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第36話 邂逅

 炎が夜を裂いていた。


 村長の家を飛び出した銀鍵同盟の四人は、燃え上がる民家へ向かって走った。


 火の粉が舞う現場で、村人たちの悲鳴が響く。

 湿った湖畔の村に、焦げた木材と煙の臭いが広がっていた。


「あそこ、やっぱり……!」


 ヴァニラが息を呑む。


 燃えていたのは、やはりラッカの家だった。

 家の前には、村人たちが集まっているが、誰も近づけない。


 炎の熱。そして、それ以上に――家の前に立つ、異様な影。


「……魔族」


 カレンが紅椿(ベニツバキ)の柄に手をかけた。


 そこにいたのは、人型の魔族だった。


 噂されていた人型魔族。

 ペイジ周辺で目撃されたという話は聞いていた。


 だが、ここはカイラブ湖西岸の小さな村。

 辺境の内陸部と言っていい場所だ。


 まさか、こんなところにまで辿り着いているとは。


 数は四体。


 三体は、フードを深く被っている。

 人間に近い体格だが、漏れ出す気配は明らかに違う。

 魔族特有の、肌を刺すような威圧感があった。


 そして、もう一体。


 濃緑の髪を後ろでまとめた、角付きの魔族。

 他の三体とは明らかに格が違う。


 ゆったりとした立ち姿。

 戦場のど真ん中にいながら、焦りも怯えもない。

 むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。


「父ちゃん……父ちゃんっ!」


 ラッカの声が聞こえた。


 ゼストがそちらを見る。


 ラッカが、泣きながら地面に膝をついていた。


 その視線の先に、倒れている男がいる。


 昨日、ラッカを抱きしめて泣いていた父親の身体は、もう動いていなかった。


「ああ、父ちゃん……」

「見るなっ!」


 ゼストは反射的に駆け寄り、ラッカの目元を手で覆った。


 ラッカの小さな身体が震えている。


「ゼスト兄ちゃん……父ちゃんが……父ちゃんが……!」


 ゼストの胸の奥に、冷たい怒りが沈んでいく。


 燃える家。

 殺された父親。

 泣き叫ぶ子供。


 それを前にして、角付きの魔族は薄く笑っていた。


「補給で立ち寄っただけだが……」


 濃緑の髪の魔族が、ゆっくりと前に出る。


「まさか、ここで巡り会うとはなあ」


 その声は、妙に滑らかだった。


 人間の言葉を、ただ真似ているだけではない。

 意味を理解し、感情を乗せ、相手の反応を楽しんでいる。


 カレンが剣を抜く。


「……知り合い?」


 問われたゼストは、ラッカを背後の村人へ預けながら答えた。


「いや、知らない奴だ」

「そうか。こちらは知っているとも」


 角付きの魔族は、愉快そうに目を細めた。


「なあ――ゼスト・マクシム」


 その名を呼ばれた瞬間、空気が一段重くなった。


「ハイポリオン家配下のカナゼルとは私のことだ」


 魔族は胸に手を当て、芝居がかった仕草で名乗る。


「以後、覚えておきたまえ?」

「聞いてねえよ」


 ゼストは短く言った。


「構えろ」


 三人の表情が引き締まり、それぞれの武器を構える。


 初めての人型魔族との戦闘。


 今まで戦ってきた魔物とは違う。

 オークやリザードマンのような、群れの魔物とも違う。


 目の前の相手は、人間と同じように考え、話し、策を弄する。

 しかも、明らかに強い。


 村人たちも守りながら、四体の敵を相手しなければならない。

 状況は最悪に近かった。


 ゼストは夜の空を見上げる。


 このまま戦えば、周辺にいるかもしれない勇者たちは異変に気づかない。

 ならば、知らせる必要がある。


陣灼火炎(レルム・ブレイズ)


 ゼストのロッドの先に、青白い炎が生まれた。


 ヴァニラが息を呑む。


 通常の炎とは違う。

 高密度で、異様なほど熱く、夜の闇を青く照らす炎。


 ゼストはそれを、村の上空へ撃ち上げた。


 青白い炎が夜空で爆ぜる。


 轟音。

 閃光。

 まるで狼煙のように、異常を周囲へ告げる光だった。


 村人たちが悲鳴を上げて伏せる。

 カナゼルは不愉快そうに眉を動かした。


「面倒なことをしてくれるなあ」


 そして、フードの三体へ視線を向ける。


「お前ら、やれ」


 三体の人型魔族が動いた。


 ただし、銀鍵同盟へではなく、村人たちへ向かっていく。


「っ!」


 レスターの顔色が変わる。


 守るべき人々を狙い、戦力を分散させ、判断を遅らせる。

 勇者にはこれが一番効くということを、カナゼルは分かっている。


「ゼスト!」


 カレンが叫ぶ。


 ゼストは一瞬で判断した。


 実力的に考えれば、カナゼルを自分が抑えるのが普通。


 しかし、村人を守りながら三体の魔族を処理できるのは誰か。

 レスターたち三人では、カナゼルと手下三体すべてを同時には止めきれない。


 ならば。


「カレン、レスター、ヴァニラ!」


 ゼストは叫ぶ。


「カナゼルを任せる!」

「なっ――!」


 カレンが目を見開く。


「どんな攻撃をしてくるか分からない! 絶えず移動しろ! ヴァニラが遠距離で攻撃の主体、レスターとカレンは防御に専念! 倒そうと思うな、耐えろ!」


「でも、ゼストは!?」


「村人を守る!」


 ゼストの足元から、黒い影が立ち上がった。


魔影分体(シャドウ・コピー)


