第37話 死線に間に合え
カレン、レスター、ヴァニラの三人は、ゼストの指示だけを頼りに動いていた。
絶えず移動し、ヴァニラが遠距離から攻撃を仕掛け、レスターとカレンは防御に徹する。
「貫雷撃ッ!」
ヴァニラの杖先から青白い雷が走る。
一直線に放たれた雷撃は、カナゼルの胸元を狙った。
だが、カナゼルは身体をわずかに横へずらすだけでそれを避ける。
「悪くない。しかし、素直すぎるなあ」
カナゼルが薄く笑う。
その周囲に、鋼鉄の剣が生成された。
一本ではない。
短剣、長剣、幅広の大剣、細身の刺突剣。
本来なら同じ場所に並ぶはずのない刃が、夜の空間にずらりと浮かんだ。
それらが、まるで意思を持つかのように刃先を三人へ向けた。
「来る!」
カレンが叫ぶ。
次の瞬間、鋼鉄の剣が一斉に飛来した。
「っ!」
レスターが大盾を構え、数本の剣が盾に突き刺さる。
だが、すべてを盾で受けるわけにはいかない。
「右!」
カレンが紅椿を振るう。
炎を纏った刃が、横から飛んできた剣を叩き落とした。
ヴァニラは身を低くして、頭上を通過する剣をかわす。
「こ、こんなの反則だよぉ!」
「泣き言はあと!」
カレンが叫ぶ。
カナゼルは、ただ剣を飛ばすだけではなかった。
空間から剣を降らせる。
「上!」
レスターがヴァニラの肩を掴み、強引に横へ跳ばせる。
直後、さっきまでヴァニラがいた場所に、三本の剣が突き刺さった。
さらに、ぬかるんだ土を裂き、地面から刃が突き上がる。
「くっ……!」
カレンは寸前で後ろへ跳び、足元から突き出した剣をかわした。
遠距離から剣を生成し、飛ばし、降らせ、突き上げる。
攻撃範囲が広く、手数が多い。
カナゼルは真正面から打ち合う相手ではない。ゼストの読みは当たっていたのだ。
「いい判断だ」
カナゼルが言う。
「ゼスト・マクシムの指示かな? やはり厄介だなあ、彼は」
「アンタの相手は私たちよ!」
カレンが紅椿を振るう。
炎を纏った斬撃が飛来する剣を弾く。
しかし、その瞬間を狙って地面から剣が突き出した。
「っ!」
カレンは横へ跳ぶ。
そこへ、空中に浮かんだ短剣が追撃する。
「カレン!」
レスターが大盾を投げ出すように割り込み、短剣を弾いた。
「助かった!」
「まだ来る!」
レスターの言葉通り、次の剣が飛ぶ。
ヴァニラが杖を構えた。
「|群灼火炎!」
複数の高密度の火球が飛翔し、迫る剣のいくつかを溶かす。
「はぁ……はぁ……!」
ヴァニラの息は、すでにかなり荒くなっていた。
無理もない。
昼間にはリザードマン本隊と戦い、湖で轟雷撃を撃った。
その後、ようやく休めると思ったところで、この襲撃である。
体力も魔力も、十分に回復していない。
それはカレンもレスターも同じだった。
カレンは紅椿を握る手に力を込める。
腕も足も重いが、止まれば刺し殺されてしまう。
レスターは左肩からじわじわと血を滲ませていた。
ゼストに治してもらったが、それでも不完全。
本来であれば安静にするべきだが、そうも言ってられない。
今の激しい動きで、傷口が開き始めていた。
「随分と疲れているなあ」
カナゼルが微笑む。
「戦闘前に何かあったのかな? それとも、この程度で息が上がるのか」
「うるさい……!」
カレンが低く返す。
「強がりは嫌いではないよ」
カナゼルが指を鳴らす。
今度は、三人を囲むように剣が出現した。
「ただ、強がりだけでは死線は越えられない」
剣が動く。
「散って!」
カレンの声に合わせ、三人は別々の方向へ跳んだ。
レスターは大盾で正面の剣を受ける。
カレンは紅椿で左の剣を叩き落とす。
ヴァニラは右へ逃げようとした――しかし。
「あっ……!」
足がぬかるみに取られ、ヴァニラの身体が前のめりに崩れる。
その瞬間、カナゼルの目が細まった。
空中に細身の剣が三本現れ、刃先はすべてヴァニラへ向いていた。
「ヴァニラ!」
