第27話 ゼストズ・ブートキャンプ②
夜明けと共に、銀鍵同盟の四人は大河沿いの道を走っていた。
ルカリスの中心を西から東へ横切る大河。
まだ人通りの少ない川沿いには、朝の涼しい空気が残っている。
遠くでは、早起きの商人たちが荷を運ぶ音も聞こえ始めていた。
そんな爽やかな朝の風景の中。
「はっ、はっ、はっ……!」
「ふっ、ふっ……!」
「ぜぇ……ぜぇ……!」
「おら、ヴァニラ! 足止めんな!」
銀鍵同盟は、地獄を見ていた。
先頭を走るのはレスター。
背中には、象牙色の大盾。
銀鍵同盟のエンブレムが刻まれたその盾を背負いながら、一定のペースで走っている。
盾の重さを考えれば明らかに異常なのだが、本人は苦しそうにしつつも、しっかり足を前へ出し続けていた。
その少し後ろにカレン。
紅椿を背負い、走っている。
そして最後尾で、今にも魂が抜けそうになっているのが、杖を背負ったヴァニラである。
「む、無理……しぬぅ」
「魔法使いでも……体力は必要だぞ!」
「分かってるけど……!」
ヴァニラは涙目になりながらも、何とか足を動かす。
戦場では、後衛だから安全ということはない。
魔力が切れたあと、味方の足を引っ張らずに退避しなければならない場面もある。
「ヴァニラ、大丈夫だよ」
先頭のレスターが少し振り返る。
「レスターくん……」
「あと少しで折り返しだから」
「折り返し……?」
ヴァニラの顔から血の気が引いた。
「まだ半分なの……?」
「そうだぞ」
ゼストがにっこり笑う。
「感動したか?」
「絶望したよ!」
カレンが横から息を切らしながら言う。
「ヴァニラ……喋る元気あるなら、まだ走れるわよ」
「カレンちゃんまで厳しい……!」
朝焼けの大河沿いに、四人の足音と声が響く。
十キロ。
これまではゼストとレスターだけのルーティンだった距離。
今日からは、銀鍵同盟全員の基礎鍛錬メニューに格上げである。
一か月の修行は、朝ランニングから始まったのであった。
☆ ☆ ☆
朝食と短い休憩を挟んだあと。
銀鍵同盟の四人は、初期の二週間訓練ぶりに第77支部の訓練場に立っていた。
「さて」
ゼストは訓練場の中央に立ち、三人を見回した。
「今日から一か月、ただ俺が一方的に教えるだけじゃない」
カレン、レスター、ヴァニラが顔を上げる。
「互いが互いの得意分野を教え合う」
「教え合う?」
ヴァニラが首を傾げる。
「そうだ。教えることで、自分の理解も深まる。自分が感覚でやってることを言葉にするのは、かなり良い訓練になるからな」
ゼストは指を立てた。
「まず、カレンはヴァニラから火属性魔法を教わる」
「……は?」
カレンの顔が一気に不服そうになった。
「剣士が魔法? ……私、剣を振るためにここにいるんだけど」
「剣をもっと強く振るために魔法を覚えるんだよ」
「どういう理屈よ」
カレンは腕を組む。
明らかに納得していない。
ゼストはそんなカレンを見て、にやりと笑う。
「初級の火炎を覚えたら、次は付与魔法を教える」
カレンの眉が動いた。
「付与魔法?」
「剣に魔法属性を纏わせるやつだな。俺が短剣に轟雷撃を付与したのを覚えてるだろ?」
オーク族長の首を、一瞬で斬り落とした濃紺の短剣。
金色の雷を纏ったあの一撃。
カレンははっきり覚えていた。
「……それを、紅椿にも?」
「剣に火を乗せられるようになれば、攻撃の幅はかなり広がるからな」
カレンの目が変わった。
さっきまでの不満げな表情が消え、剣士としての興味が前に出る。
「つまり、火炎を覚えれば、紅椿に炎を纏わせる土台になるってこと?」
「そういうこと」
「ヴァニラ」
カレンは即座にヴァニラへ向き直った。
「教えて」
「急にやる気!」
ヴァニラがびくっとする。
ゼストは満足げに頷いた。
「分かりやすくて助かる」
「うるさい。強くなるためならやるわよ」
「その調子だ」
続いて、ゼストはレスターを見る。
「レスターは、カレンから闘気を教わる」
「守備から攻撃へってことだね」
「理解が早くて助かる」
ゼストはレスターの大盾を見る。
「闘気を扱えれば、シールドバッシュやカウンターの威力が上がるからな」
「なるほど……」
レスターは真剣に頷いた。
「防御で受けて、そこで終わりじゃなくて、次の一手に繋げるんだね」
カレンは腕を組んだまま、レスターを見る。
「私、感覚派だから教えるの下手かもしれないわよ」
「はは……お手柔らかにお願いします」
ゼストは最後にヴァニラへ視線を向けた。
「そしてヴァニラ」
「はいっ」
「お前は俺から雷属性魔法を教わる。初級の雷撃からだ」
「雷属性……!」
ヴァニラの目が輝く。
別属性の習得は簡単ではない。
だが、火属性の扱いが安定してきたヴァニラが幅を広げるには、良いタイミングだった。
「雷属性は速度と貫通力が魅力だ。ヴァニラが雷撃を使えるようになれば、火で面を制圧しつつ、雷で一点を撃ち抜く選択肢ができる」
「か、かっこいいね……」
ゼストは三人を見回す。
「自分が得意なことを教えると、今まで感覚でやっていた部分が見えてくる。逆に、苦手なことを学ぶと、仲間がどれだけ難しいことをやっていたのかも分かる」
ゼストはロッドを肩に担いだ。
「これは単なる個別訓練じゃない。パーティ全体の理解を深める訓練だ」
レスターが静かに頷く。
「いいね。僕たちらしいと思う」
「うんっ」
ヴァニラも杖を握り直した。
「私、カレンちゃんにちゃんと火炎教えられるように頑張る」
「お願いするわ」
カレンは紅椿の柄に手を置いた。
「その代わり、レスター。闘気は容赦なくいくから」
「うん。よろしくね」
そう答えるレスターは、どこか不安そうに続ける。
「……なんだか僕だけ何も教えられてない気もするな」
「何言ってんだ。早朝の走りはレスターが担当だぞ? 銀鍵同盟の基礎体力の引き上げは任せた」
「……分かった!」
ゼストは手を叩いた。
「よし。じゃあ始めるぞ」
夏の訓練場に、剣と魔法の音が響き始める。
銀鍵同盟の一か月間に及ぶ修行は、まだ始まったばかりだった。




