第39話 結果発表②
翌日。
銀鍵同盟の四人は、ようやくルカリスへ帰還した。
カナゼルを討伐したあと、すぐに休めたわけではない。
ゼストが夜空に撃ち上げた青白い陣灼火炎を見て、周辺にいた勇者パーティが村へ駆けつけてくれた。
それから早朝まで、銀鍵同盟は彼らと共に村の護衛にあたった。
結果として、カナゼルたち以外の魔族が現れることはなかったが、精神的にも肉体的にも限界に近かった。
家に着くなり、四人は我先にとシャワーを浴びた。
そして、全員ほとんど倒れ込むように眠ってしまった。
四人が目を覚ましたのは、夕方。
彼らはまだ鉛のように重い身体を引きずって、第77支部へ向かうことにした。
支部は、いつも通り賑わっていた。
そこへ銀鍵同盟が姿を見せると、いくつもの視線が向けられた。
すでに噂は届いているらしい。
職業勇者たちの視線には、好奇心と緊張が混ざっていた。
ゼストたちは受付へ向かう。
そこには、いつも通りメイがいた。
「お疲れ様です。銀鍵同盟のみなさん」
メイは一枚の封筒を手に取った。
その瞬間。
ゼストの目が、受付の横にいる人物を捉えた。
小柄な四十代くらいの男。
妙に存在感のあるツイストパーマと濃い眉。
「……またいる」
カレンが小声で言った。
「結果発表のおじさんだ……!」
ヴァニラが少しだけ目を輝かせる。
「いや、なんで嬉しそうなんだよ」
ゼストが突っ込む。
メイは咳払いした。
「では、お願いします」
そう言って、封筒をおじさんに手渡す。
おじさんは封筒を受け取り、ゆっくりと一歩前へ出た。
その場の空気が、なぜか引き締まる。
「――いきましょう」
「また声がやたら通るんだわ」
ゼストがぼそりと呟いた。
おじさんは構わず、封筒を掲げる。
「Dランク・銀鍵同盟は昇格か、現状維持か、それとも降格か!」
第77支部にいた勇者たちが、一斉に注目する。
ざわつきが止まった。
「勇者協会の査定はッ!」
誰かが、ごくりと唾を飲んだ。
おじさんは封筒を開ける。
中の紙を取り出し、目を通した。
「――Cランク昇格ゥーーッッ!」
声が、支部全体に響き渡った。
一瞬の静寂。
次の瞬間、第77支部が爆発したようにどよめいた。
『Cランク!?』
『マジかよ!』
『Dランクに上がったばっかりだろ!?』
『プロ勇者じゃねえか!』
『銀鍵同盟が……!』
Dランク昇格時とは比較にならない騒ぎだった。
Cランク。
それは、職業勇者としてプロの領域に入ることを意味する。
アマチュア勇者として最上位のDランク。
その上にある、明確な壁。
銀鍵同盟は、その壁を越えたのだ。
メイが掲示用の書類を広げる。
そこには、はっきりと記されていた。
『Cランク86位 銀鍵同盟 32,763SP』
「さんまん……」
ヴァニラが呆然と呟く。
「一気に増えたね」
レスターも驚きを隠せない。
「内訳を確認します」
メイが淡々と読み上げる。
「リザードマン隊長討伐任務――合計2,040SP」
それだけでも十分な成果だが、今回はそれだけではない。
「任務外。ハイポリオン家配下カナゼル討伐――3,840SP」
支部内がさらにざわつく。
「同じく、部下三体討伐。各2,560SP。合計7,680SP」
「任務外だけで一万超えかよ……」
誰かが呟いた。
メイは続ける。
「これらが、任務開始前の19,203SPに加算され、最終的に32,763SPとなりました」
数字だけ見れば、圧倒的な跳ね上がりだった。
だが、その裏には死線があった。
ゼストは書類を見ながら、小さく息を吐いた。
「更迭から九か月……銀鍵同盟に入って三か月で、プロ復帰か」
それは想定よりも早すぎる復帰だったが、手放しで喜べるほど、心は軽くなかった。
そのとき、支部のどよめきの中で、カレンの視線がある人物を捉えた。
デナム。
巨人の心眼の回復役であり、かつて銀鍵同盟を抜けた男。
彼は少し離れた場所で、呆然とこちらを見ていた。
カレンは、静かに歩み寄る。
「宣言通り」
デナムが顔を歪める。
カレンは首元の銀の鍵に指を添え、言った。
「ついでに越えさせてもらったわ」
デナムの顔が赤くなる。
ヴァニラはカレンの横から顔を出し、
「べーっ」
と舌を出した。
「ヴァニラ……」
レスターが困ったように笑う。
それでも、彼もデナムへ向き直った。
少し申し訳なさそうにしつつ、短く言う。
「お先っ」
「お前ら……!」
デナムは拳を握りしめた。
悔しさ。怒り。焦り。
それら全てが顔に滲んでいる。
「……クソッ!」
デナムは吐き捨てるように言った。
「俺らも今シーズン中にCランク昇格して、必ずプロになってやるからな! 覚えてろ!」
そう言うと、デナムは踵を返した。
巨人の心眼のメンバーたちも、気まずそうに後を追う。
去っていく背中を見ながら、ゼストは軽く肩をすくめた。
「なんというか、そんなに悪い奴じゃないんだよな」
