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第25話 ドワーフのワザモノ

「こんな日照りだってのに、今日もすごい人の数だな」


 ゼストが額に手をかざしながら言った。


 隣を歩くカレンも、周囲の人波を見て息を吐く。


「スリに遭わないように気をつけないとね」

「……物騒なこと言うなよ」


 二人が歩いているのは、ルカリスの商業区でも随一の露店通り。

 前に進むだけでも一苦労なのは、ある種当然のことだった。


 肩がぶつからないように歩き、荷物を抱えた商人を避ける。

 子どもが走り抜けるのを見送っては、前から来た大柄な職人をやり過ごす。


 これだけで、地味に体力を使う。


「で、どこの武器屋で買うのよ」


 カレンが訊いた。


「こっちだ」


 ゼストは少し先の角を顎で示す。


「はぐれるなよ」


 ゼストはそう言うと、自然な動きでカレンの手を取った。


「なっ……!」


 ゼストは人混みをすり抜けるように進み、カレンの手を引いたまま右へ曲がる。


 確かに、この混雑では手を引かれた方が歩きやすい。

 歩きやすいのだが。


「……別に、手を引かなくてもいいでしょ」


 カレンは少しだけ頬を赤くしながらも、手を振りほどきはしなかった。


 露店通りを抜け、細い脇道へ入る。

 すると、途端に人通りが減った。


 賑やかな喧騒が少し遠のき、代わりに金属を叩く音が聞こえてくる。

 その規則的な重い音に導かれるようにしばらく進むと、年季の入った看板が見えた。


 看板には、槌と剣を組み合わせた意匠。

 扉の横に置かれた古い金床や、壁に掛けられた試作品らしき刃物から、確かな職人の気配が漂っていた。


 ゼストは慣れた様子で扉を開ける。


「こんにちは。カジタさん」


 店の奥から、低い声が返ってきた。


「おう、来たか」


 熱気のこもった工房の奥で、ひとりの職人が作業を止めた。


 低身長だが、丸太のような腕に、盛り上がった肩。

 髭はもじゃもじゃで、眉も太い。


 ――ドワーフである。


 ドワーフは人間と友好関係にある種族で、ルカリスのような大都市で働いている者も少なくない。

 特に鍛冶、金工、建築の分野では、彼らの技術を頼る者は多い。


 そのドワーフの職人――カジタは、布で手を拭いながら二人に近づいてきた。


 視線がゼストからカレンへ移る。


「そいつが、あんちゃんの言ってた女剣士か」


 カレンは少し緊張しながら、背筋を伸ばした。


「はじめまして。カレン・リードマンです」

「おう、聞いてるぜ。オーク族長(ヘッド)を斬ったんだってな。いい腕してるじゃねえか」


 カジタはにやりと笑う。


 褒められているのか、試されているのか。

 カレンには少し分かりにくかったが、悪い印象ではないことは確かだった。


 ゼストが口を挟む。


「さっそくですが、お願いしてたものを見せてもらっていいですか?」

「おう、すぐ持ってこさせるわ」


 カジタは奥へ向かって声を張った。


「おーい、アレ頼む!」

「はい、師匠!」


 工房の奥から、若いドワーフの職人が返事をした。


 しばらくして、その職人が両手で布に包まれた何かを抱えて戻ってくる。


 カレンは自然と息を呑んだ。


 職人が作業台の上にそれを置き、カジタが無造作に布を解く。


 ――その瞬間、カレンの目が奪われた。


 現れたのは、一振りの長剣だった。


 全長は、カレンが扱い慣れた長剣とほぼ同じ。

 だが、存在感がまるで違う。


「剣の名は――紅椿ベニツバキってところだな」

紅椿ベニツバキ……」


 刀身は紅蓮に染まっていた。

 ただ赤いだけではない。

 深い炎のような色合いを持ち、角度によって微かに明暗が揺らぐ。


 まるで、刃そのものが熱を内に秘めているかのようだった。


