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第28話 修行に苦戦は付き物

 修行開始から、早くも二週間。


 真夏のルカリスは相変わらず暑い。

 昼間の石畳は日差しを吸って熱を持ち、商業区を歩けばそれだけで汗が滲む。


 しかしそんな日でも、第77支部の訓練場では、銀鍵同盟の声が響いていた。


「身体の内側に力を巡らせて! 筋肉と骨に沿わせる感じで!」


 カレンが木剣を構えながら叫ぶ。

 正面から迫るレスターの連撃を受け、払い、時に半歩ズレてかわす。


 レスターはいつもの大盾と木剣を持っていた。

 普段の彼は、敵の攻撃を受け止め、仲間を守る姿が多い。


 だが、今は違う。


「筋肉と骨に……沿わせるッ!」


 レスターが踏み込み、木剣を振るう。


 上段からの一撃。

 続けて横薙ぎ。

 さらに盾で距離を詰める。


 しかし、オーラなどの変化はない。


 タンク役のレスターにとって、攻める訓練は慣れないものだった。

 今までは守るために身体を鍛えてきた。

 だが、これからCランクを目指すなら、それだけでは足りない。


 受けたあと、押し返す。

 止めたあと、崩す。

 仲間を守るだけでなく、攻撃の起点になる。


 そのために必要なのが、闘気(ブレイブ)だった。


「あと――気合い!」

「気合い……はぁっ!」


 レスターが声を上げる。


 その瞬間、彼の腕にほんのわずかに淡いオーラが滲んだ。


 木剣の一撃が、さっきまでよりわずかに重くなる。


 カレンはそれを受け止め、目を見開いた。


「そう! たぶんそれ! 今の感じ覚えて!」


 レスターは一度距離を取り、腕を見下ろした。


 淡い闘気(ブレイブ)はもう消えている。

 だが、その感覚は確かに残っていた。


「今の……身体の中に力が通った感じがした」

「そう。それをもっと安定させるの」


 カレンは木剣を肩に担ぎ、ふっと息を吐く。


「私もまだ完璧じゃないけど、闘気(ブレイブ)は出せれば終わりじゃない。必要な瞬間に、必要な場所へ乗せないと意味がないわ」


 レスターは真剣に頷いた。


「もう一回お願い」

「いいわよ」


 カレンは木剣を構え直す。


「次は盾で受けて、押し返す、その一瞬に乗せてみて」

「分かった」


 レスターの表情が引き締まる。


 優しげな顔立ちの奥に、確かな集中が宿っていた。


 少し離れた訓練場の端では、別の音が響いていた。


 ばちっ。


 青白い光が走り、壁の前に置かれた的を焦がす。


「おっ!」


 ヴァニラが杖を構えたまま、嬉しそうに声を上げた。


 彼女の正面には、ゼストが立っている。


「いいぞ。その調子だ」


 ゼストは頷いた。


 ヴァニラはすでに、初級である雷撃(ボルト)の習得を終えて、今は中級の貫雷撃(レイ)の習得に移っていた。


 最初こそ指先を痺れさせたり、的ではなく地面を焦がしたり、なぜか自分の髪をふわっと逆立てたりしていたが、そこは魔法使いである。


 コツを掴んでからは早かった。


「放つというよりも、対象との導線を事前に引いて、そこに鋭く流すイメージだな」


 ゼストは指で空中に線を描く。


「火は面なのに対して雷は線だ。細く、速く、逃がさない感じだな」

「線……導線……鋭く流す……」


 ヴァニラは真剣な顔で頷く。


 普段はふわっとした雰囲気の彼女だが、魔法のことになると集中力が高い。


 杖先に魔力が集まる。

 火属性のときのような熱ではなく、空気が細かく震えるような感覚。


貫雷撃(レイ)ッ!」


 杖先から、強い電撃が一直線に走った。


 狙いは的の中央。


 電撃はほんの少し逸れたが、それでも的の端を貫き、焦げ跡を残す。


「威力も出てきたな。続けて」


 ゼストは的を確認しながらそう言いつつ、内心で少し感心していた。