「まあ、ある種ピュアよね」
カレンは短く形容した。
なにはともあれ、銀鍵同盟はCランクへ昇格した。
アマチュア勇者から、プロ勇者へ。
その夜、昇格祝いが開かれることになった。
☆ ☆ ☆
歓楽街の酒場は、いつも以上に賑わっていた。
当然、中心にいるのは、Cランク昇格を果たした銀鍵同盟。
集まったのは、第77支部の職業勇者たちだった。
「Cランク昇格を祝って!」
レスターがジョッキを掲げる。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
ヴァニラが元気よく応じる。
「……乾杯」
カレンも少し照れくさそうにジョッキを掲げた。
「乾杯」
ゼストも笑って応じる。
酒場中でジョッキがぶつかる音がした。
レスターは、早々に大人気だった。
大きな体躯に甘い顔立ち、穏やかな物腰。
そして、負傷しながらも仲間を守り続けたという話。
女性勇者たちからはもちろん、以前から密かに熱い視線を送っていた男たちからも、妙に真剣な勢いで囲まれていた。
「レスターくん、肩はもう大丈夫なの?」
「無理しちゃだめよ?」
「今度、一緒に合同訓練しない?」
「いや、俺ともタンク談義しようぜ!」
「あ、あはは……順番にね」
レスターは困りながらも丁寧に対応している。
ヴァニラはヴァニラで、ベテラン魔法使いたちに囲まれていた。
「空中から轟雷撃だって?」
「いやぁ、若いのに大したもんだ」
「水面に雷を落とす判断もいい。まあ投げられたらしいが」
「投げられたんですぅ……」
「かわいそうに。ほら、これ食べな」
「ありがとうございます……」
ベテラン魔法使いたちは、完全にヴァニラを孫のように扱っていた。
ヴァニラもまんざらではなさそうに、皿に盛られた料理を受け取っている。
その様子を、ゼストは少し離れた席から眺めていた。
賑やかな酒場に祝福の声。
本来なら、もっと浮かれていてもいい。
だが、心の奥に重たいものが沈んでいた。
「念願のプロ復帰だってのに」
隣から声がした。
カレンだった。
彼女はジョッキを片手に、ゼストの向かいへ座る。
「なんだか浮かない表情ね」
「……分かるか?」
「分かるわよ。顔に出てる」
「マジか。俺、そういうの隠せるタイプだと思ってた」
「戦闘中はね。普段は割と分かりやすいわよ」
ゼストは苦笑し、ジョッキの中身を見つめる。
「……ラッカのことが気になってさ」
カレンは何も言わなかった。
ゼストは続ける。
「カナゼルは、俺に弟のリゼルを殺された恨みで辺境に来た」
前の冬。
ハイポリオン家の領内で、ゼストはリゼルという魔族を焼き殺した。
それは勇者としての任務だった。
敵を倒しただけだ。
間違ったことをしたとは思っていない。
「でも、そのせいでラッカの父親が死んだ」
ゼストの声が少し低くなる。
「つまり、元を辿れば俺のせいだろ? ラッカから大切な父親を奪っちまった」
酒場の喧騒が、少し遠く感じた。
カレンはしばらく黙っていた。
それから、静かに口を開く。
「どこまで背負うかは、ちゃんと線を引いた方がいいと思う。でないと壊れるわよ」
カレンの声は、いつもより柔らかかった。
「ゼストは戦闘においては超一流。そこは疑ってない」
「そりゃどうも」
「だけど、心まで強いわけじゃないわよね」
ゼストは目を瞬かせる。
カレンはまっすぐに言った。
「年相応のメンタルって感じがするけど、違う?」
ゼストは少しの間、黙った。
それから苦笑する。
「……違わないな」
カレンは頷いた。
「だからいいのよ。全部背負わなくて」
「でもな」
「もし罪悪感が拭えずに苦しいなら」
カレンはジョッキを置き、ゼストを見る。
「――私たちも半分受け持つから」
ゼストが顔を上げる。
カレンは少しだけ照れくさそうに視線を逸らしながら、続けた。
「そうだよね――二人とも」
「うん、任せて」
いつの間にか、レスターが近くに立っていた。
「頼りにならないかもだけど、頼ってほしいな」
ヴァニラも皿を抱えたまま、隣にいた。
「それに、ゼストくんが一人で抱え込むの、よくないよ」
レスターも頷く。
「僕たちは同じパーティだよ。良いことだけじゃなくて、苦しいことも分け合っていいと思う」
カレンは腕を組む。
「銀鍵同盟は、そういう場所でしょ」
ゼストは三人を見た。
カレン。
レスター。
ヴァニラ。
三か月前、彼らはFランクの最下位付近にいた。
けれど今は、Cランクのプロ勇者になった。
強くなったのは、戦闘力だけではない。
この三人は、ゼストの重荷まで一緒に持とうとしてくれている。
ゼストは小さく息を吐いた。
そして、少しだけ笑う。
「ありがとな、みんな」
四人の間に、笑顔が戻った。
酒場の喧騒も、再び近くなる。
Cランク昇格。
プロ勇者への到達。
そして、新たに背負った痛み。
そのすべてを抱えたまま、それでも銀鍵同盟はまた先へ進むのだった。




