第41話 緊急招集
十月の最終日。
ルカリスの街には、すっかり冷たい風が吹くようになっていた。
夏の盛りには白く眩しかった石畳も、今は朝晩の冷え込みでどこか硬く見える。
大河沿いの並木は色づき始め、露店通りでは温かい煮込みや焼き栗の匂いが目立つようになっていた。
そんな季節の変わり目に、ルカリス全域の職業勇者へ緊急招集命令が下った。
場所は、ルカリス中央大広場。
普段は市民や商人、旅芸人で賑わう場所だが、今日ばかりは様子が違っていた。
広場を埋め尽くしているのは、武装した勇者たち。
第77支部所属の銀鍵同盟も、当然その場にいた。
「――で、何でアンタもついてきてるのよ」
カレンがじとっとした目で言った。
その視線の先にいるのは、空色の長髪をさらりと揺らす少女――エリシア・ネルヴァ。
勇者協会会長の娘にして、なぜか今朝、銀鍵同盟の拠点に忍び込み、ゼストのベッドに潜り込んでいた人物である。
「まあまあ。よいではありませんか」
エリシアは悪びれもせず、にこりと微笑んだ。
「ね、ゼストさまっ?」
そう言いながら、当然のようにゼストの腕にしがみつく。
ゼストは苦笑いを浮かべた。
カレンの視線がさらに冷たくなり、無言でゼストの足を軽く蹴った。
ヴァニラはそのやり取りを見ながら、困ったように笑っていた。
「エリシアちゃん、すごいよね……この空気でも全然引かない」
「ある意味、才能だね」
レスターも苦笑する。
エリシアはそんな二人の視線にもまったく動じず、ゼストの腕をさらに抱き込む。
そのせいで、周囲の視線が妙に集まっていた。
もっとも、銀鍵同盟が注目されている理由はそれだけではない。
Cランクに昇格してから、早二か月。
銀鍵同盟は、ルカリスの勇者たちの間で完全に名の知られた存在になっていた。
更迭された元Sランク勇者ゼスト・マクシムが所属していること。
Fランク下位から、わずか三か月でCランクまで駆け上がったこと。
ハイポリオン家配下カナゼルを含む、複数の人型魔族の撃破。
そして何より、彼らの装備や服装の目立つ部分には、銀鍵同盟のエンブレムに加えて、マクスウェル辺境伯家の紋章が刻まれていた。
銀鍵同盟には辺境伯がスポンサーとしてついている。その事実が、周囲から見ても明らかだった。
「見られてるね……」
「そりゃ見られるわよ」
レスターの小声に、カレンが腕を組んで反応する。
「辺境伯家の紋章なんて、目立たないわけないし」
「それに、ゼストくんが美少女を侍らせてるみたいに見えるしね」
ヴァニラがぽつりと言った。
ゼストは周囲の男勇者たちから飛んでくる嫉妬混じりの視線を感じ取り、深く息を吐いた。
「エリシア、ちょっと離れようか」
「お断りします」
「そうですか……」
またカレンがゼストの足を蹴った。
「カレン、さっきから痛いぞ?」
「今朝の件で懲りたかと思ったのに、効いてないみたいだから」
「だからあれは不可抗力だって……」
そんなふうに銀鍵同盟が内輪で揉めていると、広場のざわめきが少しずつ小さくなっていった。
正面に設けられた演台。
そこへ、一人の男が登ったためだった。
全身が銀の鎧に包まれた騎士。フルフェイスに覆われているため、顔は分からない。
背は高く、姿勢は真っ直ぐとしている。
鎧は実戦向きでありながら、細部まで手入れが行き届いていた。
演台に突き立てた長槍には、その場にあるだけで、周囲の空気を引き締める存在感があった。
男が片手を上げると、それだけで大広場は静まり返る。
「王の槍のリーダー、ドミニク・ブールだ」
低く、よく通る声だった。
「緊急招集でこれだけの人数が集まってくれたこと、感謝する」
ゼストは目を細める。
王の槍。
辺境における現状最高戦力とされる、Aランク2位のパーティ。
王都にいたゼストですら、その名を知っている。
堅実な戦術と圧倒的な突破力を併せ持つ、辺境の看板パーティの一つだ。
「Aランク2位……」
レスターが息を呑む。
「すごい人なんだね」
「少なくとも、今この場の指揮を任されるだけの実績はある」
ゼストは演台を見据えた。
ドミニクは一呼吸置き、広場全体へ告げる。
「単刀直入に話す。辺境の西側に隣接するゼフィード家領内を経由し、大規模な魔族軍の侵攻が確認された」
広場がざわついた。
魔族軍――その言葉が、冷たい風よりも強く、勇者たちの背筋を撫でる。
ドミニクは続ける。
「敵の目標は、八年前の侵攻と同じく、ルカリス奪還である可能性が高い」
旧第二魔王城を含んだ地域である、ルカリスの奪還。
ゼストは先日のカナゼルの一件を思い出す。
ハイポリオン家配下に、ゼフィード家領内を経由する魔族軍。
そして、辺境への調査。
点と点が結ばれ、線になり始めていた。
「今回の防衛戦争にあたり、マクスウェル辺境伯軍だけでなく、ルカリス内の職業勇者にも出陣命令が下った」
ドミニクの声に、迷いはない。
「勇者連合の指揮官は、この私、ドミニク・ブールが務める」
再びざわめきが走るが、不満の声は少ない。
Aランク2位、王の槍のリーダー。
その名は、指揮官として十分な説得力を持っていた。
「もちろん、参加する者には報酬が出る」
ドミニクは淡々と条件を説明していく。
「防衛戦に参加するだけで基本報酬を保証する。加えて、幹部クラスの討伐、敵部隊の撃破、拠点防衛への貢献など、戦果に応じた論功行賞も確約されている」
勇者たちの空気が少し変わる。
命がけの戦場。
だが、そこには報酬と名誉もある。
「また、敵から得たドロップ品の回収も許可される。ただし、部隊行動を乱す略奪行為は厳罰とする」
その一言で、緩みかけた空気が再び締まった。
「勇者連合に参加するパーティは、所属支部への登録を済ませた後、一週間後までに前線都市ペイジへ集結せよ」
前線都市ペイジは、ルカリス西方に位置する小都市。
ゼフィード家領に近い、まさに前線の街である。
ドミニクは広場を見渡した。
「これより始まる戦いを、第三次ルカリス防衛戦争と呼称する。多くの勇敢な者たちの参加を、期待している」
ドミニクはそう言い残し、演台から降りた。
直後、大広場は一気にざわめきに包まれた。
「第三次って……本気かよ」
「魔族軍って規模はどのくらいなんだ?」
「参加報酬は出るらしいが、戦争だぞ」
「Aランクも出るなら勝ち目はあるんじゃないか?」
「幹部クラス討伐で論功行賞……」
「でも死んだら意味ねえだろ」
期待、不安、恐怖、興奮。
あらゆる感情が混ざっていた。
銀鍵同盟も、自然と輪になる。
エリシアもゼストの腕からようやく離れた。
さすがに、今は空気を読んだらしい。
ゼストは仲間たちを見た。
「さて、銀鍵同盟はどうしようか」
Cランクになり、プロ勇者となった彼ら。
だが、今回は通常任務とは違い、戦争である。
参加するか、しないか。
その選択は、銀鍵同盟にとって大きな分岐点になる。
冷たい風が、大広場を吹き抜けた。
第三次ルカリス防衛戦争。
銀鍵同盟に、新たな戦いの影が迫っていた。




