表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/77

第35話 決着のあと

 リザードマン隊長(リーダー)が、喉の奥を震わせるように鳴いた。


『ギュルァッ!』


 短い指示。

 その声に応じ、リザードマン戦士(ソルジャー)二体が同時に駆け出した。


「私がやる!」


 カレンは紅椿(ベニツバキ)を構え、二体のリザードマン戦士(ソルジャー)を迎え撃つ。


 炎を纏った紅蓮の刀身が、湿った林の中で揺らめいた。


 一体目が槍を突き出し、二体目が曲刀を横から振るう。


 カレンは槍を半身でかわし、曲刀を紅椿(ベニツバキ)で弾いた。


「邪魔なのよ!」


 カレンは踏み込み、一体目の腕を狙う。


 だが、リザードマン戦士(ソルジャー)も簡単には斬られない。

 槍の柄を引き戻し、紅椿(ベニツバキ)の斬撃を受け流す。


 そこへ、もう一体が背後から迫った。


「カレン!」


 レスターが動こうとする。

 だが、左肩の傷が開き、血がさらに流れた。


「ぐっ……」

「血が止まらないな……」


 ゼストはレスターの左肩を見る。


 先ほどの投槍による裂傷。

 応急処置をしなければ、戦闘が長引くほど危険になる。


「一旦引いて治そう」

「――いや、処置はあとで!」


 レスターは右手で大盾を握り直した。


「盾に専念すれば、()でなんとかなるから!」

「……わかった」


 ゼストは一瞬だけ迷い、それでも頷いた。


「ただ、無理はするな」

「了解!」


 レスターは大盾を構え、カレンの方へ走る。


 その間にも、リザードマン隊長(リーダー)は後方から槍を投げてきた。


 鋭い投擲。

 狙いは、またしてもヴァニラ。


「っ!」


 ヴァニラが身を竦ませる。


 ゼストはロッドで槍の軌道を逸らし、舌打ちした。


「一投目から、ヴァニラしか狙ってねえな」

「私……?」

「ああ。相当警戒してる」


 リザードマン隊長(リーダー)は、よく見ている。


 こちらの中で最も広範囲に戦況を壊せるのはヴァニラだ。

 だからこそ、真っ先に潰しに来ている。


 ヴァニラは青ざめた顔で、レスターの背中を見た。


 自分を庇って、レスターが傷を負った。

 その事実が、胸の奥に重く刺さっている。


「ヴァニラ」


 ゼストが短く声をかける。


「このまま逃げ回ってても埒が明かない。徐々に後方にいる隊長(リーダー)へ接近するぞ」

「う、うん……」


 ヴァニラは頷いた。


 まだ申し訳なさは消えない。

 怖さもある。

 狙われているという感覚が、身体を硬くする。


 それでも、足は止めなかった。


 ゼストとヴァニラは、槍の射線を避けるように木々の間を移動しながら、少しずつリザードマン隊長(リーダー)との距離を詰めていく。


 一方、前線では。


「攻撃に集中させてもらうわよ?」


 カレンが短く言った。


 レスターは大盾を構え、カレンの横に立つ。


「うん。防御は任せて」


 その声は、左肩から血を流しているとは思えないほど、いつも通りだった。


 リザードマン戦士(ソルジャー)二体が、再び連携して襲いかかる。


 カレンはあえて槍持ちへ突っ込んだ。


 当然、横から曲刀が来るが。


「させない!」


 レスターの大盾が割り込み、曲刀が盾に弾かれた。


 その瞬間、カレンの紅椿(ベニツバキ)が槍持ちの懐へ入る。


「はぁっ!」


 炎を纏った斬撃が、リザードマン戦士(ソルジャー)の胴を深く裂いた。


 さらに一歩。

 カレンは返す刃で首筋を斬り抜く。


 一体目が倒れる。


 もう一体が怒号を上げ、曲刀を振りかぶった。


