第42話 銀鍵同盟の五人目(?)
中央大広場のざわめきは、しばらく収まりそうになかった。
第三次ルカリス防衛戦争。どう捉えても、普段の討伐任務とは重みが違う。
広場のあちこちでは、報酬や論功行賞に目を輝かせる者もいれば、八年前の侵攻を知っているのか、黙り込んでいる年長の勇者もいた。
人混みから少し離れた噴水近くの一角に、銀鍵同盟の四人とエリシアはいた。
ゼストは腕を組み、仲間たちを見渡す。
「まず、細かい話をする前に確認したい」
いつもの軽い調子ではない。
その声は、ひどく真面目だった。
「現時点で、第三次ルカリス防衛戦争に参加したいか、したくないか。全員の意見を聞かせてくれ」
最初に口を開いたのは、カレンだった。
「私は参加したい」
迷いのない声だった。
「理由は?」
ゼストが訊く。
「自分の剣が、どこまで通用するのか試してみたいから」
カレンは腰の紅椿に手を添える。
「この二か月で前よりずっと戦えるようになってる実感はある。でも、Cランクになったからって、そこで満足するつもりはないわ」
その目には、静かな熱があった。
「魔族軍と戦うのが危険なのは分かってる。でも、私たちはもうプロ勇者でしょ? だったら、いつかはそういう相手とも戦わなきゃいけない」
「なるほどな」
ゼストは頷き、次にヴァニラを見る。
「ヴァニラは?」
「私も……参加したい」
ヴァニラは杖を両手で握りしめた。
「怖くないわけじゃないよ。カナゼルのときだって、正直すごく怖かったし……」
それでも、彼女は顔を上げる。
「でも、私も色んな魔法も使えるようになったし……前ならできなかったことが、今はできるから」
リザードマン隊長を撃破した轟雷撃。
今となっては完璧にコントロールできるようになった灼火炎。
それらの技術は、ヴァニラの中に確かな自信として残っている。
「……そっか」
ゼストは少しだけ目を細める。
そして、レスターへ視線を向けた。
「レスターは?」
「僕も参加したいかな」
レスターは少し考えてから答えた。
カレンやヴァニラほど前のめりではない。
だが、逃げ腰でもなかった。
「もっと実戦経験を積みたいんだ」
彼は自分の大盾を見る。
「カナゼルのとき、もしゼストが間に合わなかったら……どうなっていたか分からない」
その声に、悔しさが混じる。
「僕はもっと守れるようになりたい。そのためには、危険な場所でしか得られない経験もあると思う」
「……レスターらしいな」
ゼストは小さく言った。
カレン、ヴァニラ、レスター。
三人とも、程度の差こそあれ参加寄りだった。
「じゃあ、最後に俺だな」
ゼストは自分の胸に手を当てる。
「俺は、どちらかといえば不参加寄りだ」
「え?」
カレンが目を見開いた。
レスターも意外そうに瞬きをした。
「珍しいね。ゼストなら参加するって言うと思ってた」
「今回ばかりはな」
ゼストは苦笑した。
だが、その表情はすぐに引き締まる。
「……おそらく、今回は夏に倒したカナゼルのような人型魔族とも戦うことになる」
その言葉に、場の空気が重くなった。
「このパーティの実力的に、そういう相手を倒すことは可能だと思う。実際、カナゼルは倒したしな」
カレンは黙ってゼストを見る。
「でも、受ける外傷のレベルが段違いに上がる」
ゼストの声が低くなる。
「本当に死ぬかもしれない」
誰も茶化さなかった。
ゼストがここまで真面目に言うということは、それだけ危険だということだ。
「俺たちには、専門の回復役がいない」
ゼストは自分のロッドを軽く叩く。
「俺も癒光までは使えるが、深手までは治せない。前のレスターの傷が、いい例だ」
レスターが左肩に触れる。
リザードマン戦で負った傷は、現場では完璧に治せなかった。
もしあの瞬間もっと深くまで抉られていたら……それは致命傷となり、命を落としていたかもしれない。
「通常任務なら引き際を選べる。だけど戦争は違う。逃げたいタイミングで逃げられないこともあるし、味方の撤退に巻き込まれることもある」
ゼストは息を吐いた。
「だから、命の危険を考えるなら、不参加という選択肢は十分ある」
カレンは少し眉を寄せた。
