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第24話 彼らの朝

 翌日、早朝。

 真夏のルカリスにも、まだ涼しい時間帯というものはある。


 太陽が街の城壁の向こうから顔を出し、石畳や運河の水面を淡く照らし始める頃。

 ルカリスの中心を西から東へ横切る大河沿いに、二つの足音が響いていた。


「はっ……はっ……」

「ふっ……ふっ……」


 走っているのは、ゼストとレスターだった。


 大河沿いには、荷馬車や人通りが増える前の静けさが残っている。

 川面には朝日が反射し、まだ暑さを帯びきっていない風が、二人の汗を冷ましていく。


 任務がある日も、今日のようなオフの日も。

 毎朝十キロのランニングは、二人のルーティンになっていた。


 少し後ろを走るゼストからは、レスターの大きな背中と、その背に固定された大盾がよく見えた。


 朝日に照らされ、象牙色の盾が淡く輝いている。

 中央に刻まれた銀の鍵のエンブレムが、光を受けてきらりと反射した。


「毎朝……盾背負って……大変だなっ?」


 ゼストは息を切らしながら言った。


 レスターは振り返らず、前を向いたまま答える。


「慣れれば……どうってこと……ないよっ」

「いや……それ言える時点で……だいぶおかしいからな……!」

「そうかな……?」

「そうだよ……!」


 ゼストは軽く笑いながらも、足を止めない。


 レスターは穏やかな性格をしている。

 普段の物腰も柔らかい。


 だが、こういうところはかなり頑固だ。


 決めたことを、毎日きちんと続ける。

 目立たない努力を、当たり前のように積み重ねる。


 タンク役としての才能は、派手な魔法や剣技ほど分かりやすくはない。

 だが、銀鍵同盟がここまで安定して戦えるようになった理由の一つは、間違いなくレスターの地道な鍛錬にあった。


 二人は大河沿いを走り抜けていく。


 途中、朝市の準備をしている商人が手を振ってきた。


「おう、銀鍵同盟の兄ちゃんたち! 今日も走ってんのか!」

「おはようございまーす……!」


 ゼストが息を切らしながら返す。


「盾の兄ちゃん、相変わらずすげえな!」

「ありがとうございます……!」


 レスターも苦しそうながら、律儀に頭を下げる。


「走りながら礼するの……余計キツいだろ……」

「つい……」

「育ちの良さが出てるな……」


 そんなことを言いながら、二人は最後の角を曲がった。

 家の前まで戻ってきたところで、ゼストが片手を上げた。


「よし……帰還っと!」


 レスターも足を止める。


 二人はしばらく、その場で肩を上下させた。


「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……今日も、いい朝だね」

「レスターお前……その状態で爽やかなこと言えるのすごいな……」


 ゼストは膝に手をつきながら言った。


 レスターは背中の大盾を下ろす。

 どすん、と庭先に重い音が響いた。


 それだけで、普通の人間なら腰を抜かしそうな重量感がある。


「よし、汗流して朝ごはん作ろうか」

「おう……」


 ゼストは顔を上げる。


 二人は軽く身体を伸ばし、家の中へ入っていった。


 ☆ ☆ ☆


「ふぁあ……朝からよく走るわよね」


 カレンが大きな欠伸をしながら、女性部屋から出てきた。


 寝間着姿。

 椿色の髪はいつものサイドテールではなく、少し乱れたまま肩に落ちている。

 寝ぐせも、直っていない。


 続いて、ヴァニラも目をこすりながら現れる。


「むにゃ……起きたら朝ごはんがある……ありがとね〜」


 こちらも寝間着姿。

 髪はふわふわと跳ね、完全に寝起きだった。


 二人はふらふらと共同スペースへ入り、そのまま食卓につく。


 テーブルには、すでに朝食が並んでいた。


 ゼストは皿を並べながら、半目で女性陣を見る。


銀鍵同盟(うち)の家事は日替わり分担制じゃなかったか……?」


 そのツッコミに、カレンとヴァニラが同時に肩を跳ねさせた。


