン、エリシア、レスターとヴァニラを乗せた馬が続く。


「昨日よりは、だいぶマシね……!」


 カレンが手綱を握りながら言う。


「余裕出てきたか?」


 ゼストが隣から声をかける。


「余裕ではないわよ。昨日よりマシってだけ」


 一方で、エリシアは相変わらず涼しい顔で馬を操っている。

 空色の髪が風になびき、その姿はやはり妙に絵になっていた。


「エリシアちゃん、ほんとに平然としてるよね……」


 ヴァニラがレスターの背中越しに呟く。


「私も淑女になったら乗れるかなぁ」

「ヴァニラは、まず一人で馬に乗れるようになるところからだね」


 レスターが穏やかに言う。


「うぅ……道のりが長い……」


 ヴァニラはレスターの背中にしがみついたまま、少し情けない声を出した。


 そんな中、先導していたガイドが不意に手綱を引いた。

 馬の速度がわずかに落ちる。


「……待ってください!」


 ガイドの男が鋭く声を上げた。


 ゼストたちも反射的に速度を緩める。


「どうしました?」


 ゼストが訊く。


 ガイドは馬上で耳を澄ませていた。


 周囲には草原を渡る風の音。

 馬の鼻息。

 蹄が土を蹴る音。


 ゼストには、それ以外に何も聞こえない。


 だが、ガイドは顔を上げ、進行方向の右手側を指さした。


「叫び声です! あちらの方角から!」

「叫び声?」


 カレンが目を細める。


「よく聞こえたわね」


 この平野を生きるガイドのような人々は、かなり目も耳も良いらしい。


「その叫び声の方へ。案内してください!」

「分かりました!」


 ゼストの判断を受けて、ガイドは手綱を強く握り、即座に馬の向きを変える。


「飛ばします! しっかりついてきてください!」


 次の瞬間、ガイドの馬が速度を上げた。

 銀鍵同盟の馬も、それに続く。


 草原の中を斜めに駆け抜ける。

 乾いた草が蹄に踏まれて散る。

 風がさらに強く顔へ叩きつけた。


 しばらく走ると、前方に馬車の集団――隊商が見えてきた。


 数台の荷馬車が草原の道沿いに止まり、その周囲で人々が混乱している。

 護衛らしき勇者たちが武器を構える先には、複数の獣の影。


 狼の頭部と二足歩行の体に、鋭い爪と牙――ウェアウルフ。


 隊商から少し離れた位置で、銀鍵同盟の五人は馬から降りた。


 ガイドが素早く馬をまとめて引き受ける。


「馬はこちらで!」

「助かります!」


 ゼストはロッドを引き抜き、即座に前へ出た。


 隊商側の護衛の一人が、腹部を押さえながら膝をついている。

 かなり出血しているように見えた。


 ゼストは状況を見ながら詠唱する。


群地槍(レギオン・スパイク)!」


 地面が唸る。

 ウェアウルフたちの足元から、複数の岩槍が突き上がった。


 出会い頭の奇襲で通常ウェアウルフの一体の腹はその岩槍で貫いた。

 しかし、残る三体とウェアウルフ戦士(ソルジャー)は、ほぼ同時に地面を蹴って避けられる。


 まるで、地面の気配を感じ取ったかのような鋭い反応だった。


「ほぼ不意打ちだったのに……!」


 カレンが紅椿(ベニツバキ)を抜きながら目を見開く。


「ウェアウルフは個々の感覚が鋭い種族だからな」


 ゼストはロッドを構え直す。


「一体止められただけでも十分だ」


 仲間がやられたのを見て、ウェアウルフ戦士(ソルジャー)が短く吠えた。


『ガァウッ!』


 それは命令だった。


 残った通常ウェアウルフ三体が、一斉に別方向へ散る。

 草原の草を蹴り、驚くほどの速度で逃走を始めた。


 ウェアウルフ戦士(ソルジャー)もまた、最後にこちらを睨みつけると、低い姿勢のまま草原の奥へ消えた。


「逃げるの!?」


 ヴァニラが杖を構える。


 カレンは一歩踏み出しかけて、すぐに止まった。


「今は追わずに、こっちを優先した方がよさそうね」

「ああ」


 ゼストは隊商の方へ視線を移す。


「まだ間に合えばいいんだが……」


 銀鍵同盟の五人は、倒れた護衛の元へ駆け寄った。


 隊商の商人たちは、幸い無傷だったが、護衛パーティはひどく消耗している。