レスターが叫ぶ。
考えるより早く、彼は動いた。
大盾を片手で構えたまま、ヴァニラの元へ飛び込む。
転びかけた彼女の身体を右腕で抱え上げた。
「レスターくん!?」
「掴まって!」
飛来する剣。
そのうち一本を、カレンが叩き落とす。
「させない!」
紅椿が炎の軌跡を描き、二本目も弾いた。
三本目は、レスターが大盾で受ける。
甲高い音が響いた。
「うっ!」
レスターの表情が歪む。
左肩の傷口が完全に開き、血が流れ始めた。
ヴァニラはレスターに抱えられたまま、青ざめた。
「レスターくん、血が……!」
「大丈夫っ……」
レスターはそう言って、ヴァニラを抱えたまま後ろへ下がる。
カレンが二人の前に立つ。
炎を纏った紅椿を構えながら、歯を食いしばった。
状況は、かなり悪い。
銀鍵同盟は三人とも限界なのに、カナゼルはまだ余裕を崩していない。
ヴァニラは震える手で杖を握った。
「カレンちゃん……」
「なに?」
「私、たぶん……あと一発くらいしか大きいの撃てない」
その声に、カレンの胸が締めつけられた。
「どうすればいい?」
ヴァニラが訊く。
カレンは一瞬、カナゼルを見た。
撃つなら、カナゼルへ。
当然そう考えるべきだ。
――でも、当たるの?
あの男は、ヴァニラの雷撃を見切って避けた。
中途半端な一発では、決定打にならない可能性が高い。
それに、カナゼルを倒すことはゼストから任された役割ではない。
耐えろ。ゼストはそう言った。
カレンの脳裏に、少し前の光景が浮かんだ。
夜空に撃ち上がった、ゼストの青白い陣灼火炎。
緊急事態を知らせるための光。
「ヴァニラ」
カレンは短く言った。
「真上に撃って」
「真上……?」
「ゼストに位置を知らせるの。ヴァニラの炎なら、絶対に気づく」
ヴァニラは一瞬だけ目を見開き、弱々しくも頷いた。
カナゼルが興味深そうに目を細める。
「相談は終わったかな?」
「ええ」
カレンは紅椿を構え直す。
「では、そろそろ幕引きにしようか」
カナゼルの周囲に、また鋼鉄の剣が生成される。
今までより多い。
空間が刃で満たされていくようだった。
レスターはヴァニラを抱えたまま、大盾を構える。
「ヴァニラ、撃てる?」
「うん……!」
ヴァニラは震える手で杖を天へ向けた。
枯渇寸前の魔力。
意識もぼんやりしてきた。
――それでも。
「お願い……届いて……!」
杖先に、赤い火球が生まれる。
小さくない。
今のヴァニラに残された、ほとんどすべてを込めた火球。
「灼火炎ッ!」
火球が真上へ放たれた。
夜空へ向かって一直線に昇り、上空で大きく爆ぜた。
赤い光が、闇を照らす。
その瞬間、ヴァニラの身体から力が抜けた。
「ヴァニラ!」
意識を失ったヴァニラを、レスターが抱え直す。
「実に感動的だ」
カナゼルは笑う。
「だが、彼が来るまで保つかな?」
鋼鉄の剣が、一斉に動き出そうとした――その瞬間だった。
轟音とともに、夜空が白金の光によって裂けた。
「――ッ!」
カナゼルが咄嗟に跳ぶ。
次の瞬間、さっきまでカナゼルが立っていた場所に、金色の雷が落ちた。
「これは……轟雷撃か!」
カナゼルは寸前で避けたが、余裕の笑みは消えている。
カレンは息を呑んだ。
レスターも顔を上げる。
雷の残光の向こうに、その勇者は立っていた。
ロッドを握り、濃紺の瞳でカナゼルを睨んでいる。
「悪い」
ゼストは短く言った。
「待たせたな」
カレンの胸から、ようやく息が漏れた。
「まったく……遅いっての」
ゼストは三人の仲間を見た。
意識を失ったヴァニラ。
血を流すレスター。
息を切らしながらも紅椿を構えるカレン。
ゼストの目が、静かに冷える。
「よくもまあ、うちの仲間をここまで追い込んでくれたな」
カナゼルは少しだけ口角を上げた。
「ようやく来たか、ゼスト・マクシム」
「ああ」
ゼストはロッドを構える。
「ここからは――俺が相手だ」