「でも、参加しないのも難しいって顔ね」
「ああ」
ゼストは頷く。
「辺境伯が後ろ盾になっている銀鍵同盟が参加しない、というのはできれば避けたい」
マクスウェル辺境伯家の紋章。
それを身につけ、ルカリスを代表するパーティとなってきた銀鍵同盟。
魔族軍がルカリスを狙っている状況で、その銀鍵同盟が不参加となれば印象は悪くなる。
「もちろん、命より評判が大事って話じゃない。ただ、プロ勇者としてスポンサーを背負っている立場でもある」
「ジレンマってやつね」
カレンが呟いた。
ヴァニラも困った表情で口を開く。
「ここにきて、予定より三か月くらい早くCランクに上がった歪みが出てきてるって感じだね」
「そういうことだな」
ゼストは肩をすくめた。
銀鍵同盟は、ゼストを除いても、Cランクとして申し分ない攻撃能力はある。
だが、防御面には疑問が残る。
戦争で致命傷を負う危険がある状況において、専門の回復役がいないのは大きな欠点だった。
「本当は、Cランク昇格までに回復役を探して、五人体制にするつもりだったんだがな」
ゼストがそう言ったときだった。
それまで黙って話を聞いていたエリシアが、ふっと微笑んだ。
「――では、わたくしが銀鍵同盟に入れば、そのジレンマは解消されますわね」
四人の視線が、一斉にエリシアへ向いた。
「……は?」
カレンが間の抜けた声を出す。
エリシアは涼しい顔で、自分の持っている金色の錫杖を軽く揺らした。
しゃらん、と澄んだ音が鳴る。
「この錫杖は、お飾りではありませんわよ?」
「いや、待て」
ゼストは額に手を当てる。
「お前、回復魔法が使えるのか?」
「ええ」
エリシアは得意げに胸を張った。
「上級の命癒光まで、ちゃんと習得済みですわ」
「命癒光まで……?」
ヴァニラが目を丸くする。
命癒光。
魔力消費が大きく、高度な技術を求められる上級回復魔法だ。
致命傷に近い重傷や切断部位の接合にも対応できるため、これを戦場で使える者がいるかいないかで、パーティの生存率は大きく変わる。
「お前、そんなこと一言も……」
ゼストが言う。
「訊かれませんでしたので」
「いや、言えよ」
「ゼストさまがわたくしをもっと知ろうとしてくだされば、自然と分かったことですわ」
「俺が悪い、のか……?」
カレンはじっとエリシアを見る。
「……本当に使えるの?」
「あら、疑いますの?」
「当然でしょ? こっちは命がかかってるんだから」
カレンは腕を組んだ。
「でも、回復役が本当に務まるなら、ゼストの懸念も払拭できるんじゃない?」
「……ああ」
ゼストは少し考え、頷いた。
辺境伯のスポンサーを背負う、Cランクとしての立場。
魔族軍への防衛戦。
そして、三人の成長意欲。
回復役がいるなら、リスクは大きく下がる。
「決まりだな」
ゼストが言いかけた、そのときだった。
「ちょっと待って」
ヴァニラが制止した。
いつもの柔らかい声ではあるが、その表情は真剣だった。
「詳しい事情は分からないけど……エリシアちゃんは、職業勇者になるために辺境に来たわけじゃないよね?」
エリシアは黙っている。
「ゼストくんと、その……結婚したくて、追いかけてきたんじゃないの?」
「もちろんですわ。そのつもりで来ましたから」
エリシアは即答した。
ヴァニラは続ける。
「だったら、銀鍵同盟に入るのは違うと思う。戦争に参加するための穴埋めとか、ゼストくんの近くにいるためとか……そういう理由だけなら、危ないよ」
その言葉に、カレンも頷いた。
「確かに。回復魔法が使えるからって、覚悟がないまま戦場に出られても困る」
「覚悟ならありますわ」
エリシアは静かに答えた。
その声には、先ほどまでの浮ついた調子がなかった。
ゼストは少しだけ目を細める。
エリシアは錫杖を両手で持ち、胸元に引き寄せた。
「確かにわたくしは、ゼストさまを追いかけて辺境に来ました――ですが、それだけではありません」
エリシアは真っ直ぐに言った。
「わたくしは、父から自立したいと思い、辺境に来たのです」
その言葉に、空気が変わる。
そうして、エリシアは語り始めた。この遠き辺境にまで来た理由を。