 影が二つ、人型を成す。

 濃紺の勇者と同じ姿の分身が二体。


 ゼストはロッドを握り、三体の手下魔族へ向かった。


「行け!」


 その声に押されるように、カレンたちはカナゼルへ向き直る。


 カナゼルは、面白そうに笑っていた。


「ほう。私を雑魚三人に任せるか」

「舐めてると痛い目見るわよ」


 カレンは紅椿(ベニツバキ)を構える。


 だが、ゼストの指示通り踏み込まない。


 レスターが前に出て、大盾を構える。

 ヴァニラは後方へ移動しながら杖を構えた。


貫雷撃(レイ)!」


 ヴァニラの雷が走る。


 カナゼルは身体をわずかに傾けるだけでかわした。


「遅いな」

「まだまだ!」


 ヴァニラはすぐに移動する。


 同じ場所に留まらない。

 撃って、動く。

 撃って、動く。


 カナゼルの攻撃方法は分からない。

 だからこそ、的を絞らせてはいけない。


 一方、村の中ではゼストが動いていた。


 手下魔族の一体が、逃げ遅れた村人へ爪を振り下ろす。


 その直前、ゼストの魔影分体(シャドウ・コピー)が割り込んだ。


 黒い影の腕が、魔族の爪を受け止める。


「逃げろ!」


 ゼストが叫ぶ。


 村人が転びそうになりながら走る。


 別の魔族が、燃える家の陰から子供を狙った。


 もう一体の魔影分体(シャドウ・コピー)が地面を蹴り、その首元へ短剣を叩き込む。


『ギッ!?』


 魔族がよろめく。


 ゼスト本体が魔族の前に立つ。


「悪いが」


 ゼストの目が細くなる。


「ここから先は一歩も通すつもりはない」


 魔族が咆哮し、飛びかかる。


 ゼストはロッドを振るい、足元に魔法陣を展開した。


群地槍(レギオン・スパイク)


 地面から岩の槍が突き出した。

 魔族の足を貫き、胴を裂き、動きを止める。


 だが、人型魔族はしぶとい。

 串刺しにされながらも、なお腕を伸ばしてくる。


「しつこいな」


 ゼストは短剣を抜いた。

 濃紺の刀身に轟雷撃(テンペスト)が付与され、金色の雷が走る。


「はぁッ!」


 一閃。

 魔族の首が飛んだ。


 ゼストは振り返らず、次の魔族へ向かう。


 村人を守り、逃げ道を作る。

 魔影分体(シャドウ・コピー)に命令を出し、人型魔族を相手取る。


 同時にやることが多すぎるが、ゼストにとっては造作もない。


「そっちの婆さんを連れてけ! 子供は家の裏へ回せ! 火に近づくな!」


 叫びながら、魔族の爪をかわし、ロッドで顎を打ち抜く。


 魔影分体(シャドウ・コピー)が二体目を押さえ込む。


 ゼストはその背後に回り込み、雷を纏わせた短剣で心臓部を貫いた。


 最後の一体は、村人を人質に取ろうとしていた。

 細い腕で、ラッカの母親の首を掴んでいる。


「動くな」


 魔族が歪んだ声で言う。


 ゼストの目が、冷たくなった。


「それは悪手だ」


 次の瞬間、魔影分体(シャドウ・コピー)の一体が地面へ溶けた。


 影となって走り、魔族の背後から立ち上がる。


 魔族が反応するより早く、影の腕がラッカの母親を引き剥がした。


貫雷撃(レイ)


 ゼストの雷が魔族の額を撃ち抜いたことで、三体目が倒れる。


「母ちゃん!」


 ラッカが泣きながら母親へ駆け寄る。


 ゼストは周囲を見渡した。


 ラッカの父親以外の犠牲は出さずに済んだようだ。


 しかし、魔族集団のリーダーたるカナゼルの姿はない。

 カレンも、レスターも、ヴァニラもそこにはいなかった。


 ――今もどこかで移動しながら戦っているのか。


 しかしこの状況。自分が離れれば村にも危険が迫る。

 後続部隊がいるかもしれない。


「ゼスト兄ちゃん、行ってよ。カレン姉ちゃんたちのところ」

「……ラッカ」


 ラッカは母親に寄り添いながら、そう言う。


「早く行って! 父ちゃんだけじゃなくて、カレン姉ちゃんたちまで死んじゃうの……嫌だから」

「――っ!」


 今にも泣きそうなラッカの切実な願い。

 それを受け取ったゼストは、逡巡を振り切ってカレンたちのもとへ駆け出した。

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