 レスターが盾で受ける。

 左肩に響いたのか、表情がわずかに歪む。


 それでも、踏みとどまった。


「今!」

「分かってる!」


 カレンはレスターの盾の陰から飛び出し、紅椿(ベニツバキ)を突き込んだ。


 紅蓮の刀身が突き刺さる。


『ギャッ……!』


 リザードマン戦士(ソルジャー)は数歩よろめき、そのまま膝をついて倒れた。


「よし……!」


 レスターが息を吐く。


 カレンはすぐに顔を上げた。


「親玉は……あっ!?」


 リザードマン隊長(リーダー)は、ゼストたちから一定の距離を保つように後退していた。


 部下が全滅したのを見た瞬間、判断を変えたのだろう。


 林の奥ではなく、今度はカイラブ湖へ向かって走っていた。


「逃げる気だ!」


 ゼストが叫ぶ。


 リザードマン隊長(リーダー)は、湖岸へ飛び出した。

 そして、迷いなく湖面へ飛び込む。


 水しぶきが上がった。


「くそ、湖に入られた!」


 カレンが歯噛みする。


 陸上なら追えるが、水中に逃げられれば敵の領域だ。


 ゼストは走りながら、横のヴァニラへ声をかけた。


「ヴァニラ」

「な、なに!?」

「自分のせいで仲間が傷つくのは辛いよな」


 ヴァニラの顔が曇る。


「うん……て、えっ!? ちょっと待っ――」


 次の瞬間、ゼストはヴァニラを担ぎ上げた。


「ゼ、ゼストくん!?」


 ヴァニラの声が裏返る。


 ゼストの身体から、剛闘気(ハイブレイブ)の濃いオーラが立ち上った。


「でもな――反省は後だ!」


 ゼストは湖面へ向かって踏み込み、ヴァニラを投げた。


「いやあああああああああ!?」


 ヴァニラの身体が空を飛び、一気に湖面の上空へ。

 風が耳元で鳴り、視界が一気に開ける。


 林。湿地。湖岸。

 カイラブ湖の広い水面。

 遠くに浮かぶ小さな漁船。


 広大な景色が目の前に広がり、ヴァニラの中で――何かが吹っ切れた。


 ヴァニラは水面の下を泳ぐ影、リザードマン隊長(リーダー)を捉える。


 カレンがやけになって叫ぶ。


「やっちゃえ! ヴァニラ!」


 ヴァニラは空中で杖を握り直し、杖先を湖面へ向けた。


「――轟雷撃(テンペスト)ッ!」


 青白い雷が、空から湖へ落ちた。

 轟音とともに、湖面が一瞬、白く弾ける。


 雷撃は水を伝い、逃げるリザードマン隊長(リーダー)へ到達した。

 水中で影が大きく跳ねる。


 ヴァニラ自身も湖面へ落ちて、大きな水しぶきが上がった。


「ヴァニラ!」


 レスターが叫んだ数秒後。


「ぷはっ!」


 ヴァニラが水面から顔を出した。


「た、倒した……って気持ちわる!」


 その言葉とほぼ同時に、湖面に巨大なリザードマンの身体と、おびただしい数の魚の死体が浮かんできた。


「……」

「……」

「……」


 銀鍵同盟の三人は、しばらく黙った。


 レスターが最初に声を上げる。


「お手柄だね! ヴァニラ!」

「褒める前に助けてぇ!」


 ヴァニラが湖面でじたばたする。


 ゼストは鼻を押さえた。


「それにしても、すごい匂いだ」

「魚が一気に浮いたからね……」


 レスターが苦笑する。


 カレンは遠くに目を向けた。


 湖面の少し先に、漁船が一隻浮かんでいる。

 こちらの騒ぎに気づいたのか、船上の男たちがぽかんと口を開けて見ていた。


「あっちにいる漁船に頼んで、ヴァニラも魚もラッカの村まで運んでもらう?」

「それがいいな」


 ゼストは頷いた。


「私は魚と一緒に運ばれるの!?」


 湖の中でヴァニラが叫ぶ。


「大丈夫だ。今日の主役だぞ」

「嬉しくないよ!」


 こうして、リザードマン隊長(リーダー)討伐任務は、何とも言えない魚臭さとともに決着した。