「そ、それは……ごめん」

「うぅ……耳が痛い」


 カレンは気まずそうに視線を逸らし、ヴァニラは両手で耳を押さえる。


 レスターは苦笑しながら、温かいスープをテーブルに置いた。


「ははは……まあ、いいんじゃない? 昨日は任務もあったし、カレンは剣のこともあったから」


 カレンは視線を落とした。


「……明日はちゃんとやるわよ」

「私も……たぶん」

「ヴァニラ、そこは言い切れ」

「やります……!」


 ヴァニラは寝起きの顔で、なぜか背筋を伸ばした。


 レスターはそのちぐはぐ感を笑いながら椅子に座る。


「冷めないうちに食べよう」

「そうだな」


 四人はそれぞれ席につく。


「いただきます」


 声が揃った。


 スープの湯気が立ち上る。

 窓から差し込む朝日が、テーブルの上を明るく照らしていた。


 カレンは白パンをちぎりながら言う。


「最近、暑すぎない?」

「真夏だからな」


 ゼストが答える。


「湿気もあるしね」


 レスターがスープを飲みながら言う。


「カイラブ湖周辺も蒸し暑かったし、湿地帯はなかなか大変だったよ」


 ヴァニラはパンを頬張りながら、真剣な顔で呟いた。


「魔族も暑いのかなぁ」

「急に何の話だよ」


 ゼストが笑う。


「だって、角とか翼とかある魔族もいるでしょ? 夏、蒸れそうじゃない?」

「心配するところそこ?」


 カレンが呆れたように言う。


 そんな他愛もない話をしながら、食事は進んでいく。


 ゼストは水を飲んでから、ふと思い出したように口を開いた。


「そうだ。カレンの新しい剣、このあと買いに行くか?」


 カレンの手が止まった。


「……ずいぶん急ね」


 折れた長剣のことを思い出したのか、カレンは少しだけ視線を落とした。


「善は急げって言うだろ?」


 ゼストは肩をすくめる。


「次の任務までには用意しておきたい。まあ、他に予定でもあるなら今日はやめとくが――」

「――い、行くわよ」


 カレンは少し食い気味に言った。

 そのあと、慌てたように視線を逸らす。


「他に予定なんてないし」

「なら、決まりだな」


 ゼストはレスターとヴァニラを見る。


「二人も一緒に行くか?」


 ヴァニラは待ってましたと言わんばかりに、にこっと笑った。


「私はレスターくんと他パーティとの交流会に行くので、遠慮しておきますっ」

「交流会?」


 ゼストが聞き返す。


 レスターが頷いた。


「前に酒場で誘われたんだ。Dランク同士で情報交換しようって。魔法使いやタンク役の人も来るみたいだから、ヴァニラと行ってくるよ」


「へえ、いいじゃん」


 ゼストは素直に頷く。


「そういう横の繋がりは大事だ」

「うん。だから、そっちは二人で楽しんできて」


 レスターが穏やかに言った。


 カレンがぴくりと反応する。


「楽しむって……ただ武器を新調しに行くだけだし」

「またまた〜」


 ヴァニラがにやにやと笑う。


 ゼストはそのやり取りを見ながら、茶を飲んだ。


 ――朝から元気で何よりである。


「てことで」


 ゼストはカレンを見る。


「今日は俺と二人になるけど……勘弁してな?」


 カレンは一瞬だけ固まった。

 それから、目を逸らす。


「……仕方ないわね。ちゃんと良い物選んでよ?」


 ゼストは真面目な顔で頷く。


「その点は信用してくれ」


 軽口ばかりの男だが、装備や戦闘に関しては信頼できる。

 元Sランク勇者としての経験は、伊達ではない。


 カレンは小さく頷いた。


 ゼストは食べ終わった食器を片付けつつ、立ち上がる。


「レスターとヴァニラは交流会。俺とカレンは武器屋。夕方には戻って、情報共有ってことで」

「了解」

「はーい」

「分かったわ」


 朝の食卓に、穏やかな空気が流れる。


 ゼストが窓の外を見ると、朝日は少しずつ高くなり始めていた。


 今日もルカリスは暑くなりそうだ。

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