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第33話 リザードマン本隊

 翌朝。

 ラッカの家で朝食をご馳走になった銀鍵同盟の四人は、村人たちに見送られながら村を出た。


 目的は、リザードマン本隊の捜索。


 昨日逃がしたリザードマン戦士(ソルジャー)の痕跡を追えば、群れの本隊に辿り着ける可能性が高い。


 湿地には、確かにその形跡が残っていた。


 ぬかるみに残る爪のある足跡に、踏み荒らされた葦の茂み。


 ゼストはしゃがみ込み、泥に残った足跡を確認する。


「昨日の奴だな。逃げ足が乱れてる。相当慌ててたらしい」

「追えそう?」


 カレンが訊く。


「ああ。ただ、足場は悪い。油断すると体力持ってかれるぞ」


 ゼストの言葉通り、湿地の行軍は簡単ではなかった。


 地面は柔らかく、踏み込むたびに靴が沈む。

 水たまりを避ければ遠回りになる。

 葦の茂みを抜ければ、服や装備が引っかかる。


 それでも、四人の足取りは崩れない。


 特に、ヴァニラは目覚ましい変化を遂げていた。


「はぁ……はぁ……でも、まだ大丈夫……!」


 汗を滲ませながらも、遅れずについてきている。


 以前のヴァニラなら、とっくに音を上げていたはずだ。

 しかし、一か月の修行期間で毎朝走り続けた成果は、確かに出ていた。


 ゼストはちらりとヴァニラを見る。


 ヴァニラは息を切らしながらも、笑って返した。


 レスターも振り返る。


「無理はしないでね。足場が悪いところは言ってくれれば手を貸すよ」

「うん、ありがと。でも、今は大丈夫」


 ヴァニラは杖を握り直す。


「ちゃんとついていくよ」


 カレンが少しだけ口元を緩めた。


「頼もしくなったじゃない」

「えへへ……もっと褒めて」


 そんな軽口を挟みつつ、一行はさらに奥へ進んでいく。


 やがて、湿地の先に低い林が見えてきた。

 木々の根元には水が溜まり、ところどころに葦が群生している。


 リザードマンが潜むには、いかにも都合のいい場所だった。


 カレンが不意に足を止める。


「しっ……なにか音がする」


 全員が動きを止めた。


 風の音。虫の声。水の揺れる音。

 その奥に、低い喉鳴りのような声が混じっている。


 ゼストは身を低くし、林の奥を覗いた。


 ――いた。


 リザードマンの群れだ。


 通常リザードマンが十数体。

 さらに、装備の整ったリザードマン戦士(ソルジャー)が複数。


 そして、その中心。


 他の個体より一回り大きく、鱗の色も濃い。

 肩には骨と革を組み合わせた装飾具。

 手には長柄の槍。

 周囲のリザードマンに短く鳴き声を飛ばし、配置を動かしている個体――リザードマン隊長(リーダー)