 鍔には、銀色の椿の意匠が施されている。

 剣としての実用性を損なわない範囲で、美しさが宿っていた。


「すごい……」


 カレンは思わず呟いた。


「へへっ、中々いい出来だろ?」


 カジタは誇らしげに胸を張る。


 ゼストも剣を見て、素直に感嘆した。


「ああ。さすがは、ジュウモンジ・シリーズを生んだドワーフの技だな」


 ジュウモンジ・シリーズ。

 かつてジュウモンジと呼ばれるドワーフの名工が製作し、勇者たちが使用したとされる七つの武器。

 それぞれが伝説級の逸品として語り継がれ、いまも勇者や職人たちの間では憧れの名として知られている。


 ゼストは目の前の紅蓮の長剣に、その伝説を思い起こさせる技術を見た。


 カジタは照れ隠しのように鼻を鳴らす。


「おいおい、ジュウモンジってドワーフ(おれたち)における伝説だぞ? それと比べられちゃあ照れるってもんよ」


 カレンは剣から目を離せないまま、ゆっくりと口を開く。


「これ……もしかして、私に?」

「ああ」


 ゼストが頷く。


「存分に使ってくれ」

「じゃあ、さっきまでの『今から買いに行く』みたいな態度は……」

「すまん、全部事前に仕込んでた。レスターやヴァニラにも、子芝居に付き合ってもらったんだよ」


 ゼストは少しだけ肩をすくめた。


「でもこれ、オーダーメイドってやつよね?」

「そうだな」

「なら、相当高いんじゃ……」


 カレンの声には、喜びよりも先に戸惑いがあった。


 ゼストはその反応を予想していたように、落ち着いて答える。


「良い仕事には相応の額を支払うべきだからな」

「それは、そうだけど」

「もちろん、俺の取り分で払った。パーティの金には手出してないから安心しろよ?」

「そういう問題じゃ……」


 カレンは言いかけて、言葉を止めた。


 申し訳ない。

 高すぎる。

 自分だけこんなものを受け取っていいのか。


 そういう気持ちはある。


 だが、それ以上に。


 目の前の剣を見た瞬間から、胸の奥が熱くなっていた。


 触れたい。

 握りたい。

 振ってみたい。

 この剣で、どこまで斬れるのか試してみたい。


 剣士としての自分が、強くそう叫んでいた。


「……何だか申し訳ない気もするけど――ごめん」


 カレンは小さく息を吐き、目の前の長剣に手を伸ばす。


「――早くこの剣を振るって戦ってみたいと思う私の方が、強いんだよね」


 柄を握ると、ぴたりと手に馴染んだ。


 ――重い。


 刃に芯があるのを感じる。


 昨日、半ばから折れた長剣の感触が、ふと手の中に蘇る。

 しかし、掌にある()()には、既に追いつけなくなっていた。


 カレンはゆっくりと剣を持ち上げる。


 紅蓮の刀身が工房の炎を映して煌めき、銀の椿の意匠がわずかに光を返した。


 カレンはほんの少しだけ口元を緩める。


「剣士ならそうでなくっちゃな。むしろ、滾ってくれて嬉しいぜ」


 ゼストは嬉しそうに笑い、そして満足げに頷いた。


 カジタは腕を組んで、豪快に笑う。


「早く試し斬りしてえんだろ?」


 カレンは図星を突かれて、一瞬だけ固まる。


 カジタは鼻を鳴らした。


「前払いで全額もらってっからよ、とっとと行けや。工房でうずうずされても邪魔だ」


 職人らしい気遣いの混じった言い方に、カレンは少しだけ笑った。


 そして、剣を鞘に入れてから、深く頭を下げる。


「ありがとうございます。思いっきり使わせてもらいます」

「おう。頑張れや」


 カジタは短く答えた。

 その声には、職人としての誇りと、使い手への期待が混じっていた。


 二人はカジタの鍛冶屋を後にする。


 通りに出ると、商業区の喧騒と真夏の日差しが二人を出迎えた。

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