第44話 駅伝馬で西へ
大広場での集会の翌日。
銀鍵同盟の五人は、第77支部の受付窓口に並んでいた。
「では、こちらでエリシア・ネルヴァさんの銀鍵同盟加入登録は完了です」
メイが書類に判を押す。
乾いた音が、受付台に響いた。
「続いて、第三次ルカリス防衛戦争への参加登録も受理しました」
「ありがとうございます」
レスターが代表して頭を下げる。
メイはいつもの事務的な表情のまま、五人を見た。
「ペイジへの集結期限は六日後ですが、移動や現地での準備を考えると早めに向かうのは賢明です」
「そうだな。現地の状況も先に見ておきたいし」
ゼストが頷く。
「それと、魔族軍の侵攻が確認されている以上、前線に近づくほど不測の遭遇が増える可能性があります。くれぐれも警戒を怠らないでください」
「分かってるわ」
カレンが紅椿の柄に手を添えた。
ヴァニラは少し緊張した顔で杖を抱える。
「ペイジかぁ……いよいよ前線って感じだね」
「うん。僕も少し緊張してる」
レスターはそう言いながらも、背筋を伸ばしていた。
その横で、エリシアは金色の錫杖を手に、妙に落ち着いた様子で微笑んでいる。
「皆様、ご安心くださいませ。今の銀鍵同盟には、わたくしという回復役がいますから」
「た、頼もしいよ」
レスターが苦笑する。
「もちろん、怪我をしないのが一番ですが」
エリシアはにこりと笑う。
メイはそのやり取りを淡々と見届けてから、書類をまとめた。
「仲が良いのは結構ですが、出発前からはしゃぎすぎないようにお願いします」
「すみません……」
ゼストが小さく頭を下げる。
こうして、エリシアの銀鍵同盟加入登録と、第三次ルカリス防衛戦争への参加登録は正式に完了した。
銀鍵同盟は五人体制で、前線都市ペイジへ向かうことになった。
☆ ☆ ☆
その後、ペイジへ移動するために一行が訪れたルカリスの西門は、いつもより慌ただしかった。
巨大な城門の前には、人と馬と荷物が行き交い、戦争目前の空気を肌で感じさせた。
「駅伝馬をご利用の方はこちらまでお願いします!」
ルカリスからペイジへ向かう場合、直線距離だけで見れば、カイラブ湖の湖面を渡る方が近い。
しかし、ペイジは湖の西岸からさらに西へ進んだ先にある。
カイラブ湖を船で渡り、その後に湿地や村道を経由するより、湖の南側に広がる平原を駅伝馬で駆け抜ける方が、断然早かった。
そのため、銀鍵同盟は西門近くの駅伝馬業者から馬を借り、案内役をつけてもらうことにした。
「先頭のガイド馬についてきてください!」
案内役の男が馬上から声を張る。
「基本的には手綱を強く引きすぎないこと! 止まるときは合図を出します! 無理に横へ逸れようとしないでください!」
五人は出発前に簡単な操作説明を受けていた。
乗馬経験のある者もいれば、ほとんど初心者に近い者もいる。
そこで、先頭をガイドの馬が走り、その後ろに銀鍵同盟の馬が続く形になった。
ゼストは手綱を握り、軽く息を吐く。
「よし……」
「緊張してる?」
隣のカレンが訊く。
「いや、馬に乗るのが久しぶりなだけだ」
「へー、乗ったことあるんだ?」
「Sランク時代に遠征でな」
「なら余裕ね」
カレンはそう言いつつ、自分の馬の首元を軽く撫でた。
彼女自身も、あまり乗馬に慣れているわけではない。
ただ、身体能力と度胸はあるので、どうにか乗れている。
レスターは大柄な体格に合わせて、少し大きめの馬を用意されていた。
その後ろには、一人で馬に乗るのをガイドに止められたヴァニラが乗っている。
「うぅ……」
ヴァニラはレスターの背中に遠慮がちに手を添えながら、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんねレスターくん。私が上手に馬を操れないばっかりに……」