 今回の討伐対象であり、この群れの親玉だ。


「見つけたな」


 ゼストが小声で言う。


「数は?」


 レスターが訊く。


「依頼書通りなら、隊長、戦士五体、通常二十体。昨日倒した通常四体と合わせても、大体合ってる」

「相手は気づいてる?」

「まだだ」


 幸い、風向きも悪くない。

 こちらは林の外側、やや高い茂みの陰にいる。

 先手を取れる。


 カレンは紅椿(ベニツバキ)の柄に触れた。


「いつもなら、ヴァニラの大火力で一気に片づけるところだけど……」

「ここで火を広げるのは危ねえな」


 ゼストは林の木々を見る。


 湿っているとはいえ、村から近からず遠からずの距離だ。

 火災になれば、村に被害が出る可能性がある。

 大規模な群爆火炎(レギオン・バースト)陣灼火炎(レルム・ブレイズ)は避けたい。


 ヴァニラが杖を握り、少し考えた。


「だったら……!」


 三人が彼女を見る。


群貫雷撃(レギオン・レイ)で大量スタンを狙わない? 水辺だし、地面も湿ってるから、電撃の通りはいいはず」


 ヴァニラは林の奥を見る。


「倒し切れなくても、動きを止められれば、カレンちゃんとレスターくんが一気に切り込める」


 ゼストは一瞬だけ考えた。


 リザードマンは水辺に強い。

 だが、湿った環境は雷魔法の通りも良くする。

 範囲を広げすぎれば味方を巻き込む危険があるが、奇襲の初手なら有効だ。


「いい案だ」


 ゼストは頷いた。


「それでいこう」


 ヴァニラの顔が明るくなる。


「レスター、カレン」


 ゼストは二人を見る。


「二人はカイラブ湖側から回り込め」

「了解」

「分かった」


 レスターが頷き、カレンは短く答えた。


「ヴァニラは俺とここから初手を撃つ。撃ったら位置がバレるから、すぐ移動できるようにしとけ」

「分かった」


 四人はそれぞれ動き出した。


 レスターとカレンが、低い姿勢のまま湖側へ回り込む。

 湿地の草を踏まないように、音を殺して進む。

 訓練で積んだ基礎体力と足運びが、ここで効いていた。


 ヴァニラは深く息を吸い、杖を構えた。


 ゼストが小さく手を上げる。


 湖側に回り込んだカレンが、茂みの向こうで頷く。

 レスターも位置についた。


 準備は整った。


「いけ」


 ゼストが短く言った。


 ヴァニラは杖先に魔力を収束させ、複数の導線を描く。


「――群貫雷撃(レギオン・レイ)ッ!」


 青白い雷が、杖先から放たれた。


 湿った地面を走り、水気を伝い、枝分かれするようにリザードマンの群れへ広がっていく。

 波状に拡散するショック。


『ギィッ!?』

『ギャアッ!?』

『グ、ギギッ!?』


 リザードマンたちが一斉に痺れた。


 身体が硬直し、武器を取り落とす個体もいる。

 当たり所の悪かった通常リザードマン数体は、電撃をまともに受けてその場で倒れ、二度と動かなかった。


「入った!」


 ヴァニラが声を上げる。


「上出来だ!」


 ゼストもすぐに周囲を見る。


 だが、次の瞬間。


『ギュルァアアアッ!』


 群れの中心で、リザードマン隊長(リーダー)が叫んだ。


 隊長は他より早く痺れから回復していた。

 鱗を震わせながらも、すぐに周囲へ命令を飛ばす。


 その声に、リザードマン戦士(ソルジャー)たちが反応した。


「やっぱり立て直しが早いな」


 ゼストが目を細める。


 だが、こちらも遅くはない。


「行くわよ!」


 カレンが茂みから飛び出した。


 紅椿(ベニツバキ)が抜かれる。

 刃に火炎(フレイム)が纏わりついた。


 紅蓮の刀身と赤い炎。

 その組み合わせは、湿った林の中でひどく鮮やかだった。


 痺れてほぼ無抵抗の通常リザードマンへ、カレンが迫る。


 一体目、首を斬る。

 二体目、胴を裂く。

 三体目、曲刀を握る腕ごと断つ。


 紅椿(ベニツバキ)に付与された炎が、傷口を焼き、動きを止める。

 カレンはまるで止まらない。


 斬って、踏み込み、また斬る。


 炎の軌跡が、林の中に赤い線を描いていく。


「速い……!」


 ヴァニラが思わず呟く。


 一か月前のカレンとは違う。


 紅椿(ベニツバキ)に慣れ、火炎(フレイム)の付与も実戦で扱えるようになった。

 何より、迷いが少ない。


 彼女は通常リザードマンを物凄い勢いで斬り殺しながら、リザードマン隊長(リーダー)へ迫っていく。


 一方、レスターは湖面側に残っていた。


 逃げようとする通常リザードマンの前に立ちはだかり、大盾で進路を塞ぐ。


「行かせないよ」


 痺れから戻りかけたリザードマンが曲刀を振るう。


 レスターはそれを盾で受ける。

 受けた瞬間、腕に淡い闘気(ブレイブ)が走った。


「はぁっ!」


 シールドバッシュによってリザードマンの身体が後方へ弾かれる。

 そこへ、レスターが剣を叩き込んだ。


 カレンが斬り損じた通常個体を、レスターは確実に処理していく。


 修行の成果が、ここにも現れていた。


 そして、カレンはついにリザードマン隊長(リーダー)の寸前まで迫った。


「取った――!」


 紅椿(ベニツバキ)を振り上げる。


 だが、その前に。


『ギィアッ!』


 痺れを振り切ったリザードマン戦士(ソルジャー)五体が、前に立ちはだかった。

 五体が連携して、カレンの進路を塞ぐ。


「ちっ……!」


 カレンは紅椿(ベニツバキ)を振るい、一体の槍を弾く。

 続く曲刀を避け、盾持ちの突進を横へずれる。


 だが、さすがに多い。


 五体の戦士(ソルジャー)を相手に、隊長まで一気に届かせるのは難しい。


 カレンは無理に突っ込まず、一旦後方へ跳んだ。


 単体の圧だけなら、オーク族長(ヘッド)ほどではない。

 だが、この個体の厄介さは別にある。


 それは指揮能力だ。


 痺れから回復した瞬間、命令を飛ばし、戦士を壁にして自分を守った。

 奇襲を受けながら、全滅だけは避ける形に持っていっている。


「途中まで上手くいってたのに……」


 ヴァニラが悔しそうに言う。


「さすがに練度が高いな」


 ゼストは冷静に答えた。


「完全な奇襲でも、全滅にまでは至らない。敵ながらちゃんとしてる」


 しかし、通常個体はかなり削った。

 隊長を守るために戦士たちが前へ出たことで、陣形も崩れている。


 そのとき。


 リザードマン隊長(リーダー)が短く鳴いた。

 二体のリザードマン戦士(ソルジャー)が、その両脇につく。


「逃げる気か」


 ゼストが呟く。


 隊長(リーダー)は二体の戦士(ソルジャー)を連れ、林の奥へ下がり始めた。

 湖側ではなく、林側。

 こちらから追いにくい方向だ。


 残るリザードマン戦士(ソルジャー)三体が、壁になるように前へ出る。


 さらに、ようやく痺れから戻ってきた通常リザードマン六体が、よろめきながら武器を構えた。


 もはや湖側に残る意味はないレスターが駆け寄ってくる。

 隊長が林側へ逃げた以上、今優先すべきは目の前の敵を切り抜けることだ。


「まずはここを切り抜けないとだね」


 レスターがカレンの隣に立つ。


 象牙色の大盾を構え、呼吸を整える。

 その表情には焦りはなかった。


 カレンは紅椿(ベニツバキ)を構える。

 刀身には、まだ火炎(フレイム)が灯っている。


「瞬殺して、逃げた親玉まで追いつくわよ」


 彼女の声に、迷いはなかった。

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