 初めて会ったときから、ヴァニラの魔力量が多いことは分かっていた。

 だが、その才能は魔力量だけではなかった。

 ヴァニラは打てば響くタイプで、何より魔法の筋がいい。


 火属性に偏っていたせいで見えにくかったが、魔法使いとしての適性はかなりありそうだ。


「鋭く……速く……そこに、流す」


 ヴァニラが小さく呟く。


 杖先の光が、さっきより細く収束した。


貫雷撃(レイ)!」


 青白い閃光が走る。

 今度は的の中心を正確に撃ち抜いた。


「良い感じじゃない!?」


 ヴァニラが振り返る。


 ゼストは素直に笑った。


「ああ、バッチリだ」

「やったぁ!」

「予定を早めて、上級の轟雷撃(テンペスト)の習得に移ろうか」

「うんっ! どんどんいっちゃお〜!」


 ヴァニラは両手で杖を握り、やる気満々で頷いた。


 ☆ ☆ ☆


 一方で、順調な者ばかりではなかった。


 新技を掴みつつあるレスターとヴァニラに比べ、苦戦している人物が一人。


「えっと、まずは魔力を手のひらに集める感じで……」

「魔力を手のひらに」


 訓練場の別区画。


 ヴァニラは杖を持ち、カレンは少し不慣れそうに右手を前へ出していた。


 紅椿(ベニツバキ)は腰に下げたまま。

 今は剣ではなく、魔法の訓練である。


「そうそう。私の場合は、胸の奥がぽかぽかして、それを指先に流す感じかな」

「胸の奥がぽかぽか……指先に……」


 カレンは眉間にしわを寄せる。


「分かるような、分からないような」

「じゃあ、焚き火を思い浮かべてみて。小さい火を、手のひらの前に灯す感じ」

「焚き火……小さい火……」


 カレンは目を閉じ、集中する。


 手のひらに魔力を集める。


 剣を振るときの闘気(ブレイブ)とは違う。

 身体の内側に巡らせるのではなく、外へ出す。

 それも、ただ放出するのではなく、火という形に変える。


 理屈は分かる。

 ゼストにも説明されたし、ヴァニラも丁寧に教えてくれている。


 だが……。


「……」


 カレンの手元には、何も出現しなかった。


 風が吹き、沈黙が流れる。


 カレンはゆっくり目を開けた。


「出ないわね」

「う、うん。でも最初はそんなものだよ」


 ヴァニラが慌てて励ます。


「私も最初からできたわけじゃないし」


 カレンは深く息を吐いた。


 剣なら分かる。

 身体の使い方も、踏み込みも、斬撃の軌道も、努力すれば掴める。


 闘気(ブレイブ)も最初は感覚だったが、自分の身体の中に力を巡らせるという点では、まだ理解できた。


 だが、今回は違う。

 手のひらに小さな火を灯す。

 それが、思った以上に難しい。


「もう一回」


 カレンは諦めず、手を前へ出す。

 しかし、いつまで経っても何も現れない。


 カレンは手のひらを見つめた。


 ――悔しい。


 剣の訓練なら、上手くいかないと燃える。

 だが、魔法は上手くいかない理由が掴めず、妙な苛立ちがある。


 自分の身体なのに、自分の身体ではない部分を動かしているような感じ。


「やっぱり、私は剣の方が向いてるわね」

「でも、紅椿(ベニツバキ)に火を纏わせるんだよね?」

「……やるわよ」


 カレンの目が少し鋭くなる。


「できないまま終わるのは嫌だし」

「うん。じゃあ、もう一回――」


 ヴァニラが言いかけた、そのときだった。


「――魔法使いにでも転職したのか〜? カレン」


 聞き覚えのある声が、訓練場の入口付近から飛んできた。


 カレンの表情が、ぴたりと固まる。

 ヴァニラも振り返った。


 そこにいたのは、数人の職業勇者たち。


 Dランク上位パーティ、巨人の心眼(タイラント・アイズ)の面々と、デナムだった。

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