「謝る必要はないよ」
レスターが振り返って、穏やかに言う。
「僕の後ろに乗っていれば大丈夫だから」
「ありがとう、レスターくん……」
ヴァニラはほっとしたように頷いた。
一方、エリシアはというと。
彼女は白に近い毛色の馬に乗り、背筋を伸ばしていた。
手綱の扱いも慣れていて、馬も落ち着いている。
「エリシアは余裕そうだな」
ゼストが言う。
エリシアはふふっと笑う。
「乗馬は淑女の嗜みですわっ」
「さすがお嬢様……」
ヴァニラが感心したように呟く。
「ゼストさまも、ご希望でしたらわたくしが手取り足取りお教えしますわ」
「今は遠慮しておく」
「では、夜にゆっくりと」
「乗馬の話だよな?」
「……もちろんですわ」
「……なんで少し間があったんだ」
カレンの視線がゼストの背中に刺さる。
案内役の男が少し困ったように振り返った。
「あの、そろそろ出発しても?」
「あ、はい。すみません」
ゼストは気まずそうに咳払いした。
☆ ☆ ☆
巨大な門の向こうには、ルカリス西側の街道が伸びていた。
遠くには、カイラブ湖の南側へ広がる平原。
「出発します!」
ガイドの馬が走り出した。
銀鍵同盟の馬も、それに続いて一斉に動き出す。
最初はゆっくりと石畳から土の道へ。
やがて速度が上がり、城壁の影から、広い空の下へと駆け抜ける。
「おお……!」
ゼストは手綱を握りながら、馬の揺れに合わせる。
身体が上下し、風が顔に当たる。
地面を蹴る蹄の音が、連続して響く。
「だいぶコツ掴んできたぞ……!」
ゼストが声を張る。
「エリシアは余裕そうだな!」
「ふふっ。当然ですわっ」
エリシアは涼しい顔で答えた。
寒空の下、空色の髪が風になびく。
その姿は、確かに絵になっていた。
カレンは少し遅れながらも、必死に姿勢を保っている。
「くっ……思ったより揺れるわね……!」
「大丈夫か?」
ゼストが横から声をかける。
「これくらいで音を上げるわけないでしょ!」
カレンは歯を食いしばりながらも、何とか馬の動きに合わせていた。
普段の戦闘とは違った身体の使い方だが、慣れればどうにかなりそうだった。
後方では、レスターの馬が安定した足取りで走っていた。
「そっちは大丈夫そうか?」
ゼストが振り返って訊く。
「うんっ! なんとか!」
レスターは明るく返す。
大柄な体格ながら、意外にも乗り方は安定していた。
盾を扱うために鍛えた体幹とバランス感覚が、ここでも役立っているのだろう。
ただし、その後ろのヴァニラは別だった。
「うわっ!」
馬が小さく跳ねた拍子に、ヴァニラの身体が少し浮いた。
慌てて、彼女はレスターの背中にしがみつく。
「しっかり掴まってね」
レスターが優しく言う。
「う、うん……」
ヴァニラは後ろから回す手を、遠慮がちに強めた。
レスターの背中は広い。
鍛えられていて、頼もしい。
そのことを意識した瞬間、ヴァニラの頬が少し赤くなった。
「……大丈夫?」
背中越しに伝わるヴァニラの緊張を感じて、レスターが訊く。
「だ、大丈夫」
「怖かったら、もっと掴まっていいからね」
「うん……」
ヴァニラは小さく頷き、もう少しだけ腕に力を込めた。
エリシアはその微笑ましいやり取りを見て笑った。
「ふふっ、銀鍵同盟は本当に賑やかですわね」
平原へ出ると、視界が一気に開けた。
カイラブ湖の南側に広がる、だだっ広い平原。
夏には青々としていた草も、今は色を落とし、乾いた風に揺れている。
冷たい風が吹き抜け、馬のたてがみを揺らした。
空は高く、雲は薄い。
蹄の音が、乾いた大地に響いている。
銀鍵同盟は、寒空の下を駆け抜けていった。
戦争が待つ西へ。そして、彼ら自身の新たな戦いの始まりへ向かって。