 ☆ ☆ ☆


 その後、ゼストたちは漁船の船長に事情を説明し、ヴァニラと大量に浮かんだ魚を回収してもらった。

 もちろん、漁船にも魚はお裾分けである。


「いやぁ、勇者さまたちも豪快な漁をするもんだな」


 船長が笑う。


「漁じゃないです……討伐です」


 ずぶ濡れのヴァニラが、船の隅で膝を抱えながら呟いた。


「まあまあ。村の人たちは助かると思うよ」


 レスターが布で左肩を押さえながら言う。


「深い傷だったから、俺の癒光(ヒール)じゃ傷が塞がり切らなかったな」

「うん。ルカリスに帰ったら、本職の回復術師に頼むことにするよ」


 ゼストはレスターの傷を確認しながら頷いた。


 村へ戻る頃には、日は傾き、空は赤く染まり始めていた。


 漁船いっぱいに積まれた魚。

 日差しによって乾きつつあるヴァニラ。


 村人たちは最初、何が起きたのか分からない様子だった。

 だが事情を聞くと、すぐに歓声が上がった。


 村長らしき老人が、深々と頭を下げる。


「リザードマンの活性化で、この夏は漁に出る回数を抑えていたんだ。いやぁ、ありがたいです」

「たまたま魚も浮いただけですけどね」


 ゼストが苦笑する。


「それでも助かります。これだけあれば、村中に分けられる」


 村人たちは手分けして魚を運び始めた。

 一部は漁船へ。

 一部は村の共同の干し場へ。

 一部は今夜の食事用に。


 ヴァニラは着替えと湯を借り、ようやく魚臭さから解放されかけた。


「……まだちょっと魚の気配がする」

「気配って何よ」


 カレンが呆れる。


 その日は、村長の家に泊めてもらうことになった。


 大量の魚を手土産に、というより、ほとんど村への贈り物のような形だったが、村長は何度も礼を言った。


 食卓には、また魚料理が並んだ。


 焼き魚に、魚のスープ。

 香草で蒸した魚と、小魚の揚げ物。


 ヴァニラは少しだけ遠い目をした。


「魚……」

「今日の功労者だぞ」


 ゼストが笑う。


「食べて弔うべきね」


 カレンが真面目な顔で言う。


「ヴァニラの雷に巻き込まれた魚たちに対して」

「急に罪悪感が増したよ……」


 穏やかな時間だった。


 村人たちも入れ替わり立ち替わり礼を言いに来た。

 ラッカも目を輝かせながら、ヴァニラの雷撃の話を聞きたがった。


「空から雷を落としたの!? すごい!」

「落としたというか、落とされながら撃ったというか……」

「ヴァニラ姉ちゃん、かっこいい!」

「そんなに大したことないのよ……トホホ」


 リザードマン隊長(リーダー)も討伐したことで、任務は無事に終わった。

 結果的に、魚という予想外のお土産までできた。


 少しずつ、緊張が解けていく。


 ――そのときだった。


「きゃああああああああっ!」


 どこかから、悲鳴が上がった。


 笑い声が止まる。


 銀鍵同盟の四人は、ほぼ同時に立ち上がり、村長の家を飛び出す。


 外はすでに暗い。

 家々の灯りが揺れている。


 その向こう。

 村の一角で、赤い炎が上がっていた。


 民家が燃えている。煙が夜空へ伸びていく。

 ただの火事にしては、火の回りが早すぎる。


 ゼストはその方角を見た瞬間、表情を変えた。


「最悪だ……」


 昨日、自分たちを迎えてくれて、温かい料理を出してくれた場所。

 家族の話をした、あの家。


「僕の家……なの?」


 ラッカは信じられないという様子で呟く。


 決着のあとに訪れたはずの平穏は、炎の中で一瞬にして砕け散った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