 その中でも、前衛らしき男の状態が悪かった。


 鎧の隙間を爪で裂かれたのか、腹部が血まみれになっている。

 仲間の回復役(ヒーラー)が必死に手をかざしているが、表情は青ざめていた。


「くそっ……血が止まらない……!」


 額に汗を浮かべる護衛パーティの回復役は、中級の深癒光(ディープヒール)を扱えるかどうかも怪しい練度。

 このままでは、助からない可能性がある。


 そのとき、エリシアが一歩前に出た。


「ここは、わたくしに任せてくださいませ」


 エリシアは金色の錫杖を手に、負傷した男の横へ座った。

 その動きに迷いはない。


「失礼いたしますわ」


 彼女は男の傷口を確認すると、錫杖を静かに掲げた。


「――命癒光(ライフヒール)


 淡い金色の光が、エリシアの錫杖から広がった。


 ゼストが使う癒光(ヒール)とは、まるで違う。

 表面を撫でるだけではなく、傷の奥へ染み込んでいくような回復魔法だった。


 裂けた腹部の傷が、ゆっくりと塞がっていく。


「すごい……」

「光が安定してるのが、素人目でも分かるよ」


 ヴァニラが思わず呟き、レスターも感心したように言った。


 カレンも腕を組んだまま、素直に頷く。


「……確かに、実力は本物のようね」


 数十秒後、エリシアは静かに錫杖を下ろした。


 男の腹部は血で汚れているため痛々しく見えるが、傷そのものは完全に塞がっている。

 呼吸も落ち着き、意識も戻り始めていた。


「う……俺は……」

「無理に起き上がらないでくださいませ」


 エリシアが優しく言う。


「傷は塞ぎましたが、失った血と体力はすぐには戻りません。今は安静になさってください」

「助かったのか……?」


 男の仲間たちが、ほっとしたように息を吐いた。


「ありがとうございます!」


 護衛パーティの一人が、深く頭を下げる。


「本当に……俺の回復魔法ではどうにもならなくて……!」


 その回復役は、悔しそうにしながらもエリシアへ頭を下げた。


「あなたが最初に出血を抑えてくださっていたから、間に合いましたのよ」


 エリシアは柔らかく微笑む。


「胸を張ってくださいませ」

「……ありがとうございます」


 回復役(ヒーラー)の青年は深く頭を下げた。


 隊商の商人たちも、口々に礼を述べる。


 エリシアはそれを受け止めながら、どこか誇らしげだった。

 そして、くるりとゼストへ振り返る。


「ゼストさまも褒めてくださいっ」

「おお、急にこっち来たな」

「当然ですわ。わたくし、銀鍵同盟として初めて役に立ちましたもの」


 ゼストは素直に頷いた。


「助かった。さすが本職の回復役(ヒーラー)だな」


 エリシアの顔がぱっと明るくなる。


「ただし」

「ただし?」


 エリシアの笑顔が少し固まる。


 ゼストは負傷した男の状態をもう一度確認しながら言った。


「ただ、このレベルの傷なら、一段落とした中級の深癒光(ディープヒール)でも十分に回復できたはず」


 エリシアは瞬きをする。


「……つまり」


 彼女は少し考えるように錫杖を握った。


「まだ負傷のレベルに合わせた回復魔法の選択ができていない、ということでしょうか?」

「そうだ」


 ゼストは頷く。


「出し惜しみしろとは言わない。命がかかってるときにケチるのは論外だからな。でも、肝心な時に魔力が残ってない状況は避けたい」

「……なるほど」

「だから次からは、傷の深さと出血量、意識の有無、戦闘継続の必要性を見て、どの回復魔法を使うかも意識してみてほしい」

「分かりましたわ」


 エリシアは素直に頷いた。


 ゼストは頭を掻きながら言う。


「まあ、こればっかりは場数を踏んで慣れていくしかないんだけどな」

「では、何も問題はありませんわね」


 エリシアは胸を張った。


「今後たくさん経験を積めば、わたくしはもっと役に立てるということですもの」


 ガイドに馬を連れてきてもらった銀鍵同盟の五人は、再び馬を走らせる。


 草原を越え、さらに西へ。

 前線都市ペイジは、少しずつ近づいていた。

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